百合の少女は悩み焦がれる⑤
「じゃあ、また来るけど、何か困った事は無い?」
その頃、煉国の元寵姫達、その関係者達の保護区域を訪れていたのは修羅と鉄線だった。凪国王宮の医師達及び医療技術者達の長である修羅と、その補佐であり副官の鉄線は、週に一回診察の為に数神の医師達を率いてこの区域にやってくる。
一応、男に酷い目に遭わされた者達なので侍従達は現在訪問を控えてはいる為、ここに来る医師達も女性医師が中心だ。
修羅は中身は男だが、見た目はパッと見で女性寄りなので、下を脱がない限りは男として意識されにくいとして、責任者的立場も兼ねて訪問を行なっていた。
以前はもっと頻回に来ていたが、最近では週に一回の医師達の訪れでもだいぶ良くなってきており、最近は治療と言うよりは診察も兼ねて話を聞く事が主体になっていた。
まあ、話を聞く事も治療の一つであるし、患者の気持ちを和らげるには必要な事だ。
もちろん、「困っている事」、「必要な事」の大半は女官達が対応するが、女官達に言えない事だってある。そういうのをできる限り漏さないようにする為には、医師の訪問は必要だ。
修羅はいつも通りに問いかけた。
そんな彼の前に居るのは、元寵姫達の纏め役たる者達だ。なんというか、回復が早かった者達が主になってはいるが、勿論それだけでは無い。
神望その他、纏め役に相応しい者達がそっくりそのままその役についており、むしろ選んだ者達の見る目の確かさに凪国上層部は舌を巻いていた。
ただ--そんな纏め役達の顔色が良くない。
どんよりとしている。
「……何か困った事でもあった?」
彼等は今は無き煉国で地獄の苦しみを味わせられてきた。だから、出来ればここでは穏やかに暮らして欲しい。
修羅は安心させる様に微笑むが、纏め役達の顔色は晴れない。
「……その、お願いが」
「ん?」
意を決したのは、玲珠と呼ばれる青年だった。見た目は清楚ながらも妖艶さ極まる美貌の持ち主だが、今はまるで子羊の様にフルフルと震えている。
この姿に、思わず飛びかかりたい者達は男女問わず掃いて捨てる程居るだろうが、幸いな事にここに居るのは良識も常識もある者達だった。
「にょ、女官長様の全身像の絵を下さい!」
「却下」
修羅は笑顔で切り捨てた。
「修羅、落ち着け」
「鉄線は黙ってて。ってか、百合亜の全身像を何に使おうとしてるの?」
回答次第によっては、お仕置きも検討しなければならない。
「あ、あの」
「ん?」
玲珠はあわあわとしながらも、必死に自分の思いを伝えようとした。玲珠は頑張った。寵姫時代並に頑張ったかもしれない。
「女官長様の『キツさ』に少しでも慣れる為です!!」
玲珠は切々と訴えた。いつも、自分達を気遣ってくれる女官長の来訪は嬉しいが、女官長の凄まじい威圧感と『キツさ』の前に、いつも動揺した挙げ句に泣いたり泣きそうになっては女官長を傷つけてしまっている事を。
「お、俺、俺に根性が無いばかりにっ」
「違うぞ玲珠! 玲珠だけじゃない、俺達だって」
「そうだ! 私達にもっと視線に耐えられるだけの物があればっ」
「申し訳ありません! 何故か女官長様と同じ空間に居るだけで『この世に産まれてきた自分を恥じ入りたくなる』んです!」
「俺は、『産まれてきてすいませんっ!』ってなるし」
「私など、まるで鞭とピンヒールで痛めつけられている様な錯覚を覚えて」
纏め役達は「うんうん」と力強く頷いた。
修羅は怒りたかった。けれど、彼等の気持ちもよく分かった。
大戦時代、萩波の軍に拾われるまでは理解出来なかったとしても、今は修羅も理解出来てしまった。
確かに百合亜の持つ雰囲気は、それ程強烈なのだと--。
修羅にとっては可愛らしくていじらしくて最高に愛おしいが、世間一般的な百合亜への評価は『キツイ』のだ。
威圧感も何もかもが半端ではない。
凄まじい迫力系美女である。
そしてその迫力は文字通りの迫力である。
「女官長様は鞭なんて持っていないのに、まるで鞭を構えてピンヒールを履かれている様にしか見えなくて」
鉄線は思った。
なんて可哀想な百合亜--と。
実際、鞭を手にピンヒールで下僕を踏みつけている相手は別に居るというのに、何もしていない筈の百合亜がそう思われてしまう。
「深呼吸してくれ、そしてよく考えてくれ」
鉄線は言った。
「他にもっと鞭とピンヒールが似合う相手が居るはずだ」
