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百合の少女は悩み焦がれる②

 科学省と財務省。

 この二つは建国当初からの険悪犬猿な仲だった。


 というのも、科学省は何かにつけて爆発を起こして色々と破壊する。『爆発は美学』という困った思想は持っていないが、『科学に爆発はつきもの』という思想は持っている。むしろ『爆発は成功への近道、最短の道』とすら思っていた。


 しかし爆発すれば何かが壊れるし、壊れたら直さなければならない。直すには当然ながら修理費という名のお金が必要になる。


 一方、財務省は常日頃から節約に取り組み、無駄な所にお金を使わず必要な所に分配し、それでいて国の財政を赤字ではなく黒字にする様に彼等は必死になって頑張っていた。

 元々、商才に長けた者や財産財政管理が得意な者達が集まったのが財務省だった。実際、元商神やら財務の仕事に関わっていた者達も居る。

 そういった者達に囲われる中で、その才能を伸ばしていった者達も居る。


 そんな彼等にとっては、お金は大事だ。


 お金が無ければ何も出来ない。


 ケチではないが、無駄な所には使わない。


 それを徹底してくれたからこそ、凪国は建国以降、財政難に陥る事無く繁栄し続けられてきたのだ。


 だと言うのに--


「ふざけるな貴様ぁぁ!」

「ふざけてないね!」

「何が爆発は美学だっ」

「美学なんて言ってない。科学に爆発はつき物だよっ」


 そう言うのは、科学殿のトップ--科学長。彼は科学に酔いしれ、科学に全てを捧げている。はっきりいって、そんなんで上に立てるのか?という疑問があるが、下の者達も似たり寄ったりな者達が多い。


 それに……


「煩いな」

「お前、こいつどうにかしろっ」

「なんで」

「お前の部下だろうがっ」


 財務長官がそう言って噛み付いたのは、たまたま通りすがっただけの上層部が一神--忠望だった。


 彼は薬専門で、医薬殿にも勤務しているが--実は彼こそが科学省の真の長だった。ただし、それを知っているのは、上層部と医薬殿、科学省の者達だけだ。


 何故そうなったのか?


 元々、忠望は薬関係の方に興味があったし、そもそも彼の家系自体が薬師の一族だった。そんなわけで、彼は本来なら薬師の道に進みたかったが……一応、科学方面にも才能があったせいで、神数の少ない科学殿に最終的に回されてしまった。また、科学とはしているが、実は化学でもあり、薬品の類いを扱うからには忠望の右に出る者は居なかったから、結局は忠望以上の長は居ない。


 なもんで本神の意志に関係無く臨時で長にはなっているが、科学殿の表向きのトップは忠望に心酔しており、彼こそが自分の上に立つ者--と信じて疑わない。一方、王宮の薬師達も忠望が自分達の長と思っている。だから、科学殿と薬師達も実は結構バチバチやりあっていたりする。


 一応、医薬殿のトップは修羅だが、修羅はどちらかと言うと医師達や看護師達、その他の医療技術者への影響力が強い。また、医薬と一纏めにはしているが、何故か薬師とそれ以外という派閥が出来ていたりする。


 もちろん、資格の無い者達も居り、資格持ちと資格無しの割合は半々ぐらいだ。


 ただ、派閥はあっても、共に医薬殿の仲間として職務に対して忠実かつ高い誇りを持っている。ただ、専門柄纏めるのにそれぞれ分れるというだけの事だが……修羅と忠望は全く気にしていないし、その下に就く者達も特に気にしてはいない。


