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3.お節介

……曇天の下、西川さんから貰った地図を頼りに、自転車をこぐこと20分。僕はとあるマンションの前へと辿り着いていた。


「えーと、ここの405室……か」


自転車を駐輪場に置き、エレベーターに乗って4階へと向かう。そして、小綺麗な廊下を真っ直ぐに進む。


「405、405……あった、これだ」


該当の部屋を発見した僕は、すぐにインターホンを鳴らした。



ピンポーン



扉の向こう側から、インターホンの鳴る音が聞こえる。すると、数秒経ってから、インターホン越しに声が聞こえた。


『……は、はい。く、黒影ですけど』


それは、黒影さんの声だった。


彼女の声はとてもか細くて、インターホンに耳を近づけないと、聞き取るのが難しかった。


「あ、えーと、こんにちは。僕です、黒影さん。隣の席の白坂です。黒影さんに渡したいプリントがあったので、持ってきました」


僕は初めて彼女とまともに喋るという緊張からか、同級生のはずなのにやたらと丁寧な口調で話していた。


『あ、えっと、プリント……は、その、ポストの中に、入れておいてください』


「ポストの中……あ、これですね」


僕は扉につけられているポストの中へ、プリントを二つ折りにして投函した。


「今、入れておきましたんで」


『はい、ありがとうございます……。ケホッ、ケホッ』


彼女はお礼を述べた後に、小さな声で咳き込んだ。


「それじゃあ、失礼します」


『は、はい。どうも……』


そうして、僕たちの会話は終了した。またエレベーターを使って一階へと帰り、駐輪場に置いてある自転車に股がって、家へと帰ろうとした。


「…………………」


だけど、僕はそのままチャリをこぐことなく、その場に立ち尽くしていた。


(……今さっき、黒影さん本人がインターホンに出たってことは、家の中は……他に誰も人がいないってことだよね?)


親とかがもしいるんであれば、体調の悪い娘を起こすようなことはしないはず。わざわざ本人が僕の対応をしたってことは、彼女は今も家で一人なんだ。


(……一人、か)


僕は彼女のことが、少しだけ心配になってしまった。


今彼女が一人でいるということは、親は仕事に出ていて、二人ともいない……という状況なんじゃないだろうか。


となると、体調が悪いのに、家の中で独りぼっちなのは、結構心細いことだろう。


彼女の家庭環境がどういうものか全く知らないから、一概には言えないけど……何か、差し入れでもした方がいいんじゃないだろうか。


スポーツドリンクとか、栄養ブロックとか、そういうのがあると、きっと彼女も楽に……。


「…………………」


いやいや、何考えてるんだ。僕がそこまでする必要はないと思う。


お互い全然喋らないクラスメイトなのに、僕がいきなりそんな差し入れなんて持ってきたら、向こうが困惑しちゃうよ。


距離感もまだ上手く掴めてないのに、変にそういう気遣いするのは、かけって迷惑だ。


それに、家族がいないのだって、仕事じゃなくて、単に買い物とかに行ってるだけの可能性もある。もしそうなったら、僕の差し入れなんて、ただのお節介にしかならない。


(そうだ、僕はプリントを渡した。それだけで十分だ。今日はもう、これで帰ろう)


そうして僕は、自転車に股がった。


「………………」


それでも、どうしても僕は……黒影さんのことが気になってしまった。


彼女がいつも浮かべている……どこか寂しそうな顔が、頭の中から離れなかった。


(今も彼女は、同じような表情を浮かべて、家に独りでいるのだろうか……?)



『ねえお兄ちゃん!私もジュースちょーだい!』



「………………」


“元気だった頃の妹”の顔が、不意に頭を過った。


明るくにこやかなあの子の声が、耳のすぐそばで聞こえたような気がした。



ポツ、ポツポツ



小さな雨が、降り始めていた。僕の肩や頭に、その雫が落ちてくるのが分かる。 僕は唇を噛み締めて、灰色の空を見上げた。


「……よし」


自転車をこいで、自分の家にではなく……近くのコンビニへと向かった。そこで、のど飴とスポーツドリンクを買った。


それをビニール袋の中に入れて、チャリの籠の中に置き、また急いで彼女の家へと向かった。



ザーーーー……。



コンビニを出ると、小雨だった雨が一気に強まってしまった。しまったなあ、天気予報じゃ今日は晴れだったはずなんだけどなあ。


「ふー、やっとついた」


びしょびしょに服が濡れた状態で、また僕は彼女の住むマンションへとやってきた。


そして、さっきと同じようにエレベーターを使って登り、彼女の部屋まで訪ねに行った。



ピンポーン



インターホンを押すと、やはりさっきと同じく、黒影さんが『はい……』と言って尋ねた。


「あ、黒影さん。何回もすみません。あの……差し入れを持ってきたんですけど、いりますか?」


『え?さ、差し入れ?』


「うん、よかったらでいいんですけど」


『………………』


しばらく間を開けた後、扉がぎぃ……と、音を立てて開いた。


そこには灰色のパジャマを着ている、マスク姿の彼女が立っていた。


「やあ黒影さん、こんにちは。具合はどう?」


彼女と対面できて安心したのか、僕はいつの間にか丁寧な言葉使いを止めていた。


「これ、今さっきコンビニで買ってきたんだ。風邪ひいてる時は、こういうのがいいんじゃないかなって思って」


「…………………」


「のど飴とスポーツドリンクにしたけど、よかったかな?さっき黒影さん咳き込んでたし、そういうのがいいかなって」


「……え、えっと、なんで?」


「え?」


「え、いや、な、なんで……買ってきたんですか?」


「いやほら、黒影さんが今、体調悪いんだったら、差し入れでもしようかなって」


「は、はあ……」


「お節介だったらごめんね」


「あ、い、いえ、そういうわけじゃ……」


黒影さんは困惑した様子で、僕が手に持っているビニール袋を見つめていた。


「あ、あの、い、いくらですか?」


「え?いくらって?」


「この、いろいろ、買った金額……。いくらなんですか?」


「いやいや、いいよ返さなくて。僕が勝手にやったお節介だから」 「で、でも……」


「いいって!全然気にしないで」


そうして、僕はビニール袋ごと彼女へと渡した。そして、黒影さんへと小さく手を振った。


「それじゃ、また学校でね。お大事に」


「…………………」


黒影さんは何も言わないまま、黙って頭を下げた。 そうして、僕は彼女の部屋から離れて、マンションから出た。


(うん、これでいい……。よくやったぞ僕)


僕は心の中で、自分自身を褒めた。もやもやしたままにせず、ちゃんと最善を尽くせた時、僕はこうして自分を褒めるようにしている。


たとえ彼女から喜ばれなくてもいい。僕は、やりたいことをやったんだ。何も怖がることはない。



ザーーーー……。



相変わらず、雨は未だに振っている。


僕は「へっくしゅ!」とひとつくしゃみをしながら、自転車にまたがり、家への帰路を走るのだった。



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