「そうですわ、私ほど似合う相手はいませんわ」
鉄線は真横から聞こえてきた声に思わず悲鳴を上げた。鉄線の絶叫に、部下の女医達はギョッと目を見開くが、程なく尊敬と敬意と崇拝の眼差しで、その相手を見つめた。
「明燐様」
「女王様」
「我らの女王様だわっ」
「ちょっと! いつのまにうちの女医達を洗脳してんのさっ」
修羅が激怒したが、その背後で玲珠達が悲鳴を上げた。こちらはかなり胸に来る鬼気迫るものだった。
「あら? 嫉妬ですの?」
そう言って笑ったのは、明燐だった。だが、彼女はいつもとはちょっと違った装いに身を包んでいた。
それは、黒のエナメルタイプのボンテージドレスだった。
肩がむき出しで背中が大きく開き、豊かな胸の谷間がこれでもかと強調されているばかりか、たわわに実った二つの果実がいまにもこぼれ落ちそうになっていた。
また、肉感的な太股もばっちりと露となっている。
ピンヒールは先が針になっているのでは?と思う程に細く、手袋を履いた手には黒光りする鞭が握られていた。
結い上げられ、露となった白い項の眩しさは思わずしゃぶりつきたくなるが、近づけばその鞭が容赦なく唸るだろう。
因みに、元寵姫達の纏め役達は、鞭が似合い過ぎる明燐の姿に恐怖していた。ガタガタと震え、互いに抱き締め合って震えている。
「なんつぅ格好で来てんだよ! 玲珠達の心の傷を広げる気?!」
「荒治療という言葉を知らなくって? それに、過去の傷は乗り越えるものですわ」
「全員が全員すぐに乗り越えられるわけないだろ?! あと、玲珠達の事がなくても、なんつぅ格好で外を歩いてんだよっ」
「これが私の戦闘服ですわ」
そう--大戦時代も明燐はこんな衣装に身を包む事が多かった。そして彼女率いる部隊は、実にボンテージドレスがよく似合った。似合い過ぎて、身内も一緒に従軍している者達は本気で死にたくなった。
周囲の心の傷の方が深すぎた。
「そんな戦闘服があってたまるか!」
「何を言うのです! これ以上の戦闘服が他にあるわけがないでしょう?!」
確かに数少ないだろう。
今にもこぼれ落ちそうな白い果実が、ぷるんぷるんと明燐が身じろぎする度に蠱惑的に動く。
下着が見えそうな程に深くスリットが入った部分から見える白い太股は、見る者達の欲望を激しくそそるだろう。
しかし、同性愛ではなく異性愛者である元寵姫組の纏め役達は、その魅力に酔いしれる以前に怯え続けていた。
「それで、百合亜の全身像で百合亜の『キツサ』になれようと言うのね?」
「そこから聞いてたのか?」
「百合亜の全身像絵が欲しいという所から聞いてたわ」
ほぼ最初からじゃないか--と鉄線は呆れた。
「それにしても鉄線、その服は少々野暮ったくなくて?」
「え?」
「私の衣装を一つ貸してあげてもよくってよ?」
「やめてよ! 僕の可愛い鉄線に何をするのさ!」
「より可愛く愛らしく素敵にするだけよ」
そのボンテージドレスを来ても、可愛くや愛らしくは無理だろう。見る者によっては素敵には見えるかもしれないが。
「……遠慮する」
「まあ! もう少し考えてくれても良いじゃない。百合亜だってドレスを手にかなりの時間を考えてくれたと言うのに」
「うぎゃぁぁぁああああっ! 百合亜になんつぅもんを着せようとしてたのさ! 死ぬの? 死にたいの?!」
「返り討ちにして差し上げますわ--まあ、果竪に止められたので失敗しましたが」
果竪は明燐を呼びつけ、説教した。
明燐が似合っても、他の者が似合うわけではないし、神の衣装の好みは神それぞれだ--と。
修羅は心の中で果竪に感謝した。鉄線も感謝した。
纏め役達は、「常識神の王妃様って素敵--」と、より王妃様への愛を深めた。
「果竪ってば、いつもいつも止めるんですのよ」
全く、困った子だわ--と呟く明燐に、お前が困った子だよ--とその場に居た大半の者達は思ったとか思わなかったとか。
「それで、百合亜の全身像の絵を渡すのですか?」
「いや」
「修羅」
「というか、たかが絵の一つで百合亜のそれを克服出来るとは思わないし、何よりもその絵が百合亜の『キツさ』を十二分に描けているとは思えない!」
それは言える--と、その場に居た全員の思いは一致した。
「まあでも、不十分でも入門編としては良いかもしれませんわ」
入門編という事は、初級編、中級編、上級編、そしてプロ級とあるという事か?