 それに、忠望は薬師達の長的立ち位置には居るが、医薬殿としてのトップは変わらず修羅であり、何かあれば修羅に従う事だけは医薬殿に勤める者達の共通事項である。


「……ああ、科学長」

「何ですか?」


 いつもは優美なナルシストも、敬愛する忠望にかかれば尻尾が振りきれんばかりの『中型犬』だ。


「時と場所を考えて爆発を起こせ」

「違うだろ!」


 財務省長官が叫んだ。


「分かりました」

「殴るぞ貴様っ!」

「あとこの前、果竪の大根畑が爆破されたと聞いたが」

「手が滑って」

「良くやった」


 新しく開墾途中の大根畑の爆破によって、『後宮』中が大根だらけになるのが防げた。忠望のお褒めの言葉に、科学長は照れた。財務省長官も優しい眼差しをした。


「不届きな爆弾魔が居るようだな」

「そうですね」

「仕方ない事だ」

「ああ、果竪が『忠望、畑が爆発したっ!』って泣きついてきたのもたまには良いな」

「なんて羨ましいっ」

「ぬぬっ!」


 とりあえず、百合亜はそんな三神を生温かい目で見守った。なんというか、とりあえず喧嘩は終わったらしい。


「で、百合亜まで出動させたんだから謝っとけ」

「え?」

「あ」


 忠望は既にこちらに気付いていたらしい。百合亜の方を指差した忠望につられて二神がこちらを見た--。


「「ごめんなさい」」


 土下座された。

 しかも、どちらも百合亜より年上で--財務省長官はずっと年上なのに。


「ご、ごめんっ! 殺さないでっ」

「すまない! 以後気をつけるから命だけはっ」

「何が悲しくてわざわざ仲間を手にかけなければならないんですか」


 百合亜の淡々とした口調に、周りに居た者達は


 ついさっき数十神殺してきた様な顔だから


 と、心の中で呟いた。


 彼女はただ見つめていただけだが、その視線は相変わらず鋭くきつかった。


「……」

「え? 怒った?! わ、わかってるよ! 百合亜はそんな子じゃないって」

「確かに、明燐姫に比べればのぅ--」


 この王宮で本来『姫』と呼ばれる者は、まだ産まれていない王と王妃の未来の子である。しかし、それとは別に宰相の妹である明燐は、一部から『姫』と呼ばれていた。

 凪国一の美女と名高く、才色兼備、文武両道、産まれながら王族並の高貴さと気品を漂わせている麗しき美女は、誰がどう見ても『姫』であり、彼女こそが凪国の王妃と信じて疑わない者達も多かった。


 実際、凪国国王の隣に並んでも明燐ならば全く見劣りはしない。


 ただ、本神達はお互いごめんだろうし、上層部やそれに準ずる者達も腹を抱えて笑うだろう。彼等の側近達は苦笑するし、元寵姫達やその関係者達も「それは……」と困り果てるに違いない。


 それ程、国王と明燐を知る者達にとっては、その縁組みは有り得なかった。


 ただし、そうでない者達にとっては、明燐こそが『姫』であり『王妃』なのだ。本当に笑える話である。


「? 明燐は素敵な子ではないですか」

「……」

「……」


 科学長と財務省長官は固まった。


「どうしました?」

「素敵という言葉の定義に悩んでるだけだ」


 忠望はいつも通り淡々と答えた。あまり表情も変わらない彼は、いつだって無表情だった。


「明燐はあんなに素敵な子ではないですか」

「百合亜、女官長としてもう少し物事を正しく見る目を養うべきだ」


 無表情、無感動な忠望にそう言われた百合亜は怒っても良いが怒らなかった。


「そうですね、私はまだ未熟ですから」


 幸運にも女官長の仕事を任せられてはいるが、百合亜は自分がまだまだ未熟で勉強が足りないと思っていた。だから、もっともっと学んで、女官長に相応しい神物にならないければならない。その為には、日々勉強と経験を積んでいかなければならないのだ。


「ですがいつか忠望、貴方に認めて貰えるように頑張ります」


 キツイ眼差しはいつも通りだが、その健気すぎる言葉に彼等は言葉に詰まった。



(良い子なんだよな……)

(良い子なのに……)

(良い子……)



 中身はこれ程良い子なのに、そのキツイ美貌と眼差し、雰囲気で全てがぶち壊しになってしまっている。物語に出てくる悪役令嬢なんてお話にはならないし、意地悪継母よりも恐ろしい。


 なんというか、見た目だけで損をしている代表例だ。男の娘達や美男美女もそうだが、百合亜は更に輪をかけて酷い。というか、百合亜がそういう目に遭わされずに済んだのは、一重にその『キツイ』外見のせいだったと言えるだろう。


 だから


『百合亜の容姿は天からの贈り物だよ。本当に、本当に素敵な贈り物なんだ』


 愛した女がそんな目に遭わされなかった原因を、修羅は大切な宝物を抱き締める様な笑顔と共にそう言った。


 ああ、そういう考え方もあるのか……そう思った。例え、自分達には喧嘩を売っているようにしか見えないその『キツさ』も、彼女の美貌に目を付ける様な不埒な輩を遠ざける武器となっていたなら……それは正しく天からの贈り物だと言える。


