堕とされた果実④
優しいおばさん。
面倒見の良いおばさん。
伝統工芸の継承者を捜すおばさん。
それだけ見れば何処にでもいる一般市民。
だが、それらは全て表の顔。
その裏に顰めた顔は酷く醜かった。
「もう全て分かってるんですよ」
そうして叩付けた証拠に【おばさん】の顔がみるみる悪鬼の形相となる。
当然相手を追い詰めるにはそれ相応の証拠が居る。
【おばさん】は実に多くの裏家業をしていた。
伝統工芸も全てが嘘っぱち。
本当は孤児を攫っては人買いに売り飛ばす女主人だった。
この街でも数名の子供を売りとばしていた。
そうして果竪にも目を付け、その触手を伸ばした。
果竪が書かされたのは奴隷契約書。
人身売買で自分が売り買いされる事に同意する書類だった。
見つけた瞬間即座に焼き払った。
だが、それだけでは気が収らない。
婚約届けではなかった事には歓喜したが、同時に別の怒りが込み上げてならない。
果竪を売り飛ばす
確かに村を喪い家族もいない果竪は正に格好の的だっただろう。
売られる先は何処かの変態貴族か過酷な労働場か。
だが、【おばさん】はそんな自分を嘲笑った。
「あんな醜い子供、そうそう売れるわけがないじゃないか」
「何が言いたいんですか?」
「美しければ貴族のお大尽様が買ってくれるさ。変態ジジイの慰みものとして。けどあんな容姿じゃねぇ。それにやせっぽっちで労働場にも売れりゃあしない」
「なのに目を付けたんですか?」
「そりゃああんた、あんな子供に城一つ買えるだけの値段をつけられりゃあ誰だって動くさ」
「誰が?」
「この領地の領主様だよ」
その言葉に、あのムカツク男の顔が思い出される。
確かに2,3ヶ月ほど前にその領主の居る都に滞在していた。
その領主は毎日のように自分のとこに通ってきては、うちの娘はどうかと騒いだ。
しかし娘は身分低いが誠実な屋敷仕えの男に恋をしていた。
果竪が酷く同情していたから、その二人が結ばれるようにしてやったのだが、それに怒り狂ったのがあの領主だった。
領主は果竪が全て悪いと逆恨みし、嫌がらせをしてきた。
時には命に関わるような手段も用い、大人げないを通り越しうちの軍の者達からは殺意を抱かれた。
後腐れなく始末してしまえと声高に叫ぶ者も居た。
礼儀には礼儀を、悪意には悪意で返す自分達は敵となる者には容赦はしない。
それを果竪が反対するから止めたのだ。
なのにあの領主は勘違いをし、ならばと自分の姪っ子を自分に押しつけようとしてきた。
姪っ子は娘とは違い傲慢な我儘娘で全てが最高級でなければ気が済まないという考えの持ち主だった。
しかも、拒否される事なんて今まで無かったのだろう。
自分が拒否した途端に家の権力を持ち出してきた。
だが、そんなもので自分を押し止められる筈もない。
もうそこには用がないとばかりにさっさと軍を率いて出てきたが――まだ諦めてなかったのか、あの馬鹿ども。
「あの娘を奴隷として売り飛ばせば金を払う。だからそうしただけよっ」
何としてでも果竪を萩波から引き離せ。
そして二度と萩波に近づけないように売り飛ばせと領主は声高に叫んだという。
「で、まずは果竪の信頼を得る為に甘い言葉を囁いたんですか?」
「そうだよ!!はは、売られるとも知らないでのこのことのってきてさっ!!甥っ子と結婚?お前みたいな餓鬼にそんな恵まれた話があるかっての!!」
「そうですか……甥っ子との結婚の話が嘘だった事に関してはお礼を言いますよ」
「何ですって?」
「今更横からしゃしゃり出てこられると困るんですよ」
あの子は自分のものだ。
ずっとずっと前から俺のものだった。
「そう……邪魔はさせない」
「…………もしかしてあんた……あの子に惚れてるの?」
女は呆然と呟くと突然笑い出した。
「何がおかしいんですか?」
「あははははっ!!とんだお笑いよっ!!あんたみたいな美形があんな醜い、しかも餓鬼を好きだなんてね!!」
