54.修学旅行(4/6)
……お風呂から上がったボクたちは、部屋着を着て自分たちの部屋へと向かった。
「部屋どんなんだろーねー!楽しみー!」
千夏さんは相変わらずご機嫌で、「ふふんふ、ふんふん♪」と鼻歌まで歌っていた。
その時、数人の男子たちとすれ違った。その中には、白坂くんの姿もあった。
彼らもどうやらお風呂上がりのようで、髪の毛がしっとりと濡れていた。
「………………」
なんだか、見てはいけないものを見ているような気がした。お風呂上がりの白坂くんは、いつにも増してカッコよくて、エッチにすら見えた。
「!」
白坂くんの方もボクに気がついたみたいで、にこっと微笑んでから、他の人に気づかれない程度に、こっちへ手を振ってくれた。
ボクもそれに応える形で、同じように手を振った。そして、何も言葉を交わすことなく、そのまますれ違った。
ああ、なんだか、恋愛漫画のワンシーンみたい。
(こんなシチュエーションに立ち会えるなんて、ボクはつくづく恵まれてるなあ)
身体も心もぽかぽかしながら、ボクたちは廊下を真っ直ぐに歩いていった。
……ボクたちの部屋は、8畳一間の和室だった。
五人が全員分の布団を敷けば、ほとんどのスペースを使う程度の広さだった。
「うーん!これこれ!修学旅行っぽいー!」
千夏さんは「やっほー!」と叫びながら、部屋の中を子どものように駆け回っていた。
「ほら千夏!遊んでないで、あんたも布団敷きなって!」
「はーい!」
布団の位置は、左二列、右三列という並びで、左は上からボク、西川さん。右が上から千夏さん、小岩瀬さん、二階堂さんという位置関係になった。
消灯時間の9時になり、ボクたちは電気を消す。でも、修学旅行の夜はここからが本番だった。
布団を中央に寄せているため、布団から顔を出したら、ちょうどみんなの顔が見渡せる形になっている。
西川さんがスマホのライトを点灯させてくれたので、みんなの顔が見える程度には明るくなった。
それぞれうつ伏せになって布団に潜りながら、顔だけを布団から出していた。これなら万が一、先生の巡回があっても、すぐに寝たフリができるからだ。
「さてさて!これをせずして、修学旅行は終われません!」
千夏さんの勿体ぶった言い方に、小岩瀬さんが「なんの話?」と問いかけていた。
「ま、まさか千夏、怪談とか止めてよ?ウチ、そういうのだったら聞かないから!」
「あー!怪談もいいね!修学旅行っぽい!後でやろーよ!」
「も、もー!あんた人の話聞いてるー!?」
「きゃははは!大丈夫大丈夫!今からするのは、こ、い、バ、ナ!♡」
「こ、恋バナ?あーそっか、そういえばお風呂場でも言ってたっけ」
「そーそ!修学旅行と言えば、やっぱこれ!」
千夏さんは前のめりになりながら、「ねね、みんなは気になる人いないの?」と、早速全員に問いかけた。
「同じクラスとかー、同じ部活とかー、どう!?なんかいい感じの話ない!?」
「わ、話題の振り方雑だよ千夏……」
西川さんは頬杖をつきながら苦笑していた。そんな彼女へ、ボクは質問を投げ掛けてみた。
「西川さんって、そういう人いるんですか?」
「ええ?うーん、私は別にいないかなあ。昔っからテニス一筋だったし、恋愛とかも全然経験なくて」
「凛ってば昔っからそうだよねー!恋愛楽しいよー!?たまに大変だけど!」
「千夏が言うと、その“大変”の部分の説得力がありすぎんの」
西川さんは呆れた口調でため息をついた。
次に千夏さんは、二階堂さんへと矛先を変えた。
「ねえねえ、みーちゃん!みーちゃんはどう?気になる人いる?」
「生憎、私もそういうのは今いなくて……。ご期待に添えなくて申し訳ないです」
「むむっ!?でもみーちゃん、今はってことは、“昔は”いたってことかな!?」
持ち前の勘のよさで、千夏さんは二階堂さんの言葉の裏を嗅ぎ取った。これにはさすがの二階堂さんも、「あら」と言って赤面していた。
「ふふふ、一瞬で見抜かれてしまうなんて。さすが千夏さんですね」
「え!?ほ、ほんと!?ほんとにいたの?」
「はい。と言っても、小学生の頃ですが」
二階堂さんは、少し恥ずかしそうにはにかみながらも、真っ直ぐにボクたちを見ながら答えた。
意外……というと失礼かも知れないけど、今まで見たことのない表情が見れて、不思議な気分だった。
「なになに?どんな人が好きだったの!?」
「そうですね、当時はとある国語の先生に憧れておりました。その方はとても聡明で、優しくて、でも少しおっちょこちょいでした。それが私の、初恋の方です」
「わー!先生に初恋すんのいいねー!めちゃくちゃきゅんきゅんするー!」
「その先生に褒めてもらいたくて、いつも勉強を頑張っていました。ふふふ、なんだか懐かしいですね」