「それにしても、百合亜も難儀ですわね。こんなに怯えられてしまうなんて」
「言っておくけど、今怯えてさせてるのはお前だからお前」
修羅はその部分を全力で指摘した。
「そうですか?」
「そうだよ! 百合亜は少なくとも、明燐みたいに相手の心の傷を抉るような格好はしてこないもんっ」
「あら? 分かりませんわよ? 実は部屋では、私よりも際どい衣装に身を包んでいるかもしれませんもの」
鉄線は思った。
自分なら思わず殴るレベルの侮辱である。
そして明燐以上に際どい衣装なんぞ、もはや猥褻罪やら何やらで捕まるレベルだ。というか、既に服としての機能を果たしていないだろう。
「でも、百合亜の友としては、百合亜が怯えられるのは嫌ですわね」
「どうせなら明燐と並んで来れば良いんじゃない? 絶対に百合亜は聖母に見えるから」
「あら? では、百合亜と役職を交換致しますか?」
明燐がクスクスと笑う。
「女官長の仕事は大変ですけれど、出来なくはないですし」
「……まあ、明燐なら女官長と侍女長を兼任したって大丈夫だと思うよ。ただ--」
修羅はジトリと明燐を睨み付けた。
「百合亜に侍女長は無理だよ。んな事、明燐が一番よく知ってるじゃん」
「うふふふ、そうですわね」
にっこりと笑った明燐は、楽しそうに鞭の柄をくるくると回したのだった。
『百合亜に侍女長は無理だよ』
『明燐なら女官長と侍女長を兼任したって大丈夫』
食事をする気もなくした百合亜は、とぼとぼと歩いているうちに自分が元寵姫達の保護区域近くまで来ている事に気付いた。
本来なら、訪問予定日でも無いのだからそのまま帰るという選択肢を選ぶ筈だったが、ふと視界の隅に明燐が保護区域に向かう姿が見えた。
明燐がそちらに行く事は滅多に無いから、何かあったのかと思った。しかし、今はあまり神の居る所に行くのは気が進まず、ましてや元寵姫達は百合亜に怯えている。けれど、やはりどうしても気になってしまい、遅れて追いかける形となって--そして聞いてしまった。
保護区域の正門付近での会話は、少し離れた所に居た百合亜の耳にもしっかりと届いていた。
そして聞いてしまった内容に、百合亜は何も言えなかった。
「まあでも、侍女長は明燐にしかなれないけど、女官長としてすぐにやっていけるだけのものは明燐は持っているからな」
鉄線が言う。
「そうそう。明燐以外に侍女長の代わりが出来るのは居ないけど、女官長は違うし」
「うふふ、それは光栄ですわね」
それ以上--聞いてはいられなかった。
百合亜は気配を隠したまま、その場から走り出す。
明燐以外に侍女長は出来ない。
でも、女官長は代わりが居る。
それは、百合亜という女官長の代わりは沢山いるという事だ。ただ、神材不足だから、換えるだけの相手が居ないだけであって。
もし、代われる相手が居たらどうなるのだろう?
