52.修学旅行(2/6)
……このインディアンポーカーは、ボクたち14班の中でかなり盛り上がった。
「やったー!あーしの勝ちー!」
「うわっ、千夏に負けた!8だからギリ勝てるかなって思ってたのに……!」
単純なように見えて、意外と奥の深い心理戦が展開されていた。
各人の個性が色濃く出ているのも、このゲームの醍醐味だった。
「う、うーん、怖いなあ……。今回も降りようかな……」
あまり自信のないボクは、いつも勝てるかどうか不安で、勝負を降りてしまうことが多かった。
「よーし!みんな!勝負勝負ー!」
逆に千夏さんは、全部のゲームに勝負していった。周りの人がジャックやクイーンであっても、「1%でも勝てる可能性あるなら勝負したい!」と言って、ぐいぐい攻めていった。
「えーと、今までの勝負でキングが三枚出てたから、もうキングは残り一枚しかない。それを考えると……ここは降りた方が懸命かな」
西川さんは冷静に状況を分析して、カードの残り枚数や確率を重んじてゲームに挑んでいた。
「む、むむ……。ど、どうしよっかな……」
小岩瀬さんは意外にもボクに似ていて、わりと降り気味なタイプだった。
「えー!?るう降りんのー!?あーしと勝負すんの怖いのー!?」
「な、なにー!?この!バカにして!いいよ!勝負してやるもん!」
でも、煽られると熱くなってしまうタイプなので、なんだかんだ勝負に出てくることが多かった。
「彩月さんも凛さんも、本当に降りていいんですか?お二人のカード、とってもお強いのに」
断トツで強かったのは、やっぱり二階堂さんだった。もともとこのゲームを知っていることもあり、凄く心理戦に長けている。
「そ、その手には乗りませんよ、二階堂さん!」
「そうそう!黒影さんと私は、もう降りるって決めたんだから!そういう誘いは無駄だからね!」
「ああ、なんてこと。本当に勿体ない……。もう残りカードも少なくなってるのに、今勝てなかったら、逆転のチャンスはありませんよ?」
「う、うぐっ」
「むむむむ!」
「ふふふ、さあ、お二人とも。本当に降りていいんですね?」
二階堂さんは飄々とした態度で、言葉巧みにボクたちを揺さぶる。清純そうに見えて、一番の腹黒はこの人かも知れない。
「く、悔しいけど、確かに二階堂さんの言う通り、もう私には後がない……!よし!勝負しよう!」
「に、西川さん!待ってください!これは二階堂さんの罠かも知れません!」
「罠!?」
「“私”たちの数字が低いのをいいことに、この勝負の場に出させて、喰いモノにする気なのかも……!」
「!?」
「だからここは、慎重になるべきじゃ……!」
「……黒影さん、確かにあなたの言う通り、これは二階堂さんの作戦かも知れない。だけど、ここで降り続けても、負けは変わらない……!」
「!」
「勝つためには、一歩を踏み出す時がいる!そして、今がその時でしょ!」
「う、ううう……!わ、分かりました!勝負、します!」
「ふふふ、これで全員勝負ですね。それじゃ、カードを開きますよ!せーの!」
「「「「「勝負!!」」」」」
……激しく火花が散るような、白熱した戦いが繰り広げられていた。まるで自分が、ギャンブル漫画の主人公になったかのような気分に浸れた。
道中のバスの中でさえ、一生の思い出になる遊びができて、ボクは本当に幸せだった。
「……んー!たこ焼き美味っっっし~!!」
千夏さんはあつあつのたこ焼きを口一杯に頬張って、感嘆の声を上げていた。
大阪で二時間の自由行動となったボクたちは、ガヤガヤと大勢の人で賑わう道頓堀に足を運んでいた。
「大阪と言えばたこ焼きでしょ!」と言って一目散にたこ焼きの屋台に走った千夏さんは、早速買い食いを始めたのだった。
それに連られるようにして、ボクたちもたこ焼きを買い、みんなで分けあったのだった。
「うんうん、さすが本場。美味ですね」
「うむうむ、うまうま」
二階堂さんと小岩瀬さんは、ほっこりした様子で黙々と食べていた。
「ほらほら!凛も食べなってー!美味しいよー!」
「あふっ!あふっ!ひょ、ひょっとあって!」
西川さんは予想以上にたこ焼きが熱かったらしく、涙目になりながら口の中で必死に冷ましていた。
「きゃははは!そーだった!凛は猫舌だったー!」
「ち、千夏、あんた!笑うなって!あっふ!あっふ!」
「ごめんごめん!また冷めたやつあげるからー!」
千夏さんは爪楊枝でたこ焼をひとつ刺すと、それをボクにくれた。
「はい!さっぽんもどーぞー!」
「う、うん、ありがとう」
ボクも美味しそうだなと思いつつも、隣であんなに熱そうにしている西川さんを見ていると、だんだんと不安になってしまった。
「ふー、ふー……。よし」
吐息で少し冷ました後に、おそるおそるたこ焼を頬張った。
「!」
まず口に広がったのは、ソースからの右ストレートだった。
これでもかというほどに濃く、インパクトのあるソースが、舌の上で暴れていた。次第にそれは、まばらにかかっている滑らかなマヨネーズと調和していき、粉モノならではの香りを引き立たせていた。
噛み締めてみると、ふかふかの生地が緩くほどけていく。その生地の奥には、グミのように固いタコがあって、ぐっと歯を押し返してきた。
そして最後には、つるんとあっけないほどに喉へと流れていった。まるで無限に食べられるんじゃないかと錯覚するほどに、そのたこ焼きは一瞬で口の中から消えてしまった。
「うん、うん、美味しい!」
「ね!もいっこ食べる?」
「うん!」
ボクと千夏さんは、お互いにもう一度たこ焼きを口に入れて、片っぽの頬をリスのように膨らませながら笑いあった。
「お嬢ちゃんたち、いい喰いっぷりやねえ!今日はなんや!修学旅行かいな!?」
屋台のおじさんにそう話しかけられた千夏さんは、「そうそう!」と言ってピースサインを送った。
「あーし、大阪来んの初めてだったから、めちゃ楽しー!」
「そうかそうか!よっしゃ!これ持ってき!」
おじさんはそう言って、さらに5個のたこ焼きをプレゼントしてくれた。
「一人1個ずつ、仲よう食べや!」
「おっちゃんいいのー!?ありがとー!」
「ほな、追加で500円貰おか!」
「いやお金取るんかーい!」
おじさんとボクたちの笑い声が、道頓堀の商店街に響き渡った。
サービスで貰ったたこ焼きは持ち帰り用の箱に容れてもらって、おじさんにお礼を伝えてから、ボクたちはその場を後にした。




