45.みんなで遊ぼう!(1/2)
……11月22日、午前11時ちょうど。
「あっ!さっぽーん!こっちこっちー!」
ショッピングモールの西側入口前で、千夏さんがボクに向かって手を振っていた。
他のメンバーは、みんなもう既に集まっていて、ボクを待っていてくれたようだった。
「す、すみません、遅くなりました」
ボクは小走りになって、彼女たちの前へとやって来る。
「いいよいいよー!全然集合時間通りだし、むしろ時間ぴったりなのさすがさっぽんって感じー!」
千夏さんからそう言われて、ボクはほっと安堵のため息をついた。そう言えば、白坂くんとデートした時も、似たようなことを言われた気がする。
「よし、じゃあみんなも集まったことだし……千夏、これからどうしようか?」
西川さんにそう言われて、千夏そんは「とりまご飯食べよーよ!」と叫んだ。
「あーし、もうお腹ぺこぺこー!なんか食べたーい!」
「うーん、まだお昼には早いけど……お昼時になったら混むし、早めに行くのもありか。じゃあ、みんな何が食べたい?」
「はいはいはーい!パスタ!パスタ食べたいです西川センセー!」
「はいはい、もう分かったから。千夏はパスタね。他のみんなは?」
西川さんの問いかけに、みんなでそれぞれ答えていった。
「ウチはなんか、軽めがいい。サンドイッチとかハンバーガーとか、そういうの」
小岩瀬さんはスカートのポケットに右手を入れて、頭に被ったキャップを整えながらそう言った。
「えー!?やだよるうー!あーしがっつり食べたいよー!」
「ウチはまだそんなお腹空いてないっつの!てか、千夏こそなんでもうお腹空いてんの!」
「だってー!お腹すくんだもーん!るうもちゃんと食べないと、身長伸びないよー!?」
「あー!?よ、よくも!ウチ、背ぇ小さいの気にしてるのにー!」
小岩瀬さんはこめかみに青筋を立てて、千夏さんを追いかけ回していた。そんな彼女たちの様子を、西川さんはため息混じりに「二人とも子どもなんだから」と呟いて、今度は二階堂さんへと話しかけた。
「二階堂さんはどう?何か希望はある?」
「そうですね、私はそこまで強い希望はありませんから、みなさんの食べたいものに合わせます。強いて言うなら、おそばやおうどんなどは、今の食欲的に食べやすいなと思っているところです」
すらりと高い背筋を伸ばして美しく立つ二階堂さんは、まさに模範解答とも言うべき答え方をしていた。
みんなの希望に合わせる柔軟さも出しつつ、自分の意見も言う。他人任せにしすぎないし、意見を通し過ぎない、ちょうどいい案配だと思った。
あと、何気にうどんを「おうどん」と上品な言い方をするのも、ちょっと憧れるポイントだった。
(こういうのを、スラスラ言える人になりたいな……)
ボクからしたら、西川さんが子どもと言っていた最初の二人も、羨ましいと思える。
自分の気持ちを、臆せずはっきりと言える。そういう度胸が、ボクにはまるでなかった。
白坂くんに告白した時も、素直に「恋人になりたい」と言えず、えっちなことで彼を釣ろうとした。
(つくづくボクって、恥ずかしい人間だな……)
「さて、と。黒影さんはどう?何か希望はある?」
西川さんからの問いかけは、ついにボクの番となった。
「あ、えーと……そう、ですね」
うーんと吃りながら、ボクは必死に答えを考えていた。
「あ、あの、ごめんなさい。西川さんの希望って、何かありますか?」
「ああ、私?私は特に希望はないよ。みんなもうある程度希望出してくれてるし、その内のどれかで全然いいかな」
「な、なるほど……」
がっつり食べたい千夏さんのパスタに、小岩瀬さんの軽めなサンドイッチ、二階堂さんのうどん……。
「……あの、正直に言うと、“私”も特段、希望があるわけじゃなくて……。全然、みなさんに合わせたいと思ってるんですけど……。ただ、えっと、ひとつ提案があって……」
「提案?」
