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百合の少女は悩み焦がれる⑨

「百合亜ちゃん、『後宮』でもご飯食べないの」

「……え?」

「それに夜もあまり眠れてないみたい。ごめんね、もう『後宮』に移ってから三日も経っているのに」

「……」

「一応、お風呂とかは涼雪ちゃんと一緒に入れているんだけど」

「涼雪と、なんて羨ましい!」


 心の声で留まらなかった男に、茨戯は後頭部をどついた。


「いつもの『氷の宰相』はどこに行ったのよ!」

「俺は一度もそう名乗った事はないわっ!」

「怜悧冷徹鬼畜の宰相の言う言葉かっ」

「それも名乗った事はねぇよ!」


「果竪、あっちは気にしなくて良いから」


 朱詩は茨戯と明睡から距離を取った。修羅と鉄線も距離を置いた。あれとは赤の他神、他神。


「……食事、してないんだ。睡眠も」


 修羅が痛みをこらえる様に小さな声で呟く。


「うん、あとまあーー場所が『後宮』ってのもあるかなぁって」


 それは、うんーーと、その場にいた全員が頷いた。

 『後宮』に居るのは基本は王の妃で、他はその世話係達だ。普通、客神は滞在させないし、療養先としても普通はアウトだろう。


 心が安まるどころではない。下手したら、百合亜も王の妃候補又は王の手がついた、見初められた等という不穏な噂が立ちかねない。



「百合亜ちゃんは、自分の様な者と噂になったら王が可哀想だ、申し訳ないって言うんだけど」

「大丈夫、噂にはならない」

「なってもきっとすぐに消える」


 修羅と朱詩は言った。

 それは本心からだった。


「いやでも、萩波がロリコンだって知らない普通の一般市民及び一般王宮仕えの者達からすれば、それもあり得るかも」

「え?! 萩波ロリコンだったの?!」


 果竪が驚愕する。

 今更何をーー。


「そうよ、そういう残念な男なのよ」

「ざ、残念?」

「そうだ、だから果竪、申し訳ないがずっと傍にいてやってくれ。でないとどんな犯罪行為に至るか」


 部下から犯罪行為を心配される王。

 しかも、その犯罪行為はきっと未成年略取とかロリコンとか色々そっち系だからもう救いようがない。


 いや、十代前半、十代未満での結婚など王侯貴族ではよくある事だーー大戦前、大戦中なら。


「いやでも、まだ子供が出来なければ少しは救いはっ」

「萩波、果竪との子供を作る気満々だったよ」


 明睡の言葉に、修羅は的確に突っ込みを入れた。朱詩は果竪の耳をしっかりと塞いでいた。


「……」

「けど、今の果竪はいくら十四になっているとはいえ、絶対に出産は危ないから『まだ産ませるな!』って怒ったんだよね。で、医師達と王で喧々囂々の言い争いになった後、なんとか『十七歳』になるまで駄目って約束させたんだ。本当は成神するまで駄目って言いたかったんだけど、ねぇ」


 そこまで待たせれば、絶対に萩波が暴走する。十七どころかその前に華奢で寸胴な幼児体型の果竪の腹部が不自然なまでに大きく膨らむ姿なんて見たくないーーと修羅は医師として冷静に言った。


「ありがとう、修羅」

「完璧だわ修羅」

「お前、流石だね」


 果竪の子供は見たいが、それで果竪が危険な目に遭う事は望まない。そもそも、妊娠出産は女性にとっては命の危険がある神生でも大仕事の一つだ。たとえ妊娠は順調でも出産で何が起きるか分からないし、妊娠の時点で大きな負担がかかる事もある。一神目は大丈夫でも、二神はどうなるか分からない。


