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百合の少女は悩み焦がれる⑥

 凪国という大国を実際に、直接的に運営し支えているのは、凪王以下上層部とそれに準ずる者達だ。彼らは大戦時代、それぞれの部隊を率いて戦い、それはそのままそれぞれの部署に分かれる時にもそっくり部隊ごとその部署になったーーという所が大半だった。


 そんな上層部は大戦時代は古参メンバー、それに準ずる者達は古参メンバーに準ずる者達と呼ばれていた。だが、彼らは古参メンバーやそれに準ずる者達の中でも一際美しく優秀かつ有能な者達で、それこそ平均以上と呼ばれる者達だった。


 因みに、古参メンバー、それに準ずる者達と呼ばれる基準は、単純に入軍した順であり、古くから軍にいる者達を指す。


 そして古くから軍にいる者達ーー古参メンバーやそれに準ずる者達の中には、当然ながら平均かそれ以下の者達だっていないわけではない。むしろいるからこそ、平均以上という言葉があるのだ。そんなわけで、数は多くはないーーむしろ少ないが、平均または平均以下の古参メンバーやそれに準ずる者達が居た。


 彼らは他の古参メンバーやそれに準ずる者達が、建国後に部隊ごと一つの部署を形成する中、特に部隊を率いる事のない彼らはそれぞれ好きな部署へと入る事になった。


 平均または平均以下の者達すべてが部隊を率いていなかったわけではない。

 彼らだって任務はこなしていた。しかし、後方支援が多かった。


 そして、平均以上の者達は圧倒的なカリスマを持ち、彼らはそれぞれ国の王となっても全く問題ないぐらいの能力と他者を魅了する力を有し、気づけばそれぞれが彼らを慕う者達が追随し、それは部隊と呼べるほどの神数を持ち合わせていたのだ。


 そうしてそれぞれの部隊は、主に忠実であり、それこそ心酔しているといってもよい。そして平均以上の古参メンバーやそれに準ずる者達もまた、そんな部隊を率いて戦う事が多く、よって直属の部隊と呼ばれた者達はそのまま主が長官、副官となった部署にそっくりそのまま在籍する事となった。


 ただ、それは仕事の面でもメリットをたくさん生み出していた。何せ、阿吽の呼吸、アイコンタクトですべてを伝え判断しなければならない場面を沢山経験し、相手の良い所も悪い所も部隊の者達は互いに全てを見てきたのだ。


 だから、初対面の者に対する事は必要なく、わかっているからこそ仕事もやりやすかった。遠慮だっていらない。


 またそれは、平均やそれ以下の者達が各部署に点在する様に入っても同じだった。


 もちろん、それぞれの部署の主達の采配も大きく関わってはいるのだろうが。


 だがーー彼ら、特に平均以上たるそれぞれの部署の主達ーー古参メンバーやそれに準ずる者達の中でも平均以上の者達にも欠点はある。


 彼らは美しい。

 彼らは優秀だ。

 彼らは有能だ。


 彼らは才能がありすぎる。


 しかしその反面、あまりにも無頓着だった。



 自分達の美貌や才能が周囲にどんな影響をもたらし、どのような効果を発揮するかを知っている。それらをどう利用すれば最大限の効果を発揮して、相手を上手く操れるかに関しては天才的な才能を発揮していた。


 だが、それは自分達にとってどうでも良い相手や利用出来る相手に限られていた。



 自分達にとって、大切な相手に関してはーー彼らは自分達の持つ影響がどう相手に影響を及ぼしているか、理解しているようで理解していなかった。



 仕事に関してなら、彼らは完璧に自分達が及ぼす影響を理解し操れると言うのに、一度仕事から離れ、相手が近しい者、または損得関係ない相手になるともう駄目だった。


 むしろ、それらの影響うんぬんに関しては、古参メンバーやそれに準ずる者達の中でも平均かそれ以下の者達の方がずっとずっと聡かった。



 部隊は優秀だった。

 それぞれが率いる部隊の者達は、有能と呼ばれる程の者達だった。

 しかしいかんせん、主に忠実な分、考え方はかなり似ていた。


 だからこそ、点在する平均かそれ以下の者達の存在は非常に重要だった。


 主に忠実な部隊の者達も、平均かそれ以下の者達に敬意を払いつつ、自分達に足りない部分を敏感に感じ取りフォローをしてくれる彼らを尊敬していた。


 しかし残念なことに、部隊は究極の主馬鹿だった。

 平均またはそれ以下の者達を理不尽ではなくとも虐げたり馬鹿にしたりあざ笑ったりする事はないが、どんな時でも主が一番の彼らは、やはり残念な主馬鹿の要素を沢山持っていたのである。



