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51.修学旅行(1/6)



……11月26日、午前7時。


この日は、待ちに待った修学旅行の、最初の一日だった。


校門前の広いスペースに、ボクたち生徒はぎゅうぎゅうに縮こまっていた。


二年生全員が一同に会するので、40人×4クラスの、160人が集まっていた。


「京都と大阪ってさー、関西弁の違いとかってあんのかなー?」


「腹減ったー!誰か菓子持ってねー?」


「ねえねえねえ、サエって修学旅行の間にさ、リクくんにコクるってマジなの?」


修学旅行前でテンションの上がっているみんなは、右も左も談笑と雑談で溢れていた。先生が「静かにしろー!」と言っても、なかなかそれが静まることはなかった。


かく言うこのボクも、今日はいつにも増してテンションが上がっており、なかなか昨夜は眠れなかった。背中に背負っているリュックさえも、羽のように軽く感じた。


「黒影さん」


後ろから声をかけられたので、そちらに顔を向けてみると、そこには白坂くんが立っていた。


「おはよう、白坂くん」


「うん、おはよう黒影さん。いよいよだね、修学旅行」


「うん、そうだね」


「黒影さんたちの班は、京都の自由行動、どこに行くことにしたの?」


「えーとね、京都は伏見稲荷だよ」


「わー!いいね、面白そう!写真撮ったら、僕にも見せてよ!」


「うん、もちろん!白坂くんたちの班は、どこに行くの?」


「清水寺!今の時期、紅葉が綺麗らしいから、楽しみなんだ」


「へー!清水寺もいいね!」


ボクと白坂くんが談笑していたところで、担任の深津先生が「うちのクラスの出欠を取るぞー!」と叫んだ。


「有馬!」


「はい」


「江藤!」


「うーっす」


「桐谷!」


「はーい」


「黒影!」


「あ、は、はい」


「うん?黒影ー?どこだー?」


人混みのせいもあって、ボクのか細い返事は先生へ届いておらず、ずっと「黒影ー!おーい!」と探されていた。


ボクが情けなくおろおろしていたところで、隣の白坂くんが「先生ー!黒影さんはここにいまーす!」と、手をパッと上げて叫んだ。


「ん?おお、そこか。黒影、返事は大きな声で!」


「は、はい!」


「よし、じゃあ次は~、児玉!」


先生はそのまま、次の生徒の点呼を取っていた。


「ご、ごめんね、白坂くん」


「ううん、いいんだ。ガヤガヤしてるから、声も届きにくいよね」


彼はにっこりと、優しい眼差しを向けて、微笑んでくれた。


なんだかこれは、ボクと彼の関係性を象徴するような出来事だと思った。


誰にも存在を気づいてもらえなかったボクだけど、白坂くんが……ボクのことを見つけてくれて、認めてくれた。


彼に支えてもらってばかりで、ちょっぴり恥ずかしいなと思うけど、でも……こんなにも信頼できる人ができて、本当に幸せだった。


ずっと幸せな気持ちのまま、生きられたらいいな。




「……よし、お前らー!さっさと班ごとに並べー!早くしろー!」


先生の言葉を受けて、ボクたち生徒は定められた班ごとに整列していった。


「それじゃ、またね黒影さん」


「う、うん、またね」


白坂くんと離れて寂しくなったボクは、すぐに自分が所属する14班の列を探し始めた。


「え、えーと、14班は……」


人混みの中をキョロキョロと右往左往しているところに、「さっぽーん!」と、ボクを呼ぶ声が聞こえてきた。


紛れもなく、千夏さんだった。


「さっぽーん!こっちこっちー!」


西川さんに手招きされている方向へ、ボクは小走りで向かった。


そこには既に、ボク以外のメンバーみんなが揃っていた。


「ご、ごめん、遅くなっちゃった……」


「大丈夫大丈夫!よし!これでみんな揃ったね!センセー!14班揃いましたー!」


「よーし、じゃあお前ら、バスに乗れ~」


「はーい!」


そうして、ボクたちはぞろぞろとバスに乗車していった。




……ボクたちの班は、バスのちょうど真ん中に位置する席にいた。


左側は三列に、通路を挟んで右側は二列になっており、その横並びに一班ずつ座るという形だった。


左から順に、千夏さん、ボク、西川さん。そして通路を挟み、二階堂さん、小岩瀬さんという席順だった。


「ねえさっぽん!見てみて!もう高速乗るよ!」


窓際である千夏さんは、外の景色を見て興奮していた。


「修学旅行、始まったね~!もうマジ楽しみ~!」


「うん、“私”も楽しみ」


「あれ?さっぽん、また“私”に戻したの?」


「あ、ち、千夏さん、し~……」


ボクは口に人さし指を立てて、声を出さないようジェスチャーをした。そして、彼女にひそひそと耳打ちした。


「千夏さん以外には、ボクって使ってるのはまだ知られたくないから、他の人がいる時には、“私”って使うの」


「あー、そっかそっか。あんまりバレたくないんだっけ。分かった!覚えとく!」


「うん、ありがと」


「なんか、あーし嬉しい!さっぽんとだけの秘密があるみたいで!」


「そ、そう?」


千夏さんにそう言われるのが照れ臭くて、ボクは彼女の眼を真っ直ぐに見れなかった。


「あっ!ねえねえ、みんなでトランプやろーよトランプー!」


千夏さんはどこから取り出したのか、いつの間にか左手にトランプを持っていた。


「あら、トランプいいですね。私もやりたいです」


二階堂さんが千夏さんの言葉に反応して、こちらの方へ顔を向けてきた。西川さんも「いいね、やろうよ」と乗り気な様子だった。