「果竪は餓鬼じゃありません。とっても可愛らしい子ですよ」
「あんたこそ目がおかしいんじゃないの?!あんな何処にでもいる子の何処が可愛いのよ!!十人並みで、これといった特技もなくて売り飛ばすのに一番苦労するタイプなのよ、ああいう子はね!!」
「それは嬉しいですね、売り飛ばされなくてすむんですから」
「憎らしい男だね!!綺麗な顔して腹が立つっ」
「素晴らしい褒め言葉ですよ。気に入られるよりもよほど私のためになる」
「ふん!!そんな風に余裕ぶってられるのも今の内だよっ」
女が歪んだ笑みで吐き捨てる。
「私はああいう餓鬼が一番嫌いなんだ。それにどうせ売れやしない。ならばせめて部下達の慰みものとして使わせてもらわなきゃ割に合わない」
「っ?!」
慰みものという言葉に悪夢の過去が蘇る。
意思も何もかを無視され強要された関係の数々
「部下の中で子供の青臭い体が好きなのが居てねぇ。そいつがあの餓鬼に目を付けていたから言ってやったんだよ。好きにしなって!!あんたがここに来る前に餓鬼のところに向かったから、今頃は楽しんでる事だろうよっ」
狂ったように笑う女の首を飛ばす
足下まで転がってきた首を足で踏みつぶすと、そのまま家を出た。
それからほどなく果竪を見つけた。
売春宿の一室で、男にのし掛かられていた。
「萩波……」
服を半分ほど剥ぎとられていた果竪の顔には泣いた後があった。
一方、男は悲鳴をあげて後ずさる。
よほど自分の姿が恐ろしかったのだろう。
男は焦りながら叫んだ。
「こ、この餓鬼が望んだんだっ!!」
自分のせいじゃない。
この餓鬼が抱いてくれと望んだと、せがんだと言う。
その言葉に目の前が怒りに染まる。
その時だ
突然目の前の光景が変わる。
――貴方が【おばさん】の甥っ子?
――そうだよ。君が果竪だね?
――は、はい
同じ部屋。
同じ者達。
けれど、彼らの状態は違った。
果竪が椅子に腰掛け、果竪にのし掛かっていた男がにこにこと人の良さそうな顔を浮かべて向かいに座る。
――あの、私に何か用ですか?
――おや?言い草だね。君は私の許嫁だろう?
果竪は男に連れられてこの部屋に来たようだった。
そして戸惑う果竪に男は優しく接した。
けれどその笑みには下心がありありと窺えた。
果竪もそれに気付いたのか警戒を解かない。
そのうちに限界に達したのだろう。
男はそれまでの優しさを一変させた。
――話は変わるけど、君はいつになったら萩波達の所から離れるんだい?
――そ、それは……養女になったら
――それって遅いよ
――え?
戸惑う果竪に男は言う。
――さっさと離れないと。おばさんにも言われたんだろう?君の存在がみんなを不幸にするって。
――それは……
――こんな言い方はしたくないけど、俺もその通りだと思うよ。役立たずの君がいるとそれだけ軍は大変になる。だって、君を守る為に戦力が分散されるしね。
――っ……
――まあ、軍の人達は優しいからそんな事は言わないだろうけど、でも内心はさっさと離れて欲しいって思ってると思うよ。おばさんの養女の話だって聞いたら大喜びするんじゃない?
――で、でも萩波は傍に居て欲しいって
――話したのか?
男が焦ったように聞き返す。
それだけを見ても、男に後ろ暗いところがあるのだろう。
――は、はい
――で、居て欲しいって言われたと……ふん、そんなの社交辞令だって
――社交辞令……
――そう、大人の常套手段。それに君は知ってるの?君の事で萩波という人が色々と不味い立場に立たされてるのを
――え?
――領主の姪っ子とか、娘とか貴族の姫君達とかその軍の大将に結婚を申し込んでいるらしいよね。けど、それを片っ端から断ってさ。
――………………
――しかも断る理由が君が立派な大人になるまで傍に居てあげたいからとか
――っ?!……そうなんですか?