 百合亜を知り、百合亜の内面に惚れ込み、仲間だと言えるようになった自分達はそれをずっとずっと後になってから理解した。


 だから、それを一番初めに気付き、彼女の全てを愛した修羅は……彼だからこそ、百合亜を託すには相応しい相手だと言える。


 それは、あの修羅をからかう朱詩でさえ本当は気付いている。


 百合亜を丸ごと、その『キツイ』部分も全てを愛していると言える修羅に、百合亜に関して敵う様な男は居ない。


 そして修羅ならば百合亜を守りきれるだろう。

 どんな手段を用いてでも。


 愛しい女に巡り会え、誰もが気付かなかった愛しい女の良い所に気付き、愛しい女を守り抜く--それこそが男の醍醐味ではないか。


 美しく花開きながらも、誰の手も付かずに奇跡の様に清らかで居た百合亜。

 それは、何ものにも穢す事の出来ない白さを持つ百合の花のようだった。

 強く、美しく、それでいて「純粋」「純潔」「無垢」「威厳」--そんな百合の花言葉の様に、百合亜は澄んだ美しさを持っていた。


 気付かないなら気付かなければ良い。

 気付けば、誰もが手を伸ばそうとするだろう。

 中には、穢れた場所に引きずり落そうとする者達だって居るだろう。


 だから気付かなくても良いのだ。


 自分達は修羅に言われ、長い時間をかけて理解し納得する事が出来た。それだけで十分であり、奇跡だった。


 修羅は百合亜を手に入れるだろう。

 修羅を弟妹の様に可愛がる百合亜はきっと戸惑い恐れるだろうが、修羅はそんな事では諦めない。幸いにも、女性寄りの体付きではあるが、男としての機能も女としての機能も両方が正常に働いている修羅である。


 外見がネックになっていても、逆に言えばそれさえどうにかすれば勝機はある。


(頑張りなよ)

(頑張るんだぞ)

(頑張れ)


 今は此処には居ない修羅を応援した三神は、とりあえず此処まで仲裁の為に足を運んでくれた百合亜に労りの声をかけようとした。



「お~ほほほほほほほっ」



 特徴的な笑い声が聞こえてきた。

 聞く者全てを虜にする様な甘やかで艶めいた美声だが、忠望達は嫌な予感がした。


「今のは」


 百合亜はそちらに向かおうとして、科学長と財務省長官に止められた。


「行くな、危ない」

「明燐ですけど」

「だからだっ」


 明燐の何が危ないと言うのか?


 しかし、向こうからやってきた。


「お願いです! 俺を、俺を下僕にして下さいっ」

「あら、私、下僕は足りていますのよ? 毎日の様に下僕や奴隷にして欲しいって方は沢山いますし。それに、貴方を下僕にして私に何のメリットがあるのかしら?」


 ゲシっとピンヒールで自分よりもずっとずっと年上の--とっくに成神した男を踏みつける明燐。身につけている衣装は地味な侍女服だが、その悩ましくも蠱惑的な肢体は隠されるどころか、逆に扇情的ですら見えた。

 むしろ侍女服の地味さが、禁欲的な物を極限まで高めてしまっている。見る者全ての目に毒だし、なんといっても激しく欲望がかき立てられてしまう。


 それは襲いたいと言うよりも


 苛めて欲しい!


 痛めつけて欲しい!!


 下僕や奴隷にして欲しい!!


 と、相手に思わせるだけの強い何かを、明燐の姿を一目でも見た者達の心に掻き立たせた。


 相手の男は見覚えは無いが、たぶん王宮に用事があってやってきた民--


「あれ、王都から南にある比較的大きな街の貴族だな」

「相変わらず変態的なまでの記憶力だな」

「忠望を変態扱いするな!」


 財務省長官が忠望をそう称し、科学長が失礼だと騒ぐ。


「あれは」


 百合亜の声に、三神はハッとする。


 別に、百合亜だって見慣れている筈だ。大戦時代、明燐には数多くの奴隷や下僕達が居たし、志願者も腐る程居た。


 年少組には『教育に悪い!!』となるべく目に触れさせないようにしたが、百合亜は年少組では無かったので残念ながらそれを何度も目にした。

 ちなみに、果竪も年少組だったが、明燐から引き離そうにも明燐自身が果竪にひっついて離れず果竪はそういう教育に良くない光景を見続けさせられていた。


 というか、ピンヒールで一踏みするだけで相手に快楽をもたらし、鞭で更に喜ばせ、挙げ句の果てにはその視線だけで腰を砕けさせる--そんな友神を持たなければならない果竪は、前世でどんな悪行を積んだのか……。