 死と隣り合わせにある出産。


 年齢が若ければ若い程、出産は大変になるだろう。特に、果竪の様に体が成熟していなければ、余計に危険になる。


 最終的に萩波が受け入れたのも、彼自身がそれを理解しているからだろう。


 なら、最初から果竪に手を出すなと言う話だが、それは萩波にとっては難しい話だった。



 あの当時、果竪はいくら説得しても絶対に軍から、萩波の側から離れようとしただろう。下手すれば、婚姻届を出したって逃げ出した筈だ。


 婚姻届ーーまでは……まあ認めても良い。


 実際、幼いうちに結婚するというのは王侯貴族ならよくある。ただし、子供が産める年齢までは手を出さないのが基本である。


 しかし、果竪は婚姻届が出されても逃げ出しただろうーーあのお転婆。となれば、婚姻届けはあっても、いざという時に花嫁の居ない結婚生活。

 それどころか、大戦の混乱期の事だと大神になった果竪が結婚を無効にしてしまうかもしれない。


 まあ、結局は王になった萩波がそれで済ます筈も無いが。



 自国はもとより、他国に居ても果竪を差し出さなければならないようにこの男は振る舞うだろう。


 自分達も協力するけれど。


 ーーそうやって一度は逃げ切れたと絶望するより、先に絶望していた方が良いかもしれない。



 そもそも、一度逃げ切ったのに自国内にいて確保された某王妃とか

 他国に逃げたのに、貢ぎ物として捧げられた某王妃とか

 婚姻届を出されても嫌がって軍の中で逃げ回っていたのに、夫が王になった後に強引に王妃に祭り上げられたりとかーーあ、これ果竪だ。


 他にも色々と、色々と居たし。


 朱詩は果竪を見た。

 果竪の従姉妹は、相手が王になる事が決まった後に強引に襲われ妻にされたんだっけ。で、今は津国の王妃をやっている。


 本当に幸薄い従姉妹同士である。


「……」

「……」

「……」


 鉄線他、男達は果竪を見つめた。


 いくら幼なじみとはいえ、騙されて婚姻届を書かされ、その後襲われ、無理矢理夫婦にさせられたあげくに夫婦生活を営まされ。

 従姉妹と引き離されて王妃にさせられ、更には『後宮』より外には出られない軟禁生活。


「不幸だ」

「不幸すぎるわ」

「なんて不幸」

「不幸以外の言葉が見つからない」

「果竪……」


 いや、今は果竪の不幸を嘆く時ではない。というか、いつもそれはやっているし、そもそもその不幸を継続させているのは自分達で。


「果竪、百合亜の事に話を戻すね」

「うん?」


 修羅は涙を堪えながら、果竪に愛しい神の話を聞く事にした。


「それで、百合亜はご飯も満足に食べてないし、寝てもいないんだよね?」

「うん。明燐にも相談したら」



「私が添い寝して差し上げますわぁ!」



「って、いつものボンデージドレスを脱ぎ捨て裸で」


 毎度の事みたいに説明する果竪に、男性陣は止めた。


「待って、もういいから。百合亜が無事だったかどうかだけ教えてくれれば」


 それ以上聞いたら戻れなくなる。


「で、涼雪ちゃんが丁重にお断りしてた」


 この時、全員の中で涼雪への株が激上がりした。


「あいつは神かっ?!」

「いや、ここに居る全員が神よ」

「涼雪が聖女なんて今更だよ」

「熊倒すけどな」


 鉄線が思わずつっこんだが、それは別にやっかみでも何もない純然たる真実だった。


「それで、『後宮』では百合亜ちゃん、寛げないかなぁと思って」

「もう面倒だし、修羅の屋敷に置こうよ」

「えぇ?!」


 朱詩がいつもの面倒くさがりを発動させた。


「馬鹿ね、そんなのオオカミの前にリボンをつけた羊を提供するようなものじゃない」

「それに、修羅と言い合いをしたからな。百合亜も余計に気を遣うだろう」

「睡眠薬でも盛れば」

「あのね、ゆっくりと寛いで体を休めさせるんだからね? その為の睡眠なのに、薬で強制的に眠らせてどうすんのさ! それならもうとっくにやってるよ!」

「食事も点滴で打てば」

「朱詩!」


 怒り心頭の修羅を無視し、朱詩は舌を出していた。


「話し続けていい?」

「ああ、あそこの二神は放っておけ」


 果竪の質問に、明睡は頷いた。