「百合亜ちゃん、元気ありませんね」

「うん、具合悪いのかなぁ」



 古参メンバーやそれに準ずる者達の中でも、平均またはそれ以下に属する二神。一神は王妃となり、一神は各部署に点在する一神ーー侍女となった。


 彼女ーー涼雪は、大戦時代、明燐の部隊に属しては居なかった。彼女は明燐の部隊が侍女という役職にそっくりそのままついた後に侍女という役職に入った存在だ。


 涼雪の様な者は他にも居るが、王妃付きの侍女達の中に居る平均かそれ以下の者は涼雪しかいない。他の平均またはそれ以下の者は、侍女は侍女でも別の場所で働いている。


 王妃付き侍女は、王宮の中でも花形の花形だ。選ばれたものだけがなれる名誉職でもある。


 国王付き侍従と同じようなものだが、とにかく王妃の側に上がる事が許された超エリート集団である。一応、それなりの能力は必要とされるし、選ばれる基準も高い。

 明燐は自分が大戦時代に率いた部隊の中でも、特に優秀だった者達を選びに選び抜いた。それ以外の者達には、別の場所を任せた中、どうして平均かそれ以下とされる部類に入っていた涼雪を侍女としてスカウトしたのか。


「涼雪ちゃん、それ何?」

「『マタギ倶楽部』です」


 雑誌ーー『マタギ倶楽部』。

 炎水界における猟師達専門に出されている雑誌だった。涼雪の愛読書だ。


 彼女は『素敵なマタギ』になる事を夢見て、それが叶わなかった。


 涼雪は建国当初


「私、マタギになりたいんです」


 と言って、修行に出そうになった所を上層部とそれに準ずる者達一同に引き留められた。彼女を密かに恋い慕う明睡が口から魂を飛ばしそうになっていたので、主に頑張ったのは妹の明燐だった。

 そういう所が明睡がヘタレと呼ばれる所以であるが、この男。自分の本命にだけは口は回らないは手は出ないは、乙女になるわーー。


 妹曰く


「ダメダメですわ」


 なんとも厳しいお言葉を最愛の妹から浴びせられるのである。

 代わりに妹は頑張った。


 マタギになりたいという涼雪を引き留め説得し、何とか自分の率いる部署に引き込もうとした。


「マタギ科はないんでしょうか?」

「マタギ課はあるかもしれないけど、マタギ科は難しいと思いますわ」


 その後も説得に説得を重ね、侍女試験を受けさせ面接も受けさせた。そうして、面接に来た他の侍女候補達の中でも涼雪は、それはそれはすばらしい伝説の一言をのたまったのである。


「私、熊を素手で倒せます!」


 果たして侍女という仕事にそれが重要なのか、必要なのか、むしろそれこそ『マタギ課』に必要なものである様な気がしたが、明燐は笑顔で受け流した。


 因みに、もし『マタギ課』という部署があったら、絶対に長官は涼雪だっただろう。あと、常に所属する職員は野山をかけずり回っていただろう。


「遠距離恋愛」


 ぼそりと呟いた明燐に、明睡の口からは再び魂が飛び出そうになったが、そこはもう自分でどうにかしてもらうしかなかった。


 そんなわけで、何とかかんとか明燐は涼雪を自分の目の届く範囲に留め置く事に成功し、今もこうして涼雪は果竪の側についている。


「『マタギ倶楽部』……面白いの?」

「ええ、とても! 歴代のマタギの英雄の方達のインタビューものっていますし、とても勉強になります!」


 キラキラと目を輝かせる涼雪は、まるで恋する乙女の様にほんのりと頬を赤らめていた。それはとても愛らしく、そして艶めいた色香すら漂わせていた。


 影から王妃を護衛する『海影』の影の一員は、少し離れた所から、涼雪を見守る任務に携わる宰相ーー明睡の手の者を見つめた。

 彼としっかりと目が合った。


「……」

「……」


 思わず物陰に隠れたまま、目頭を押さえる宰相側の手の者に、影ーー彼女もまた目頭を押さえた。なんと言って良いかわからない。ただ、そういう表情か宰相に見せてあげて欲しかった。


「凄いねーーこの第1位の神は、熊と虎と獅子と鬼を足した様な顔と体つきだけど」

「素敵な筋肉ですよね」


 あ、フラれたーーと影と手の者は同時に思った。

 残念なことに、宰相の体つきは筋肉隆々ではない。確かに無駄な贅肉のない、実に機能性に優れた美しい筋肉の付き方をしているが、どちらかと言うと恐ろしいまでの色香が漂う蠱惑的な肢体の持ち主である。