二階堂さんは頬を微かに赤らめて、少し遠くを見つめていた。もしかすると、その初恋の先生を思い出しているのかも知れない。
そうか、二階堂さんが成績トップになれるほど頭が良くなったのは、そういう経験があったからなんだ。そのバックグラウンドを聞くと、二階堂さんが物知りであることさえ、なんだかきゅんきゅんしてしまう。
「すみませんね、千夏さん。大した話を出せなくて」
「何言ってんのみーちゃーん!めちゃ良かったよー!」
二階堂さんの甘酸っぱい初恋のお話を聞き終えて、次は小岩瀬さんの恋バナのターンになった。
「ねーね!るうもそういう話してよー!あーしらをきゅんきゅんさせてよー!」
「う、うぐっ……」
小岩瀬さんは顔を真っ赤にさせて、身体中に冷や汗をかいていた。
これだけで、なんとなく彼女には好きな人がいるんだろうなと察することができた。
「ふふふ、瑠花さん、お好きな方がいらっしゃるんですね?」
二階堂さんもそれを見破っていて、包み隠さずストレートに訊いていた。
小岩瀬さんは肩をびくっ!と震わせてから、消え入りそうな声で「……うん」と言った。
「え!?るう、好きな人いんのー!?誰々!?同じクラス?それとも先輩?後輩?」
「……あ、あんたたち、絶対他の人には言わないでよ?ほんとに内緒だからね?」
「うんうん!誰にも言わないから!ね、ね!教えて教えて!」
「……同い年の、お、幼馴染み」
「幼馴染みー!?きゃーーー!めっちゃエモいーーー!!」
千夏さんのテンションは、かつてないほどに爆上がりしていた。しかし、それはボクたちも同じだった。
幼馴染みなんて、誰しもが憧れるシチュエーションだ。漫画にしろドラマにしろ、その展開はド定番で出てくる。そんな経験をしている人が今、目の前にいるなんて!
恋愛に疎いと言っていた西川さんも、さすがにこれは前のめりになって「お、同じ学校の人なの?」と尋ねていた。
「いや、今は別の学校にいる。中学までは一緒だったんだけど、高校からは別々になって」
「そっか~、それは寂しいね」
「ま、まあ、それはそうなんだけど……でも、それで、じ、自分の気持ちに、気がつけたから……」
「え?」
小岩瀬さんは目をきゅっと閉じて、たとたどしくも、自分の気持ちを話してくれた。
「保育園の頃から一緒で、ずっと一緒なのが当たり前って思ってたけど、それが、当たり前じゃなくなって……。それでやっと、ウチ、あ、あいつが……好きだって分かって。だから、その、自分の気持ちを知る、きっかけになったから、距離が離れたのも、無駄じゃなかったなって……」
彼女のその言葉を聞いて、ボクは思わず「わあ、素敵!」と叫んでしまった。
「小岩瀬さん、きっとその恋、上手くいきますよ!」
「く、黒影……」
「きっと、きっと大丈夫です!」
「………………」
小岩瀬さんは顔をうつむかせて、頬を赤く染めながら、「あ、ありがとう」と呟いた。
「さてさて、さっぽん!あーしら、どっちが先に話す?」
千夏さんは頬をにやけさせながら、ボクへそう尋ねてきた。
「えーと、なら、“私”から先に話してもいい?」
「おっ!分かった!ワクワク!ついにさっぽんの話が聞けるぞー!」
千夏さんの言葉を聞いて、西川さんが「何かあったの?」と千夏さんへ尋ねていた。
「へへへ、実はね、あーしとさっぽんはちょっと前に約束しててさ、この修学旅行の恋バナん時に、お互いの好きな人の名前出そうって!」
「……え?」
「しかも、あーしは片想いだけど、さっぽんはなんと彼ぴがいるんだよ!」
「!」
「ええ!?く、黒影、付き合ってる人いんの!?」
目をまん丸にして驚く小岩瀬さんに、ボクは「えへへ」とだらしない笑みを返すばかりだった。
「ちょ、ちょっと意外……。黒影って、あんまそういうの、興味なさそうだったから」
「い、いやあ、実際小岩瀬さんの言う通り、前までの“私”は……恋愛なんてできない、自分には分不相応だと思ってたんですけど……」
「その気持ちを上回るくらい、好きな人ができた……。そういうことですか?彩月さん」
二階堂さんからの指摘に、またもや「え、えへへ」とだらしなく笑った。
「……なの?黒影さん」
「え?」
西川さんは、なぜだか顔面蒼白になって、ボクに「本当……なの?」と尋ねてきた。
「え、ええ、実はそうなんです」
「………………」
「あ、あの、よかったら、馴れ初めとか、しゃ、喋っちゃってもいいですか?」
「もちろんだよさっぽーん!バンバン話してー!」
千夏さんからの後押しもあり、ボクは咳払いをひとつしてから、白坂くんの名前はまだ伏せた状態で、彼との馴れ初めをかいつまんで話し始めた。




