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50.彼氏のおうち(3/3)



……白坂くんの部屋の中は、実に綺麗に整理整頓されていた。


ベッドに勉強机、本棚、クローゼットと、オーソドックスな部屋の家具があるのはボクの部屋と変わらないけど、その全てが新品のように綺麗で、床にホコリがひとつも落ちていなかった。


部屋の中央には四角いテーブルがあって、白坂くんはその上に、お婆さんからいただいたお煎餅の入ったお皿を置いた。


「さ、黒影さん。どうぞここへ」


白坂くんは、テーブルの横にひとつ座布団を置いて、ボクにそこへ座るよう案内してくれた。


「ありがとう、白坂くん」


ボクはその座布団の上に腰を下ろし、体育座りの状態で座った。


「………………」


左を向くと、ちょうど本棚が目の前にあった。漫画本や小説、宇宙についての図鑑や、怪奇現象、考古学、心理学についての本もあって、とてもバラエティに富んだ本棚だった。


几帳面だなと思ったのは、本の帯を買ったまま綺麗に残していたことだった。ボクも本は帯まで含めて作品だと思っているので、その価値観が白坂くんと合ってたようで、嬉しくなった。


その本棚の上には、家族写真が置いてあった。幼い白坂くんを真ん中にして、おそらくご両親と思われる若い夫婦が一組と、先ほどのお婆さんとお爺さん、そして白坂くんのすぐそばに、小さな女の子が一人いた。


(ああ、白坂くんって妹さんいるのかな?)


そう言えば、そういう家族構成について話をしたことがなかったっけ。


ううう、妹さんか……。どんな子なんだろう。気に入ってもらえるといいけど……。


「いやー、ダーク・ブルー面白かったね~!」


白坂くんは声を弾ませながら、お煎餅を一枚パリッと食べていた。


ボクもそれにつられて、お煎餅をいただきながら、白坂くんとの雑談に花を咲かせた。


「作画も良かったし演出も凄かったし、原作ガチ勢のボクも満足だったよ~!」


「うんうん、しかもちょっとアニメで補完されてるシーンもあったし、より世界観が深掘りされててよかったよね」


「そうそう!ボクも知らなかったことが明かされたりしたし、原作知ってる人でも楽しめる展開だった!」


「これだけクオリティ高かったら、きっと反響も多いだろうね。SNSでもバズるんじゃないかな~」


「あー……うん、そうだね」


「……?どうしたの黒影さん?」


「え?」


「いや、ちょっと顔が曇ってたから、何かあったのかなって」


「ん、んー……いや、ダーク・ブルーが流行るのは嬉しいんだけど、何て言うか、その……にわかファンが出てくるのが、ちょっと嫌かなって……」


「はははは、なるほどね」


「完全に厄介オタクの典型だよね……。『ボクだけが知ってた作品なのに!』って、変な独占欲出ちゃってて。ボクだけが知ってるわけないのに、なーんかそういう気持ちになっちゃうんだよね……」


「まあまあ、気持ちは分かるよ。ファン層ががばっと広がると、中にはモラルのない人も出てきたりするしね。特にダーク・ブルーは読む人を選ぶ漫画だったし、思い入れも出てきちゃうよね」


