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49.彼氏のおうち(2/3)




……気がつくと、もう既に3話目のクライマックスに突入していた。


この話では、ボクたちが予想していたとおり、レインを大好きになったきっかけのシーンがあった。


『うわあーー!!』


この時、主人公のリゲルは神の使いによって攻撃を受けてしまい、重傷を負った。


神の使いからなんとか逃げられたリゲルだったが、治療のできる街まではほど遠く、道中で倒れてしまう。


『あ!こ、こいつはいつぞやの……』


その時にたまたま居合わせたのが、レインだった。


(おお!つ、ついにあの名場面が……!)


抱えている膝をぎゅっと抱き、ごくりと唾を飲み込んだ。


『ほら、見たことか。神に背けばそんな目に遭う。相手が大きすぎるし、無謀すぎる。勝てっこないんだってば』


レインは呆れた口調でリゲルにそう告げる。しかし、リゲルの瞳には青黒い炎が燃えていた。


『いいんだ、勝てなくても』


『え?』


『勝てるかどうかじゃない、戦ったかどうかだ』


『………………』


『母さんを殺された恨みを強引に忘れて、平和に生きる道もある。でも、それは自分の気持ちを誤魔化してるだけだ。僕はそんなこと、したくない……』



──自分に嘘を、つきたくない。



『………………』


『う、ぐう……』


リゲルはとうと力尽きて、その場に倒れてしまった。レインはそんな彼に構うことなく、スタスタとその場から離れてしまう。


『べ、別に、助けなくっていい……。あいつが勝手に戦って、勝手に死ぬだけ。ボクには何も、関係ない……』


『それにどっちみち、ボクはあいつを助けられない。風の魔法を使って運べなくはないけど、目立って神に見つかる可能性が高いし、女のボクじゃ担ぐのは無理だ……』


『そもそも、あいつに関わったら間違いなく……ボクも反逆者として処罰対象になる。そんなの、絶対イヤだ。ボクの大事な命を、そんな棒に振ることなんか……』


そうして、彼女は自分にぶつぶつと言い聞かせようとする。自分の心に沸き上がってくる感情から、目を逸らそうとする。


だけど……。


『……ああ!もう!ちっくしょう!』


彼女は苦虫を噛み潰したような顔をして、来た道を引き返し、リゲルを助けに行った。


(来た!ここ!ここ、ここ、ここ!!)


待ちに待った名場面を前にして、ボクは高鳴る心臓を抑えることもしなかった。


『リゲル!ボクの背中におぶさって!』


『え?レ、レインさん……?』


『ほら早く!さっさとしてよ!』


『で、でも、僕を助けたら、君も反逆者に……』


リゲルの言葉も聞かず、レインは彼をおんぶして、街に向かって歩きだした。


『う、うう……!』


女の子のレインではリゲルを背負うのはとても大変で、彼女は額に脂汗を滲ませながら、足元をふらつかせていた。


『レ、レインさん、無茶だ……!男の僕を抱えるのは、さすがの君でも……』


『へ、へへ、君に言われたくないねえ。神に背いてる君以上に、無茶な奴がいるのかい?』


『!』


『言っておくけどね、これは君のためじゃない。ボクの……自分自身のためだ!』


『き、君自身の……?』


『そうさ。つまり、その、ボクは……』


『………………』


『ボクは、君が、かっこいいと思った……!自分を偽らないでいる君が、凄いと思った!死んで欲しくないと思った!』


『レイン、さん……』


『だから、君を助けるのは、ボクのためだ!君に死んで欲しくないから、助けるだけだ!決して、君のためなんかじゃない!』


『……ボクを助けたことがバレたら、君も反逆者になる。君が言っていたように、人生を棒に振ることになるかも知れない。それでも……いいの?』


『ふ、ふふん、ボクは天才だからね!バレるようなヘマはしないさ!それに……君が言ったんじゃないか!』


『え?』


『自分に嘘を、つきたくないってね!』


『!』


『ふう、ふう……!ううっ!くそっ!』


リゲルの重さに押し潰されそうになりながら、それでもレインは立ち上がる。


『大丈夫だ、ボクならできる!担いで行ける!がんばれ、がんばれ、がんばれ……!』




──がんばれ、ボク……!




「………………」


ボクはもう、鳥肌が立つくらい感極まっていた。


頬がびちゃびちゃになるほど、泣いてしまった。


このシーンを初めて漫画で読んだ時のように、胸がうち震えていた。


(うう~……!最高!最高すぎる……!)