「しかも、この上半身の傷は熊の一撃を食らってーーなんだ」


 こちらも残念なことに、宰相の体には傷一つない。白く艶めかしく、張りと艶のある瑞々しい肌だ。


「あと、やっぱり顔が凄くたくましいよね」


 さらに残念なことに、『椿姫』と謳われる美貌は絶世の美女や傾国の美姫すら裸足で逃げ出す様な妖艶で麗しい代物である。どこにも厳つさも厳しさも逞しさもない。


 恐ろしいという言葉は、きっと中身はともかく外見上は生涯無縁だろうーー。


 本当に残念である。


「涼雪ちゃんは筋肉ムキムキが良いの?」

「素敵ですよね、ボディービルダーの方」


 なんて可哀想な宰相様ーーやはり影と手の者は揃って涙を流した。


「でも、ボディービルダーの方の筋肉も素敵ですけど、やはり日々実用的に無駄なく鍛えられた体付きが好きなんです」


 吉報です、宰相様。


 それならいけるーー。


 蠱惑的でムンムンな色香を別にすれば、宰相様のお体は確かに実用的に無駄なく鍛えられた美しい筋肉の付き方をしていた。

 ボディービルダーの筋肉は無理でも、それなら何とかいける。


「そういえば、百合亜ちゃんもこの雑誌が好きなんです」

「え?! 筋肉好き?!」


 驚く果竪と同じように、影と手の者も驚いていた。そして、「駄目だ、修羅様」と、どう頑張っても絶対に筋肉などつきそうのない修羅の白く艶めかしく柔らかい女性よりの肢体を脳裏に浮かべ、絶望した。本当に絶望した。


「何冊か前の雑誌も貸していますし」

「凄いね」

「戻してくださる度に、感想文も添えてくださって」

「……凄いね」



 真面目な百合亜。

 いつでも全力投球な百合亜。



 ただ、時々ーーいや、結構全力を投球する場所を間違えている事が多いのも事実だ。というか、本を借りる度に感想文を提出していたらそれこそやってられないだろう。


 因みに、別の相手から間違って借りた「イヤンな雑誌」を手にしてしまった時も、それを間違いだと思わず「私にこれを渡したからには、きっと相手は私に対して何かを訴えたい事があるのでしょう。それに受けて立たなければ」と、百合亜は真面目にそれを読み、真面目に感想文を提出した。間違えて渡した相手は、それから三日ほど引きこもり、そして周囲から引きずり出された。


 果たして間違えて渡した方が悪かったのか、自分が借りる予定のものではない物を渡された時に「違う」と声を上げなかった百合亜が悪かったのかーー今でも関係者達の中で議論される話題だが、残念なことにそれは果竪も涼雪も知らなかった。そんな事態が起きていた事すら、耳に入れられなかった。


 そして、影と手の者は知っていた。


「今度、筋肉の解剖図と一緒に筋肉の走行うんぬんに関して論文も添えてくださるそうです」


 どこまでも真面目な百合亜は、どこまでも一直線だった。ただし、向かう方向を間違えると大惨事である。


「凄いね、百合亜ちゃん」

「とてもすばらしいと思います」


 むしろそれぐらいしか言うべき言葉は見つからないだろう。なんというか、真面目さも一生懸命さも紙一重という実例であった。


「でも、最近は食事もあまり進まないようですので、何か精のつくものを差し入れしてあげたいと思いまして」

「あ、それ良いかも! 大根とか大根とか大根とか」

「では私は熊肉を」


 熊肉?


