表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

58/70

58.情動(2/2)




黒影さんは眉間にきゅっとしわを寄せてから、小さく口を尖らせて、それを僕の首筋に当てた。



ちゅっ、ちゅっ



何度も何度も、彼女は首や鎖骨の辺りに口づけした。


部屋の中には、口づけの音と、黒影さんの微かな吐息だけが聞こえていた。


「白坂くん、好き」


「く、黒影、さん……」


「世界で一番、あなたが好き……。全部全部、大好き……」


無数に口づけをした後、今度は舌先で僕の肌を舐めていく。


ぞくぞくと、首筋にもどかしい高揚感が沸き上がる。ドキドキと胸が高鳴って、呼吸がさらに荒くなる。


(な、なんだ?本当にどうしたんだ?黒影さん……)


唐突な彼女の行動に狼狽えつつも、この快感を中断する勇気もなく、ただ黒影さんのされるがままになっていた。


「……白坂くん」


彼女は僕の腰の上に乗って、すっと背筋を伸ばした。


哀しそうな瞳で僕を見下ろしながら、頬を紅潮させていた。


全身に汗をほんのりとかいていて、肌が鈍く光っていた。


「………………」


彼女は僕の右手を掴み、ゆっくりと自分の右胸へと持っていった。


「く、黒影さん?何を……」


──しようとしてるの?、と言う間もなく、彼女は僕の手の平を胸に押し付けた。


柔らかい彼女の乳房の感触が、手の平全体に伝わった。


「く、黒影、さん!む、むむ、胸に手が……!」


急いで胸から手を離そうとするけれど、黒影さんは両手で僕の腕を掴んでいて、逃がさないようにされていた。


「白坂くん、気持ち……いい?」


黒影さんはふー、ふーと呼吸を乱しながら、僕へ問いかけた。


「ボクの……おっぱい、ちゃんと、柔らかい?」


「や、やや、柔らかいけど……そ、その、な、なんで、こんなこと……」


「なんでって、好きだから……だよ?」


「い、いや、理由になって……」


と、そこまで言葉にしたところで、僕はあることに気がついた。


それは、あまりにも『胸が柔らか過ぎる』こと。


童貞で性的経験値のない僕でも、服の上から胸を触れば、まずブラジャーの固い感触が先に来ることは容易に想像できる。


でも、今はまるでそのまま胸に触れているかのような、しっとりとした吸い付きまで感じる。


そして……手の平を緩く動かしてみると、胸の中央ら辺に、小さくて固い突起物があることにも気がつく。


「ま、まさか……黒影さん?」


「………………」


僕の意図を読み取ったらしい彼女は、こくりと頷くと、どこからかブラジャーを取り出した。


真っ白で無垢な、花柄が施されているブラジャーだった。


「さっき、キスしてる時にね……外したの」


「………………」


「ねえ、白坂くん。このまま、このまま、さ……」


「………………」


「このまま、ボクと……」


「………………」


黒影さんは、それ以上言葉が出てこなかった。何度口を動かしても、掠れた空気だけが漏れてくるだけだった。


それでも、彼女が何を望んでいるのかは、手に取るように分かった。


「ダ、ダメだよ黒影さん……。僕は、避妊具を持ってない」


「………………」


「さすがに、今日は止めとこうよ。ね?」


「……いいよ」


「え?」


「避妊具なんて、なくていい」


「!」


「妊娠してもいい」


「く、黒影さん!」


「……ううん、違う」


彼女は唇を尖らせて、火照った顔を近づかせてきた。


「妊娠、したい。白坂くんの、子ども」


「……!」


「だから、ねえ、白坂く……」


「ま、待って!待って!黒影さん!ダメだ!」


僕は彼女の肩へ手をやって、迫り来るのを塞き止めた。


「よ、よくない!それは本当に、よくないよ!」


「………………」


「僕だって、君とそういうことをしたいなとは……もちろん、思う!でも、妊娠だけは絶対にダメだ!」


「……どうして?」


「どうしてって……」


「ボクと、子ども作るの嫌だった?ボ、ボクに既成事実が出来るのが、嫌だったの……?」


「ち、違うよ、そんなわけないじゃないか!」


興奮と混乱で、僕は少し言葉が乱れた。


「僕たちは、まだ学生だ。きちんと子どもを育てられる環境にない」


「………………」


「僕たちだけの想いで、子どもを可哀想な目に遭わせたくない。そうでしょ?黒影さん」


「………………」


「僕のことを……好きでいてくれるのは、とても嬉しいよ?でも、今はまだ、子どもは止めよう。こういうことをするにしても、ちゃんと避妊してしよう。ね?」


「……う、うう」


黒影さんは、突然ボロボロと、溢れんばかりに涙を流し始めた。


その雫が僕の頬に落ちて、つう……と耳の方に滑っていった。


「うう、ううう!ううううう!あああ!うわああああああ!!」


胸がズタズタに切り裂かれたかのような、とてつもなく悲しそうに眉をひそめて、子どものようにわんわん泣いていた。


「ごめんなさい!ごめんなさい!白坂くん!ワガママ言ってごめんなさい!」


「く、黒影さん……」


「ねえ!お願い!嫌いにならないで!お願い!お願い!」


「だ、大丈夫大丈夫……。嫌いになんて、ならないよ」


突然のことに困惑しながらも、とにかく僕は彼女の後頭部に手を置いて、ぎゅっと自分の方へ抱き寄せ、静かに頭を撫でた。


「あああああ!!あああああ!!」


「大丈夫、大丈夫だよ、黒影さん。僕がちゃんと、君が好きだから」


胸の中で号泣する彼女の体温を感じながら、僕はぼんやりと天井を見上げていた。


……やっぱり、黒影さんは少し様子がおかしい。もともと情緒が乱れやすい人ではあったけど、今回は過去一で荒れている。


(彼女の心の安定のためにも、修学旅行で何があったのか、原因を突き止めるしかないな……)


そんなことを思いながら、僕は彼女の頭に軽くキスをした。


窓の外では、真っ白な雪が降り注いでいた。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