そんなの簡単だ。
女官長に相応しくない百合亜は、その地位から下ろされるだろう。
そう……百合亜は女官長に相応しくなかったのだ。
部下達からだけではなく、上層部仲間からも言われてしまっているのだ。
直接では無いけれど、女官長の代わりは居るし、女官長としても明燐は働ける--と。
「……私、は」
自分の執務室に戻った百合亜は、静かに涙を流した。
一週間後--。
上層部達が集う週に一回の全体会議が開かれた。
それはいつもの定期的な会議だったが、いつもとは少しだけ様子が違った。
出席者達は、チラチラとある方向を見る。
その先に居たのは、女官長である百合亜だった。
彼女はいつも通り、質素で地味な女官服にその豊かで蠱惑的な肢体を包み込んでいた。しかし、彼女はいつもに比べて五割増しで窶れ、八割増しの『キツサ』を放っていた。
その威圧感と迫力に関しては、十割増しだ。
いや、『キツサ』も威圧感も迫力も、それらはもう良い。いつもの事だ。
しかし、五割増しで窶れているのが気になる。
特に、百合亜を溺愛する修羅は本気でオロオロとしていた。
「百合亜、どうしたの?!」
本来、百合亜の隣は侍女長である明燐が座るが、そこを強引に押しのけて隣に座った修羅に周りはいつもの事と黙認していた。だが、今回ばかりはそれで良かったのかもしれない。
ただ、代わりにいつも修羅の位置に座る明燐の存在に、医務室長補佐である鉄線の胃は激しく痛んでいたが。
というのも、明燐はそれはそれは素晴らしいボンテージドレスを身に纏っていたからだ。いつもの事だけれど、それを見た兄の明睡は「てめぇら全員目隠しして会議に臨め!」と無茶ぶりをしてきた。目隠しでも会議は出来るかもしれないが、なんだその滑稽すぎる光景は。他国の諜報担当者達が見れば、呆れを通り越して不憫さを覚えるかもしれない。
とりあえず、明睡の言い分は全員が全力で無視し、会議に臨んだのだが--。
「修羅、煩いですよ」
鋭い氷の様な視線に、修羅はグッと言葉を飲み込んだ。
「修羅、百合亜にだって言いたくない事の一つや二つはありますわ。それだけ百合亜は大神になったのです」
百合亜より年下だが、まるで百合亜よりずっと大神の女性ですと言わんばかりの笑みを浮かべ、明燐がそう言った。
「百合亜の言いたくない事って何さ」
そこで聞くのが修羅だった。百合亜の事に関しては、彼は少々どころか結構な勢いでトチ狂う。
「例えば、恋の悩み」
「恋?!」
修羅は目を剥いた。
今、ここが会議中で国の運営に関しての議題について話し合われている事など、もはや修羅の中には無かった。
きっと会議は長引くなぁ~~と思った者達は少なく無かった。
「恋って誰に?!」
「うふふ、それは百合亜に聞いてみませんと」
とびっきりの魅惑的な笑みを浮かべて明燐が百合亜に視線を向けるが、彼女はそれに頬を赤らめるわけでもなく、かといって狼狽えるわけでもなく、いつもの様に淡々と答えた。
「何を馬鹿な事を言っているのです」
「あら? 馬鹿ではありませんわ。百合亜だってお年頃なんですもの。恋の一つや二つ、してもおかしくはありませんわ」
そんな明燐に、百合亜はやはり淡々と答えた。
「そんな暇、今の私にはありません。仕事だけで精一杯です」
「恋は時として全てを凌駕し、愚かにするものですわ。ごらんなさい! 陛下をっ」
そこで萩波を指させる明燐は大物だ。
あと、萩波の場合は愚かを通り越して既に犯罪者だ。
十二になったばかりの少女を強引に襲って手込めにした挙げ句、実は騙して既に婚姻届けに署名させていたなんて、鬼畜以外の何物でもないだろう。
「ゆ、百合亜!」
修羅は百合亜に縋り付いた。
「う、嘘だよね?! 恋だなんて、他の男に恋だなんて絶対無いよね?!」
「なら、女ならあ」
上層部の一神--某少女がそう言おうとして、隣に居た典晶が慌ててその口を塞いだ。殴られるどころでは済まない。
「--馬鹿らしい」
「え?」
「恋がなんだと言うのですか」
「百合亜?」
「私には、そんなものは必要ありませんわ」
「ゆ、百合亜……」
戸惑う修羅に視線を向けず、百合亜は自分の書類を見つめた。
「……とりあえず、会議を再開しても良いか?」
明睡が気遣わしげに提案すれば、百合亜は「問題ありません」と答える。
「--では、会議を再開する。次の議題は、王都に住まう民の健診についてだ。医務室長、報告を」
修羅は明睡に促され、報告書を手に立ち上がった。しかし、その瞳はチラチラと百合亜を見る。
「医務室長」
再度促され、修羅はようやく諦めてまずは仕事に集中したのだった。
「何あれ!」
会議は数時間にわたって行われる。だから一度休憩を挟むのだがーー。