「え? 熊肉?」

「はい、素敵な熊が王都近隣の山を闊歩しているという情報がありまして」


 今すぐいけば、今日中に帰ってこられるーーと微笑む涼雪に、影と手の者はどうしようかと悩んだ。止めるべきか、それとも突き進ませるべきか。


 しかし、救いの手は意外な所から差し伸べられた。


「涼雪、どうしたの?」


 聞こえてきた凜とした美声に、涼雪は振り返った。


「まあーー皆様、どうされたのですか?」


 涼雪は相変わらずおっとりとした口調で問いかけ首を傾げた。しかし、その質問は本来、もっともっと驚愕に満ちたものであるはずだった。


「仕事です」


 現れたのは、王妃付きの侍女達だった。

 大戦時代は明燐に付き従い、明燐に忠実な部下だった彼女達。明燐率いる部隊の中でも、特に優秀かつ有能だった彼女達は、誰よりも、誰よりも明燐を慕っていた。


 まあ、それは部隊の他の者達もそうだったが……とにかく、慕っていた。



 そんな彼女達は、いつもの侍女服ではなく。



 大きく形良い胸。

 括れた腰。

 肉感的な太もも。

 ほっそりとした手足。


 そんな妖艶かつ蠱惑的な肢体をこれでもかと強調した、肌の露出もバッチリなボンデージドレスを身にまとっていた。

 基本は黒のエナメルで、ピンヒールは必須。


 鞭は必須ではないが、それに負けず劣らずの武器を片手に優雅に女王立ちする彼女達は、まさしく女王だった。

 これ以上ないぐらい女王だった。

 それこそ、彼女に勝る女王は、明燐以外には居ないだろう。


 とはいえ、王宮内に大切に大切に保護されている、亡国ーー煉国の元寵姫達の心を激しくえぐり取り、新たな心的外傷後ストレスを発症させるには十分過ぎるぐらい十分だった。



「……寒くない?」


 果竪はとりあえず疑問を口にした。

 因みに、今の季節は残念なことに冬だった。残念すぎるぐらいに実は寒かった。


 しかし、彼女達は季節にそぐわない衣装に身を包みつつも、全く寒さを感じていなかった。


「全く寒くありません」

「意外と暖かいんですよ、これ」

「それに、とても動きやすい」


 確かに動きやすいだろう。伸縮性のある素材だし、何よりも使っている布部分が少なすぎる。



 そうーー明燐を敬愛する部隊の者達は、心酔する主と同じような装いに身を包むことにもこれといった抵抗はなかった。むしろ同じ装いをする事で、身も心も愛する主に近づける事を本望とさえ思っていた。


 ボンデージ部隊。


 他からそう言われる明燐の部隊は、大戦時代は際どすぎる衣装に身を包んでは戦地を駆け回り、その姿を見た者達からそう呼ばれた。


 またの名を


 女王様部隊。



 建国後、侍女として働くようになってからはその衣装を身に纏う事は減ったとはいえ、『仕事』の時には彼女達は何の躊躇いもなくその衣装に身を包む。

 だから、結構ちょくちょくと、果竪も涼雪も侍女達がそんなボンデージドレス姿で彷徨く所を目の当たりにしていたので、それほどの衝撃はない。むしろもう慣れた。


「……」


 涼雪はため息をついた。


 侍女仲間ーーというか、先輩達はそれはそれは素晴らしい体付きである。思わずむしゃぶりつきたくなる様な豊かな胸と、細い腰と、形の良い殿部と肉感的な足をしている。

 細い腕と手首は掴めば折れてしまいそうだし、白い項や喉元のなんとも色っぽい事。


 それに、侍女達は美女揃いでもあるので、その艶めかしい肢体と首から上の美貌はそれは見事に調和し、素晴らしい造形美を生み出していた。


「涼雪、どうした?」

「何か悩んでるの?」

「私も侍女なのにーーと思いまして」


 涼雪は『仕事』に参加しない。というか、そもそも『仕事』が何なのかさえ教えてもらえていない。ただ、そういう格好をして行う仕事なのだという理解はあるが、まずそういう格好の衣装さえ持っていなかった。