「ファ、ファミレスは、どうですか?誰か一人の希望を叶えるために、なんらかの専門店に行くんじゃなくて……。ファミレスなら、みんなの希望するご飯をそれぞれ頼めますし、気、気を使わなくていいかなと……」
「おー、ファミレスか。なるほどね」
「私は、ファミレスの案に賛成です。黒影さんの仰るように、各々が気兼ねなく注文できるのは、今の需要に合致すると思います」
「うん、確かにそうだね。おーい!千夏も小岩瀬さんも、こっち戻ってきてー!」
こうして、今回はボクの提案した、ファミレスへと向かうことになった。
……長方形の6人がけテーブルのうち、席の配置は次のようになった。
左側の奥から、ボク、千夏さん、西川さん。右側の奥から、小岩瀬さん、二階堂さんという席順だった。
注文したものは、ボクがカレーライス、千夏さんが明太子パスタ、西川さんが肉そば、小岩瀬さんがハンバーガー、二階堂さんがとろろうどんだった。
「ねーねー凛ー!明太子とたらこって、どう違うのー?」
千夏さんからそう話しかけられた西川さんは、「ええ?」と言って顔をしかめた。
「うーん、私もよく分かんないけど……辛さの違い、とか?」
「あー、そういう系?確かに明太子は“辛子”明太子ってつくけど、“辛子”たらこって聞かないかも?」
「いや、分かんないよ?憶測だから」
千夏さんと西川さんの雑談に、二階堂さんが加わった。
「明太子とたらこの違いは、唐辛子を使用しているかどうかで決まります」
「え?じゃあ今私が当てずっぽうに言ったのは、正解だったの?」
「はい、まさしくそのとおりです」
「へ~!凛凄いじゃん!当たってるって!」
「うん、ちょっとびっくりかも」
「さらに厳密には、どちらともスケトウダラという魚の卵巣を使用していますが、たらこはスケトウダラではなく、マダラの卵巣でも作ることができます」
「お~、さすが二階堂さん、物知りだね。学年トップの成績は伊達じゃないや」
「うふふ、そう言われると照れ臭いですね」
二階堂さんは口に手を当てて、まるでお嬢様のように笑った。
「に、二階堂さんって、学年トップなんですね……。凄い……」
ボクがそう言うと、二階堂さんは「いえいえ、私なんてまだまだ」と謙遜しながら微笑んでいた。
「あっ、そーだ。ねえみんなー、修学旅行の自由行動さ、行きたいとこあるー?」
千夏さんの質問に、小岩瀬さんが「自由行動ってどのタイミング?」と確認を入れた。
「えーと、大阪と京都で二時間ずつかなー?ちなみにあーしは、大阪の道頓堀は絶対行きたい!グレコのポーズみんなでとろーよー!」
千夏さんは腕をY字に上げて、ボクたちに力説していた。
「道頓堀行くんだったら、ウチあれ食べたい。串カツ」
「おー!いいねるう!串カツ食べよ串カツー!」
「うん、串カツいいね。お店に入ると時間食うし、テイクアウトして食べながら歩くのがいいかもね」
「じゃあ、大阪は道頓堀で決定!京都の方はどこ行くー?」
「京都でしたら、私、伏見稲荷を希望してもよろしいですか?あの鳥居が立ち並ぶ光景は、一度お目にかかりたいと思っていたのです」
「おー!さすがみーちゃん、いいとこ挙げるねー!伏見稲荷、あーしも行きたい行きたい!」
千夏さんは隣にいるボクの方へ顔を向けて、「ねえね、さっぽんはどっか行きたいとこないー?」と話しかけてくれた。
「あ、じ、実は二階堂さんと一緒で、“私”も伏見稲荷、候補に挙げようかなって思ってました」
「お!さっぽんもみーちゃんと一緒ー?」
「は、はい。あの和風ファンタジーな感じが、昔から憧れてて」
「ふふふ、分かります。まるで異世界に迷い込んだようで、ワクワクしますよね」
ボクたちは和気あいあいと、会話を楽しんでいた。
いつもボクは一人ぼっちで、こういう談笑するグループを遠巻きに見ることしかできなかったけど、今はそのグループの中にいる。疎外感も感じないし、話の輪にボクを入れてくれる。
各人、別方向に個性的な人たちなのに、輪が乱れないと感じるのは、きっとみんなが優しい人だからなのだろう。
今日は無事に1日を終えられるといいなと、心の中でそう思った。