――それを聞いた姫君達はたいそうお怒りらしいよ。自分よりもそんな孤児の子供をとるなんて――って。しかも、その姫君達の父親も娘をコケにされたとかで怒り心頭。軍の支援者もいるとか。
――そ、それは……
――君も知ってるの?知ってるのに君は今までずっと居続けたの?それって酷いよね。相手の事を思いやってない証拠だよ。本当に酷いね君は
男は嘲笑する。
――君は離れるべきなんだよ。でないと萩波は何時までたっても不幸だ。君が大人になるまで彼は自分の幸せを掴めない。それどころか支援者達から見捨てられて、軍も維持出来なくなる。もしかしたら不満とかも起きて反乱が起きるかも。そこに攻め入られたら――みんな殺されちゃうね。
――そんなのヤダっ!!
――なら、離れなきゃ
――でも、萩波は……
――萩波のことが大切なんだろう?
男はそうして毒を注ぎ続ける。
果竪を宥め賺し、そして時に突き落とす。
何度も何度も果竪を責め立てた。
それからどれほど時間が経ったのか
果竪は泣きながら男の言葉に頷いた。
――分かりました。みんなと別れます。でも、せめてみんながこの街を離れるまでは一緒に
――駄目だよ、いますぐに離れなきゃ。だってこうしている間にも萩波達は危険に晒されてるんだよ?
――でも………きちんと説明しないとみんな凄く心配するし……反対する
――ああ、そうだね。すぐに同意したら世間体が悪いものね……なら、すぐに同意出来るようにすればいいんだよ
――ふぇ?!
男は果竪を寝台へと突き飛ばしその上からのし掛かる。
――何するんですか?!
――みんながすぐに同意してくれるようにするんだよ。大丈夫、恐くないから
男の下品な笑みに果竪は震える。
――で、でも
――でもはなし。それにこうしないと、早く離れられないよ?そうしたらみんなを早く幸せに出来ないよ?
男の言葉に果竪がグッと涙を堪える。
――ど、どうするの?
――もちろん、誰もが納得する理由を作るんだ。既成事実って奴?
――き、きせいじじつ?何それ、わ、わからないっ
――冗談きついな~~、それともウブを装ってる?
――ウブ?え?な、なんでスカートの中に手を入れるの?!
――あれ?分からないの?本当に?
分る筈がないと心の中で嘲笑う。
果竪はキスの意味さえ分からないほどに性的なことに疎い。
ましてや、男と女の快楽に関する知識などある筈がない。
それを証明するように、果竪はこれから何が起きるのか分からないという不安に震え続けている。
――大丈夫。じっとしてたらすぐにすむから
そうして果竪の服を剥ぎにかかる男。
抵抗しようとする果竪に男は再び毒をはき続け、これさえ乗り切れば萩波達は安全だと囁く。
何も恐いことはない
これをする事が萩波達を助けるのだと
そうしてそれに果竪が同意しかけた時に部屋の扉が開け放たれ
飛び込んできた自分の姿を見て、その光景は終わりを告げた
ハッと我に返れば、男が悲鳴をあげながら床にのたうち回っていた。
四肢が折れているのだろう。
自分の手を見れば血が付いていた。
ゆっくりと周囲を見回し笑う。
ああ、自分は過去を見たのかと
この部屋に強く残っていた過去の記憶が自分の怒りと同調し、ここど起きていた忌まわしき過去を見せたのだ
果竪が自分に縋り付いて何事かを叫んでいる。
「萩波やめて!!おばさんの甥の人を傷つけないでっ」
この人は悪くない
自分が望んだのだ
それはまさに男が囁き続けて来た毒が果竪に効いている事を示すもの
怒りが一気に膨れあがる。
果竪の手を掴み一気に引き寄せる。
あとの事は誰かに適当に言って任せればいい。
実に上手に料理してくれるだろう。
果竪が悲鳴をあげて暴れるのを抑え付け、最後に男を見下ろす。
「俺のものに手を出したことを後悔しろ」
恐怖に泡を吹いた男を残し、自分は果竪を抱き抱えて空気に溶け込むように空間を転移し、自室へと戻ったのだった。