「うふふ、いけない子猫ちゃんね?」


 そうして鞭を何度か振るった後、明燐は男を更にピンヒールで踏んづけた。


「出直してきなさい。貴方には下僕や奴隷としての覚悟が足りないわ」

「そんな」

「その程度で私の下僕になった所で、貴方、満足出来るの?」

「え?」

「ふふ、私は厳しいですわよ? 私を喜ばせられないような駄犬にご褒美は渡しませんわよ?」

「あ、あぅ、あ」

「ご褒美が欲しいなら、ね?」


 男がふらふらと体を起こし--


「で、出直して参りますっ」

「ええ、そうしてきて。そしてもっともっと私を楽しませられるようになりなさいな。そうしたら、ご褒美を上げてもよくってよ」


 男はもうダッシュで走り出した。その背中には夢と希望が満ちていた。


「あら? 百合亜達じゃないですの」


 鞭を美しくしならせ、ピシィと地面に叩き付けながら歩いてくる明燐は、王妃の如き威厳と高貴さを全身から発し、その歩きは息をのむ程に美しいものだった。


 しかし、忠望達からすれば


「神違いです」

「赤の他神だ」

「眼科行け」


 男達が明燐によって鞭でしばかれた。

 完全に見切った筈なのに、鞭で一撃を加えられた男達はその事実に驚愕する。


「知らない相手なら、不審者として捕らえなければいけませんわぁ」


 笑顔だが、その恐ろしい気迫に男達は素直に謝った。


「それで、忙しい貴方達がここで雁首揃えて何をしていらっしゃるの? まさか百合亜に告白?」

「誰がするか--いや、違う違う! 百合亜が告白に値しないというとかそういうのじゃなくって!」


 珍しく科学長が慌ててフォローを入れた。


「いえ、真実ですし」

「いや、だから」

「そもそも私、結婚出来るとは思っていません。恋神だって無理でしょう」


 百合亜は淡々と答えた。


「告白したら『殺神予告』だと思われますし、その為にどこかに呼び出したら『闇討ち』だと誤解されるかもしれません」

「いや、呼び出したら『闇討ち』にはならないだろう」


 忠望が百合亜に負けず劣らずの淡々さでツッコミを入れた。


「百合亜、またそんな事を言って」

「真実ですし」

「百合亜は自分を過小評価していますわっ」

「明燐」


 明燐はその大きく形の良い胸を張り、断言した。


「百合亜は、私に負けない完璧な女王様になれますわ!」


 違うだろう。

 あと、自分の事を完璧な女王様だと思ってるのか。

 いや、そもそも完璧な女王様って何だ。


 萩波が王を止めたがっているから、代わりに女王様として即位--いややっぱり止めよう。


 国民が全員下僕か奴隷にされてしまう。


「百合亜はとっても素敵な女性ですわっ」

「明燐」

「そう、貴方には素敵な女王様の素質がありますわっ」

「やめろ、百合亜を悪の道に進めるのは」

「違いますわ。女王は悪に進もうとするいたいけな子羊達をお仕置きして、正道を歩ませる存在なのですわっ! そう、私達は彼等に本当の快楽はなんたるかを教えなければならないのです」


 どうしよう。

 どう止めよう。

 俺達には無理だ。


 このままでは、百合亜が洗脳されてしまう。


 今も着実に下僕や奴隷の数を増やし、他国にまで下僕と奴隷を生み出している明燐に百合亜が毒されてしまう。


「さあ、百合亜。私と一緒に真の女王様道を進むのです! 何度も言いますが、貴方にはその素質があるのです!」


 何度も言ったのか。

 なんて可哀想な百合亜。


 忠望達の前で、明燐によって百合亜が暗黒に染め上げられて--。



「女官長様!すいません、急ぎの件が」



 百合亜を探しに来た上級女官の姿を認めるやいなや、忠望は百合亜を抱えてそちらへと走っていった。


「ああ! 百合亜っ! まだ女王道は終わって」

「そういえば王妃様が明燐を呼んでたぞ」

「寂しがられているのでは」

「ごめんなさい、そういえば私、こんな事をしている暇など無かったのですわ! それではごきげんよう、皆様」


 そうして『完璧な女王様』はあっという間に走り去っていった。

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