自信満々で天狗になってたレインが、汗を垂らして必死にリゲルを助けるのが、ボクの心臓に刺さりまくった。


ボクは昔から自信がなくて、何かを始めようとする前に、「どうせボクには無理だ」「できっこないんだ」と、諦めてしまう癖がある。


だから、レインが自分を鼓舞して、「自分ならできる!」「がんばれ!」と言うのが、ボクにとって物凄く新鮮で、そして……本当に心から憧れた。


最初は彼女も「担ぐのは無理だ」と冷静に考えていたのに、それを覆してがんばるのが憎すぎる展開だった。


『リゲルを担いで街へと向かったレイン。そこには、神の軍団が待ち構えていた。次回「風使いのレイン」』


「……はーーーーー」


次回予告まで見終わったボクは、今まで緊張でお腹に溜めていた空気を一気に吐き出した。


目尻に残ってた涙の粒を指で払って、鼻をすんすんとすすった。


「もう、ほんっっっとよかった……。このシーンがアニメで観れてよかった……」


「うん、凄く盛り上がったね~!」


白坂くんも興奮できたらしく、顔がほんのり火照っていた。


「何回もボク言っちゃうけどさ……あの展開がどうしようもなく好きで……。漫画でも毎回泣いちゃうんだよね……」


「うんうん!僕も改めて観てさ、黒影さんがレインに憧れるのも分かるなあって思ったよ」


「いいよね!ほんといいキャラだよね!」


「うん、いいキャラしてる。リゲルを助けるとこでさ、君のためじゃなくて自分のためだって言うところも、素直じゃなくていいよね」


「そう!そう!そうなんだよ!いや、ある意味で素直なんだけど、なんかこう……ね!ツンデレほどツンツンしてなくて、でも天の邪鬼で!あれもいいんだよね~!」


ボクと白坂くんはかつてないほどに、オタク話で盛り上がった。


観終わった後の高揚感と、それを分かち合える喜びで、テンションが青天井に上がっていた。


ああ、こういう時間のことを、もしかしたら幸せって呼ぶのかも知れない。


「ただいまー」


その時、ボクたちのいるリビングに、いつの間にか老夫婦が来られていた。


お婆さんの方がボクを見るなり「あれ、優樹、お客さんかい?」と、白坂くんへ尋ねていた。


「ああ、お帰りばあちゃん。えーとね、この人はボクがお付き合いしてる人だよ」


白坂くんからサラッと恋人であることを紹介されたボクは、すぐにその場を立ち上がって、「こ、ここ、こんにちは!お邪魔してます!」と、情けなく上ずった声で叫んだ。


「あらあら、そうかい!どうもどうも、優樹がお世話になってます」


お婆さんは柔らかく笑いながら、ゆっくりと頭を下げてくれた。お爺さんの方も、表情には何も出ていないけど、同じように頭を下げられた。


ボクもそれを返すように、頭をパッと下げて、「いえいえ!こちらこそ、い、いつも白坂くんは、お世話になってまして……」と返した。


「えーと、あんた、名前はなんて言うの?」


「あ、あの、黒影 彩月と、言います……」


「サツキちゃんかい。いい名前だねえ」


「ど、どうも、ありがとうございます」


「どれどれ、せっかく来てくれたんだ、お菓子でも食べて行きんさい。優樹の部屋に持って行くといい」


「あ、そ、そんな、全然お構いなく……」


「サツキちゃんは、お煎餅とようかんと、どっちが好きかい?」


「え、えっと……その……」


ボクがしどろもどろになっていたところで、白坂くんが「遠慮しなくていいよ」と言葉を挟んでくれた。


「せっかくだし、僕も黒影さんと一緒に食べたいな」


「……白坂くん」


彼にそう言われて、ボクも無理に断るのは止めて、素直に欲しい方をもらうことにした。


「え、えーと、お、お煎餅……いいですか?」


「はいはい、それじゃあ持って来ようかね」


「す、すみません、ありがとうございます」


そうしてお婆さんは、ゆっくり台所の方へと歩いて行った。


「優樹、もうテレビは見らんか?」


気がつくと、お爺さんは白坂くんの隣に座っていた。


「ああ、もう観たいところまでは観れたよ。じいちゃん、テレビ観るかい?」


お爺さんは黙ったまま、こくりと頷いた。


「うん、分かった。はい、リモコンどうぞ」


「ん」


そうして、お爺さんはテレビで囲碁の対局を観始めた。


「優樹、ほれ、これ部屋に持って行きんさい」


ちょうどその時、お婆さんがお皿に山盛りお煎餅を乗せて、白坂くんに渡しに来た。


「ありがとうばあちゃん、もらっていくよ」


「す、すみません、いただきます」


「サツキちゃん、ゆっくりくつろいでちょうだいね」


そうしてボクは、白坂くんに連れられて、彼の部屋へと向かって行った。


(か、彼氏の、白坂くんの部屋……)


いつの間にやら部屋を訪問することになっていたけど、ど、どうしよう、凄く緊張してきちゃった……。


ボクは前を歩く白坂くんの背中を見つめながら、鼓動が早くなっていく胸を抑えていた。










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