「それで、百合亜ちゃんに気分転換して貰う為に、涼雪ちゃんと考えてね」

「ああ」

「普通の女の子らしくお買い物とかどうかって!」

「ああ……は?」

「あ、付きそいは涼雪ちゃんが居るから大丈夫。王妃付きの侍女のお仕事は、他の侍女のみんながもうすぐ戻ってくるし」

「いや、ちょっと待って」

「百合亜を外に出すの?! 危険でしょっ」


 修羅は大いに反対した。


「大丈夫だよ」


 果竪はきっぱりと言った。


「涼雪ちゃん、強いし」

「涼雪は普通の女の子だろっ」


 明睡がそこは否定したがーー。


「熊狩り出来る普通の女の子」

「それでも普通の女の子だ!!」


 明睡は譲らなかった。しかし、もはや熊を狩る時点で普通とは何か?という疑問が生じるだろう。まず普通をどこに置くかで基準が変わる。


「凶暴熊より怖い神って王都に沢山居るの?」

「いや、少ないわね」

「徒党を組んだ馬鹿とか、その手の者ならまだしも」

「でも、涼雪ちゃん、普通顔だよ?」


 涼やかな顔立ちはしているが、美少女と言った顔達ではない。


「失礼なっ! 涼雪は、かわ、かわ、かわかわかわぁ」

「ん? 涼雪ちゃんは川の神じゃないけど」

「んな事わかってる!!」


 どうしてそこで可愛いと言い切れないのか?


 それが凪国一のヘタレ男と名高い所以である。


「ね? いいよね? 百合亜ちゃんのお買い物」

「変な奴が百合亜に目をつけたらどうするのさっ」

「大丈夫、百合亜ちゃんも強いから! だって、修羅を助け出せたんだよ?! あと、守り抜いたんでしょう?!」


 目を輝かせた果竪の言葉に、修羅は固まった。


 確かにそうだ。

 百合亜は地下牢に捕らえられていた修羅を見つけて連れ出してくれたし、その後もずっと傍にいて修羅を守ってくれた。

 それは萩波の軍に拾われてからもそうだった。


「それにさ、ここに居る限り、百合亜ちゃんは仕事の事を考えるよ。なら、少し離した方が良いよ?  ってか、本当は私も行きたい!」

「か、果竪」

「でも私は我慢する。だって、王妃の私が行けば護衛とか色々と神手を割かなきゃならないし、そうなるとみんなの仕事がもっともっと大変になるでしょう?」

「……」

「でも、女官長ではない百合亜ちゃんは一般神だから、護衛とかは必要ないし」

「だが、涼雪は王妃付きの侍女で」

「他の侍女のみんなが戻ってくるもの。それに、涼雪ちゃん、ちょくちょく城下町に降りてるし」

「え?」


 愕然とする明睡を余所に、鉄線が口を開いた。


「そういえば、王妃の部屋にある大根の種やら農具の類いは」

「涼雪ちゃんに買い集めて貰いました! もちろん、私が稼いだお金だよっ」

「果竪! 涼雪になんて事をやらせてるんだっ」

「涼雪ちゃんの気分転換もかねてです。それに、王都の方が運命の出会いが多い」

「やめて果竪。明睡のHPはもう0よ」


 その場に崩れ落ちる明睡に、茨戯だけではなく朱詩と修羅も彼を労った。


「それに涼雪ちゃんの気分転換にもなるし」

「花畑とか庭園とか大図書庫とか食堂とか色々とあるだろう」

「色々なお店を見ながらウィンドウショッピングするのが良いんだよ。ご飯も途中で食べたり」


 もうそれ、相手が居ればデートだからーーとは、茨戯達は言わなかった。明睡にトドメをさすから。


「百合亜ちゃんもね、気分転換に外に出ても良いって言ってくれたんだ」

「え? ゆ、百合亜が?」

「そう。だから、許可頂戴」

「許可……って、僕?」

「うん。百合亜ちゃんが、でも仮にも療養している身だからって言うの。でも、許可を貰えたら、行っても良いかなって。ずっとね、泣いてたの百合亜ちゃん」


 修羅の胸がズキンと痛む。


「それで涼雪ちゃんが外での話をしたら、少しずつ笑顔になって『行ってみたい』って言って。だから、それで少しでも気分転換になるならって思ったんだ」

「……」

「ーーやっぱり駄目?」

「……百合亜は泣いてるの?」

「うん。『私、何にも無くなっちゃった』って言いながら」

「っーー」

「百合亜ちゃんにとって、女官長は生き甲斐だったんだね」

「……生き甲斐……なんで、それ」

「修羅が独立したから?」


 独立?