控え室に入った明睡は、後から追いかけてきた修羅に後ろから飛びかかられる形で胸ぐらを捕まれた。どう考えても修羅の方が明睡よりも小柄だが、今何かを後ろに背負った彼は確実に明睡よりも大きな何かに変貌しようとしていた。
「離れろ、首が絞まる」
「百合亜の馬鹿馬鹿馬鹿ぁぁぁああっ!」
「それを本神の前で言ってみろ」
「言えるわけないだろ! ってか、百合亜は一体どうしちゃったんだよぉぉ!」
エグエグと泣く修羅に、明睡はため息をついた。
「まあ、確かにいつもの百合亜とは」
「きっと心苦しい恋をしてるのね」
遅れて部屋に入ってきた明燐が艶やかに微笑み、追いかけてきた茨戯と鉄線に慌てて黙らされた。
「恋……」
「修羅」
「どこの誰が百合亜をたぶらかしたんだよ!」
修羅は室内にあった椅子を蹴飛ばす。その勢いで、椅子が破壊された。明睡は「財務省に報告」と心の中で呟く。備品の類いは事務と財務が管轄だ。絶対に修羅は呼び出しを食らうだろう。
「百合亜は、百合亜は僕のものなのにっ」
「百合亜は百合亜のものだって」
一番最後に部屋に入ってきたのは朱詩だった。
「そうだよ! 百合亜は百合亜のもので、僕のものなんだっ! 僕のお嫁さんになるんだよっ」
「馬鹿修羅。それだと百合亜は百合亜自身のものにならないし、そもそも百合亜の意思を無視して勝手に自分のものにするんじゃないよ」
「朱詩にだけは言われたくないっ」
「へぇ? そういうのって、目くそ鼻くそを笑うって言うんだけど、理解出来る?」
バチバチと、凄まじい火花が飛び散った。
「朱詩」
「修羅」
互いに名前を呼び合い、戦闘態勢に入る。
しかし、そんな二神の戦いを制する者が一神。
「やめてくれ二神とも!!」
二神の間に入り、必死に戦いを止める鉄線に、さすがの朱詩と修羅も矛先を納めた。まさかそれでも強引に戦えば、確実に鉄線を殴り倒してしまう。
「女の子には手を出せないな」
「そうだな」
ちなみに、これが自分達にとってどうでもよい女ならば彼らは誰が巻き込まれようと構わない。しかし、鉄線は彼らにとって大切な仲間である。ゆえに、大切な女の子だ。
たとえ、見た目がどれほど男だろうと、鉄線は女という認識である。
「とにかく、百合亜の恋なんて僕は認めない! 認めてほしいなら、この僕を倒してもらわないとね!」
絶対に勝てないだろう。
百合亜がかかった時の修羅ほど厄介で恐ろしい相手はいない。まあ、たいてい自分の女がかかっている時の男は厄介で恐ろしいのだが。
「果竪に倒されたよね」
「あ、あれは別!」
そんな修羅だが、百合亜の事でとち狂い、周囲に迷惑をかける事が何度かあったがーーその八割方は果竪によって止められていた。
加えて
「正気に戻れ!」
果竪に一撃を入れられて沈められた事も度々だった。
手加減はしていないのに、何でか負けてしまうのだ。
「修羅に何かあったら百合亜ちゃんが泣くでしょうが!」
ぷんすかと怒る果竪の説教は最もだった。が、それ以上に修羅は果竪に負けた事を素直に受け入れていた。
「……果竪は別だもん」
「うん、気持ちはわかる」
ちなみに、そんな果竪だがもちろん無傷で修羅を止めているわけではない。当然ながら殴られるわ蹴られるわ噛みつかれるわ、大戦時代は術を当てられるわーー。
それでも、果竪は修羅を止めてしまうのだ。
「……果竪なら、良いかも」
「うん」
「ちょっと待てお前ら。そこは冷静に考えろ。あと、果竪は既に神妻だからどうやっても百合亜とは結ばれないぞ。あと、百合亜がわざわざ不倫を選ぶような奴だと思うのか?」
思わないーー。
修羅と朱詩は声をそろえて、明睡の質問に答えた。
「なら、なんで百合亜はああなったの?」
「さあなーー」
それは皆目見当がつかないーーとばかりに、明睡はため息をついた。その側では、茨戯が何かを考えているようだったが、結局何かを口にする事はなかった。
「恋ですわ、恋ですわ」
明燐は相変わらずそう言っていた。それがどこまで本気かはわからないが、クスクスと楽しそうに笑う様子は残酷なまでの無邪気さを放っていた。
「では、あとで私が聞いてみますわ。同じ女のよしみで」
「僕なら明燐にだけは話さない」
「うふふ、口を割らせる手段などいくらでもありますもの」
そう言って妖艶に微笑む明燐に、修羅は「百合亜に何をするの!」と叫びだした。
そんなわけで、会議は定刻よりも少し遅れて始まった事、また同じ休憩室にいた一部の者達がひどくやつれてはいたが……修羅と朱詩が同じ室内にいたのだからいつもの事だと会議参加者達はそれぞれうなずき合ったのだった。
そうして会議は再開された。