「涼雪の仕事は、王妃様の側に常に侍る事だ。私たちはいろいろと他の仕事を兼任している。担当する職務が違うのだから仕方のない事だ」


 大きな胸を揺らしながら、一神の侍女が言う。それに、他の侍女達も同意した。


「そうそう、僕達が帰ってくるまで王妃様を頼んだよ」

「うふふ、すぐに帰ってきますけどね」

「お土産も沢山買ってきますからね」

「ああん! さっさと仕事を終わらせてゆっくりしたいですわ」

「……行ってくる」

「後は頼みましたよ」



 そう言うと、彼女達はその場から飛び立つ様に消えた。


 相変わらず足の速い事である。



「ねぇ、涼雪ちゃん」

「なんでしょう? 果竪」

「ああいう服に身を包まなきゃならないお仕事ってなんだろうね」


 果竪も知らない何かがきっとあるのだろう。そして果竪が知らないのなら、一介の侍女である涼雪はもっと知らない。


 ボンデージドレスは戦闘服。

 ただし、今は大戦時代の様な戦闘はないが、たぶんきっと何かの戦いはあるのだろうーーそう信じたい。


 間違っても、下僕や奴隷作りに行っているわけではないのだと信じたい。



「……」

「……」



 その後、果竪と涼雪は無言でそれぞれ興味のある書物を読み始めた。そんな時間も必要だった。






 バンっ!とテーブルを強く叩く者。

 声高に自分の意見を述べる者。

 他者に追随する者。

 他を気にせず資料を読み込む者。

 周囲との話に勤しむ者。

 涼しい顔をして、色々と策略を練る者。

 冷静に周囲を観察する者。

 淡々と自分の意見を告げる者。


 実に様々な反応を参加者達は示しながら、凪国上層部とそれに準ずる者達の会議は続いていた。


「だから! 今年度の予算は」

「ストップ! いくら予算だっていったって、そこまでぎゅうぎゅうに締め付けられるのはごめんだね」

「開発にはお金がかかる」

「しかし、開発ばかりにお金を回せば、地方に金が回らない。都市との格差が広まるばかりだ」

「もう少し教育費にも回して欲しいのですが」

「それより軍だ。まだまだ他国はおろか自国内だって情勢は不安定だからな」



 そうして最後に予算の話し合いが終わった後、お決まりの一言が口にされた。



「その他で何か気になっている事はないか?」



 気になっている事がある時はいくつも出てくるし、ない時はそのまま会議の解散となる。




 その日は、気になっている事が出てくる日だった。




「最近、城下町である事件が起きている事は知っているでしょうか?」




 そう言ったのは、軍の中でも王都の警備を担当する者だった。




「ああ、婦女子の行方不明事件か。確か、十代前半から二十代後半までの女性が被害にあっているらしいな。ーー先日ので十件目か」

「さすがは宰相閣下。その通りです。困った事に、我らが偉大なる凪王陛下のお膝元で好き勝手をやらかす輩が居るようです」

「本当に困った事ね」


 そう言う上層部だが、それ程驚いている様子はなかった。というのも、こういう若い婦女子及び美男美女、美少年美少女、そして男の娘が行方不明になる事件など大戦時代からしょっちゅう起きていた。

 ただ一つ共通しているのは、それらが超次元的な怪異である事は少なく、たいていは奴隷商神やそれに関わる盗賊団、もしくはお馬鹿な王侯貴族含む権力者や豪商達である事が多い。

 そして、拉致監禁対称になりやすくて仕方なかった凪国上層部とそれに準ずる者達は、そういった事件に何度も何度も何度も巻き込まれ、その都度それに対して対応してこなければならなかった。だから、もはや行方不明事件だけで一々驚いてはいられないし、驚いている暇があったらとっとと動いて事件を解決させる方がよっぽど生産的である。


 むしろ、その事件を解決するだけではなく、それに関わった者達の処罰によって起きる影響を利用し、こちらに都合の良い条件を引き出し、事態へと持って行く。


 既に何神かの頭の中には、それに向けての計算がなされていた。


 普通なら行方不明者の心配をするだろうが、彼らの経験上、今回のパターンはすぐに命がどうこうされるわけではない事を知っている。

 まあ、貞操の問題はあるが、それだって商品であれば下手に傷つけたりはしないだろう。中にはそれでも手を出そうとする輩は居るが。


 しかし焦って動いて被害者を抱えてとんずらされる恐れを考えれば、やはり急いで動くのは得策ではない。まあーー端から見れば、彼らの中に焦りという感情は微塵も感じとる事は出来ないが。実際、彼らはいつもの様に飄々としていた。



「それにしても、十件も起きているなんて……職務怠慢じゃなくって?」

「そんなにやばいのか?」


 それぞれが好きなことを良いながらも、警備担当は気にせず話を続けた。


「相手もなかなか足を掴ませてはくれなくてーー本当にかくれんぼが好きな方達ですよ」

「外に出た形跡は?」

「今のところは」

「となると、王都のどこかに居るという事か」



 凪国の王都は広い。

 建物は沢山あるし、地下道やらなにやらもわんさかある。


 隠れようと思えば、普通ではまず見つからない。


 普通であればーーだが。


「となると、陛下の出番か?」

「いえ、陛下の手は煩わせませんよ」

「ーー事は一刻を争う。外に連れ出されなくても、行方不明者に危害が加えられないとも限らない」

「確かにーーですが、今のところは大丈夫でしょう。向こうにとっても大切な商品ですから」


 そう言った警備担当に、視線が集中する。


「ただ、これを機会に色々と……そう、色々とやりたい事もありまして」



 彼が何を望んでいるのか理解した一同は、クスクスと笑い出す。



「必要なものは用意しよう」

「ありがとうございます」

「一匹たりとも逃さず狩れ。雑魚とはいえ、繁殖力は思いの外強いものだからな」

「わかっています」



 にっこりと笑った警備担当が了承を伝えた後、しばらくして会議は閉会となった。



 そうして、それぞれが会議の資料を手に、席を立ち会議室を出て行こうとしたーーその時だった。

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