「は?」

「だから、修羅が医務室長になったでしょ? それまではずっと自分の後についていた小さな子がここまで大きく立派になってって百合亜ちゃん凄く喜んでたの。もう自分の手を必要としない

一神前だって。逆に自分が頼るぐらいだって」


 一神前……その言葉に、修羅は何とも言えない表情となった。


 嬉しさと戸惑いとが入り交じっているのだと、明睡達は理解した。


「でもきっと本当はとっても寂しかったんだと思う。思えばさ、百合亜ちゃんが女官長の仕事に一生懸命になったのって、その寂しさを紛らわす為と、後は修羅に負けないようにっていうのもあったのかなぁって」


 果竪は言葉を選び、口にした。本当は他にもある事に気づいていたが、それは修羅達には伝えなかった。自分が伝えても良いものかが分からなかったからだ。


「修羅、駄目?」

「……陛下は」


 この分だと、もう果竪は萩波からの許可は貰っているだろう。


「良いよって」

「そう……」


 ならーーと修羅は口を開こうとした。

 が、それを押しとどめたのは鉄線だった。


「いや、ちょっと待て」

「鉄線?」

「今の時期の王都は危険ではないか? ほら、行方不明事件があるし」


 そんな鉄線の言葉に、明睡と茨戯はその事件を頭から引っ張り出した。


「そうだな。確か行方不明事件があった」

「確か年頃の少女だったっけ。十代から二十代後半までの」

「それも、美しい美少女ばかりが狙われているらしいな」

「可愛くて儚げで清楚な思わず守りたくなるような美少女で」

「涼雪が狙われる!」


 明睡がカッと目を見開いたが、残念なことに涼雪は美少女ではなかった。


「なら安心ね」

「百合亜は美少女だよ!」

「いや、迫力系美少女だから相手の好みに合わないだろう。いやいや、実に残念、いや幸運だ」


 鉄線と茨戯はうなずき合い、修羅は地団駄を踏んだ。


「大丈夫よ修羅。百合亜のあのキツイ眼差しと雰囲気、言動を考えれば何の問題もないわ」

「涼雪ちゃんも美少女じゃないから大丈夫」


「失礼なっ!」

「涼雪は美少女だろっ」


 その後、わあわあ騒いだ二神だが、結局押し切られてしまった。

 しかも、試しにと二神が王都に出向いた日に、そのすぐ近くで行方不明事件があったが、彼女達は相手に見向きもされていなかったうんぬんな話を聞き、より安全性が保証された。



 だが、それで収まらなかったのは宰相と医務室長だった。

 彼らは怒った。本気で怒った。全力で切れた。


「その失礼な事件の首謀者をすぐさま捕まえろ! いや、俺が行くっ! 涼雪を狙わずして何が婦女子誘拐犯だっ! タイプぅ?! 涼雪はタイプなんて関係なく美少女だろ! 何がタイプだ、世界は博愛主義傾向だ流行に乗れ! 来る者拒むなっ!! そんなのもわからぬ痴れ者には、この俺が誘拐犯の極意を教え込んでやるっ」


 宰相ご乱心。


 というか、誘拐犯の極意って何だ。

 あと、それ素敵に涼雪に対して失礼である。とんでもなく失礼である。

 とりあえず、涼雪の事に関しておかしくなる宰相に慣れきっている部下の皆様は、宰相を止める為に全力を尽くした。


「宰相様が何か大変だと伺ったのですが」

「明睡が大変なのはいつもの事ですから気にしないでください」


 萩波はそっと涼雪の肩に右手を置き、左手で自分の顔を覆った。



「百合亜を狙わないなんてその男達、何なの?! あの世界一美しくて可愛くて清らかで優しい百合亜を狙わずして何を狙うんだよ! 頭腐ってるんじゃないの?! 今すぐ捕まえて、説教してやるんだからっ」

「緊急事態発生! 医務室長を押さえろ!」


 鉄線が緊急警報を発令し、部下の医師達が修羅を止めにかかった。そんな医師達、こうして暴走する修羅を止めるうちに、実は結構な武闘派になっていた。


「あの、医薬殿で騒ぎが起きていると」

「百合亜は気にしなくていいの。全然全く気にしなくていいの」


 茨戯は心配する百合亜の両肩を掴み、必死に懇願した。

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