しかし、小岩瀬さんだけが「えー?バスん中でトランプすんの?」と、否定的な言葉を述べた。


「揺れて手札のカード散らばるかもだし、止めといた方がいいんじゃないの?」


その意見を聞いた西川さんが、顎に手を当てて「ああ、言われてみたらそうかも」と、眉をひそませた。


千夏さんは二人の反応を見て、残念そうに「そんなあ!」と嘆いた。


「落ちないように気を付けたらいいじゃーん!」


「でも千夏、ババ抜きにしろ大富豪にしろ、手札以外のカードを捨てる場所も作らないといけないし、バスの中じゃどっちみちできないんじゃない?」


「それは、まあ……むー!確かにそうだけどー!」


「ま、まあまあ千夏さん。トランプはまた今度にして、今は違うゲームにしない?」


「う~!せっかく持ってきたのに~!」


ボクの慰めもあまり意味をなさず、千夏さんは唇を尖らせて唸っていた。


そんな千夏さんへ助太刀したのは、二階堂さんだった。


「バスの中でも、できるトランプゲームがありますよ」


「え!?ほんと!?」


「はい、たった一枚の手札で遊べます」


「なにそれすごーい!教えてみーちゃん!」


「それでは、一旦カードを貸してくれますか?」


「うん!おっけ!」


そうして、千夏さんからボクへ、ボクから西川さんへ、最後に西川さんから二階堂さんへと、バケツリレーのようにカードが手渡たっていった。



シャッシャッ、シャッシャッ



二階堂さんは小気味よく、トランプをシャッフルしていた。


「インディアンポーカーというゲームは、みなさんご存知ですか?」


二階堂さんからの問いかけに、みんな首を横に振った。


「ルールは非常に簡単です。まず、一人ずつカードを一枚、裏向きのまま取ります。そしてそのカードを、自分の額に当てます。この時、自分のカードが何か、見てはいけません」


二階堂さんは説明の通りに、カードを手に持って、自分の額に持っていった。


カードは、スペードの10だった。


「それでは、瑠花さんも同じようにお願いしていいですか?」


「え?う、うん。なに?カード引けばいいの?」


「はい、裏向きのままです。決してカードは見ないでくださいね」


「分かった」


二階堂さんの隣である小岩瀬さんも、カードを一枚引き、それを額へと当てた。


小岩瀬さんのカードは、ダイヤのクイーンだった。


「さて、これで準備ができました。ここからが勝負です」


「勝負?」


「勝敗は単純で、相手よりも数字の大きいカードを持っていたら勝ちです。瑠花さん、どうですか?ご自身のカードは、私よりも大きいと思いますか?」


「えー?うーん……」


小岩瀬さんは、じーっと目を細めて、二階堂さんのカードを凝視していた。


「ねえねえ、さっぽん」


千夏さんが声をひそめて、ボクに話しかけてきた。


「これって、るうの勝ちだよね?みーちゃんが10で、るうがクイーンだし」


「うん」


でも、このゲームはどうやら見かけよりも単純ではなさそうだった。自分のカードの数字が分からないから、相手に勝てる確証がないんだ。


(1とか2ならまだしも、10って結構大きい数字だし、絶対勝てるかは不安だな……。小岩瀬さんも、きっとそう考えているんだ)


小岩瀬さんは「うーん」と唸りながら、ずっと迷っている様子だった。


そんな彼女へ、二階堂さんはさらに発破をかけた。


「ちなみに瑠花さん、私はあなたのカードに勝てる自信があります」


「え?マ、マジ?」


「はい」


二階堂さんは小岩瀬さんの目を真っ直ぐに見て、薄く微笑んでいた。それと対照的に、小岩瀬さんの顔は青ざめてきて、額には冷や汗が流れ始めた。


「も、もしかしてウチ、1だったりする?」


「ふふふ、さあ?どうでしょうか」


「む、むー!美緒のイジワル!うーんどうしよ、どんどん自信なくなってきた……」


「勝つ自信がなければ、勝負を降りることもできますが、どうしますか?」


「降りる?」


「そうです」


「んー、じゃあ、降りる」


「分かりました。それじゃあ、お互いのカードを確認しましょうか」


そうして二人は、自分のカードを表向きにして、数字を見た。


「え!?ウ、ウチ、クイーンだったの!?」


「はい、そうですよ」


「なにそれー!じゃあ、ウチ勝ってたんじゃーん!」


「ふふふ」


二階堂さんは私たちの顔を見渡しながら、ゲームの詳細を話してくれた。


「もし瑠花さんが勝負を降りず挑んでいたら、瑠花さんは私のカードを貰うことができ、ご自身の分と合わせてカード二枚を獲得できていました。しかし、今回瑠花さんは勝負を降りた。よって、瑠花さんは0枚で、私は自分のカード一枚を獲得できました。この獲得した枚数の多い人が勝ち、というゲームです」


二階堂さんの説明を聞いて、西川さんが「なるほど」と頷いた。


「勝敗としては一番数字の大きい人が強いけど、自信がなくて勝負を降りたら、カードが手に入らないわけか」


「その通りです。このゲームの肝は、いかに勝つかではなく、いかに相手を降ろすかです。自分のカードが強くなくても、相手を降ろしてしまえば勝てるのです」


確かに二階堂さんは、小岩瀬さんのカードが相当強いクイーンなのに、『勝てる自信がある』と強気に出ていた。不安そうな小岩瀬さんを降ろせると踏んだからこその心理戦だったんだ。


「めちゃ面白そう~~~!みんなでやろやろ!」


千夏さんは目をキラキラさせて、子どものようにワクワクしていた。


こうして、ボクたちの修学旅行は、幕を開けたのだった。







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