「流行るのは絶対いいことのはずなんだけどね……。あーあ、ボクってつくづくオタクだなあ」


「はははは」


彼は優しい声色で笑いながら、お煎餅を一枚平らげた。






……それからボクたちは、しばらくの間談笑していた。


先日ボクが修学旅行の班員たちと遊んだ時の話や、ネットで話題になってる漫画の話、ちょっぴり怖い都市伝説の話などなど……。


「黒影さんはさ、近々大地震が来るって予言、知ってる?」


「あー、なんか都市伝説を紹介する系の動画で見たことあるかも?」


「そうそう、最近その都市伝説が結構騒がれてるよね。もし大地震来たら、黒影さんどうする?」


「やだなあ、怖いよ。ボクみたいのは真っ先に死にそうだもん」


「えー?どういうこと?」


「だって、体力もないし、サバイバルする知識もないし……」


「ははは、大丈夫だよ。もし何かあっても、僕がなんとかするから」


「ほんと?え、えへへ、さすが彼氏さん、だね……。じゃあもしもの時があったら、ボクのこと……守ってね?」


「あ、ふ、ふふ。う、うん、もちろん……だよ」


「え、えへへ……えへえへえへ……」


お互いに顔を真っ赤にしながら、だらしなく頬を緩めていた。


イチャイチャすることにはまだ全然慣れてないけど、きっとこれもいい思い出になるに違いない。


ボクたち二人の周りを、綿のようにふわふわで暖かい空気が包み込んでいた。


「あ、そうだ」


ふとその時、ボクは白坂くんの家族で、まだご両親と妹さんに挨拶をしていないことを思い出した。


「そう言えば、白坂くんのご両親と妹さんも、今はお出かけ中なのかな?」


「……え?」


「せっかく今日お邪魔してるし、よかったら……その、挨拶だけでもしておきたいなと思って」


「………………」


「ボクも緊張するけど、白坂くんとは、こ、今後もずっと仲良しでいたいから……ちゃ、ちゃんとそういうところは、しっかりしておきたいなって……」


……と、そこまで口にしたところで、ボクは言葉を発するのを止めた。


白坂くんは、不思議な表情をしていた。


きょとんというか、固まっているというか……。とにかく、自分が想像していた反応とはまるっきり違っていた。


もっとこう、「今はみんな出てるから挨拶は後からでいいよー」みたいな、そういう返しが来るものとばかり思っていたから……。


「……えっと、あれ?僕、黒影さんに言ってなかったっけ?」


「え?何が?」


「……言って、なかったかも知れないね。そっか、ごめんね」


「???え?な、なに?どうしたの?」


「あのね、実は僕の……両親と妹はね……」


白坂くんは切なそうに目を伏せて、少し間を置いてから、ぽつりと言った。




「三人とも、もう亡くなってるんだ」




「…………え?」


「それで、今は僕、このばあちゃんたちの家に住まわせてもらってるんだよ」


「………………」


……思考が追い付かなかった。


お、親と妹を、亡くしてる?し、白坂くんが?


そんな、ま、まさか、そんなことがあるなんて……。


「ご、ごめん、ボク、そうとは知らず、挨拶だなんて……」


「ううん、いいんだ。教えてなかった僕が悪かったから」


「………………」


「数年前に、三人が乗ってた車が事故に遭ってね。僕はたまたま同席してなかったから、僕だけが残っちゃったんだ」


「………………」


場が、凍りついてしまった。


さっきまでボクたちを包んでいた暖かい空気は完全に消え去ってしまい、緊張と気まずさだけが残ってしまった。


白坂くんはぼんやりと窓の外を見つめていたけど、それすらも見ていないように思えた。


(……白坂くん、本当に……辛かったんだね)


彼は、自分が助かったことを、『僕だけが残っちゃったんだ』と表現した。


運良く助かったとか、間一髪だったとか、そういう前向きな言い方じゃなくて……。亡くなってしまった他の三人に対する罪悪感を、ひしひしと感じた。


いっそ自分も、その時一緒に死ねたらよかったのにと……そういう風に言ってるようにさえ聞こえた。


「………………」


言いようのない、儚さがあった。


目をぎゅっと閉じて、もう一度開けると、忽然と白坂くんが消えてしまうような……そんな気がしていた。


「………………」


ボクは彼の隣に近づいて、すっ……と、彼の左手の上に、自分の手を重ねた。


「!黒影……さん……」


「……白坂くん」


「………………」


「ボク、白坂くんのこと……大好き」


「………………」


「ほんとに、ほんとに、大好きだよ」


「……うん、ありがとう」


彼は、寂しそうな眼差しのまま、少しだけ微笑みながら、「僕も好きだよ」と、そう答えてくれた。









……午後5時15分。


ボクは、白坂くんの家の玄関前に立っていた。


「黒影さん。これ、僕のじいちゃんが持っていけって」


白坂くんはそう言って、大量の玉ねぎが入ったビニール袋を手渡してくれた。


「わ、凄いたくさん……!い、いいの?こんなにもらっちゃって」


「いいんだ。僕のじいちゃん、畑持ってるからさ。そこで取れた玉ねぎなんだよ」


「そっか、ありがとう。あの、お爺さんにもありがとうって伝えておいてくれる?」


「うん、もちろん」


白坂くんは、またいつものように、にっこりと微笑んでくれた。


「それじゃ、黒影さん。気をつけてね。今日は来てくれてありがとう」


「うん、ボクの方こそ、お邪魔させてくれてありがとう」


「また一緒に、ダーク・ブルー観ようね」


「うん」


「それじゃあ、また……」


「あ、あの白坂くん、ごめん。1個だけ確認していいかな?」


「うん?なにかな?」


「ボクね、修学旅行の班のみんなには、白坂くんと付き合ってること話したいんだけど、いいかな?」


「おー、黒影さんがいいと思ってるなら、全然いいよ」


「うん、ありがとう。そしたら、またね」


「うん、またね」


そうして、ボクは彼へ手を振りながら、彼の家をあとにした。


「………………」


それにしても、彼の家族が……まさかそんなことになっていたなんて。


普段の穏和で優しい彼からは思いもよらない、壮絶な過去だった。彼は多くは語らなかったけど、きっと……辛いことがたくさんあったに違いない。


今まで、ボクは彼に支えられてきた。彼のお陰で幸せになれた。


だからボクも、彼が幸せになれるように、たくさん……がんばりたいな。


「………………」


夕暮れが、閑静な住宅街を真っ赤に染めていた。


肌寒い秋風が、ボクのすぐそばを通り抜けていった。










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