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百合の少女は悩み焦がれる①

 厳しい、キツイ、厳めしい--。

 そんな言葉が此程似合う女性は居ない--と思われるのが、凪国女官長その神だった。


 宝石の様に美しいが、硬質的な雰囲気を漂わす女官長の名は百合亜。

 名前負けしていると言ってはいけない。

 確かに花のような華やかさは無いものの、その美貌はどう見ても美女の類いに入るのだから。


 しかも、明燐並では無いものの、その蠱惑的な肢体を清楚な女官服に包んだ姿は禁欲的ですらあった。ただ、それらが男達の話題に上がらないのは、その厳しい雰囲気が全てを物語っていた。


 実際、男達が凪国の美女達の話題で盛り上がる時も、百合亜の名前は最後の最後で「ああ、そういえば女官長様も凄い美神だよな--」と上がる程度で「でも、あんなキツイ女は俺はヤダ」、「そうだな」、「俺ももっと女らしくて柔らかくて優しいのが良い」という風に締めくくられる。


 普通なら怒り心頭物だが、百合亜は気にしなかった。


 というのは、彼女は乙女心というものはとっくの昔に投げ捨てており、恋よりも仕事タイプのキャリアウーマンだからだ。

 しかも、このキツイ雰囲気、そして目つきもキツく、もう何から何までキツイ印象しか他者に与えない自分をとっくの昔に諦めていた。


 大抵


「喧嘩売ってんのかよ!」

 とか

「睨まないでよ」

 とか

「かわいげがないなぁ」

 とか


 とにかく、色々と言われすぎてきた百合亜は、自分が男からそういう対象で見られる事は永遠に無いと思っている。

 修羅は良く可愛いと言ってくれるが、あれは百合亜に助けられた恩もあっての事だし、何よりも修羅は優しい子だった。

 可愛い弟分であり、場合によっては妹分にもなるだろう--両性具有の中でも希少種たる修羅には、きっと可愛くて優しくてほんわかしたお嫁さんが見付かる筈だ。

 百合亜はそう信じている--まるでそれが世界の常識だと言わんばかりに。


 そんなわけで、百合亜は今更周囲から何か言われた所で気にしないし、気にしている暇も無かった。


 ただ、ちょっぴり寂しくはあったけれど、女官長としての激務は良い意味で彼女の心の隙間に塩が入り込まない様にしていた。




「王妃様!」

「あ、百合亜」


 たまたま用事で『後宮』の敷地内に足を踏み入れた百合亜は、そこで一神で彷徨いている筈の無い王妃--果竪を見付けてしまった。

 一方、果竪はしまったとばかりに、首を竦めた。


 大戦時代、修羅と共に軍に入った百合亜は孤立気味だった。そんな百合亜に分け隔て無く接してくれたのは、萩波の他には果竪--現在は王妃となった少女だけだった。


 彼女が一番最初に百合亜の手を取ってくれたから、百合亜は他の者達とも馴染む事が出来た。キツイ、恐い、と色々と言われながらも、それでも何だかんだと信頼の置ける仲間達を得る事が出来たのは、果竪のおかげである。


 そんな果竪を直接支えられるのは、侍女長である明燐である。

 宰相の妹姫であり、大戦時代は軍一番の美少女、現在は国一番の美女と名を馳せる彼女は、当然ながら文武に優れ、豊かな知性と深い教養を持ち、全身から高貴さと気品が滴り落ちる様な中身も完璧な少女だった。

 まあ、少々鞭を振り回すのが好きな所もあるけれど、女王様と彼女を慕う信者達も多いけれど、それでも侍女長どころか彼女こそが女官長に相応しいと思った。


 しかし、明燐はあっさりと女官長の地位を百合亜に押しつけ、自身は王妃付きの侍女長となってしまった。

 百合亜はそれを知った時、羨ましいと思った。

 が、明燐から


「あら、百合亜だって果竪を支えられますわよ? 私は内から、百合亜は外から支えるだけの違いですわ」


 なるほど--確かに侍女と女官の仕事は、凪国では明燐が言う様な部分を持っている。となれば、百合亜は外から王妃を支えるのだ。


「それに、私の方が策略とかそういう裏仕事が得意ですからね」


 それも明燐の言うとおりだった。明燐に比べると、百合亜はそういうのが苦手な部分がある。


 王妃という地位は、色々な物を引きつける。

 それこそ綺麗事だけでは果竪を守れない。しかし、明燐が率いる侍女達であればそれが出来る。


「私、熊を素手で仕留められます!!」


 唯一、そう言って侍女の地位を勝ち取った涼雪だけは、たぶん最後まで裏の仕事には携われないだろうが。


「熊が出たら任せましょう」

「そうですね」


 明燐と百合亜は顔を見合わせて頷いた。その頬が恋する乙女の様にほんのりと紅く染まっていた事には言及しないでおく。


 ただ、大戦時代から何匹もの熊を仕留めてきた涼雪は、侍女になってからも熊狩りへの夢は捨てていなかった。


 百合亜は、部屋から出て『後宮』の庭をチョロチョロする果竪を見付けて駆け寄った。お付きの侍女達は何をしているのだろう?涼雪は別として、それ以外の侍女達が側に居て良い筈なのに--。


 とはいえ、百合亜達女官勢もそうだが、侍女達もまた本業以外に幾つもの仕事を抱えている兼業の身だった。

 建国してから暫く経っている筈なのに、一向に減らない仕事は何故だろうか?


 いや、元々統治しろと任せられた国がとんでもない大国だったし、任された国民の数も膨大な数だったからある意味当然であり仕方の無い事でもある。

 どう考えても、使える神材が少なすぎるのだ。

 今一生懸命教育している者達が使えるようになるまでにはまだ時間はかかるし、それだって全てをカバーできるだけの数には到底到達していない。


 とはいえ、本神達にとっては幸運か不幸か分からないが、とにかく煉国の滅亡と共に保護した元寵姫組とその関係者達が新たな神材として加わると表明してくれただけ幸せだと思わなければ。


 と--煉国という名を思い出した百合亜は、酷く憂鬱な気分になった。


 煉国と凪国がぶつかりあったのは、今から数年前の事だ。煉国は凪国に幾つもの被害をもたらしてくれたが、その中でも自分達上層部にとって最大級のダメージとなったのは、『仲間の死』だった。


 小梅--。

 親しい周りからは『こうめ』をと呼ばれていた彼女は、迫り来る火砕流から逃げ遅れた朱詩を助け、あっけなく逝った。それも、仲間達の目の前で。

 それを目の当たりにした者達に大きな心の傷を残し、中でも朱詩はそれが原因で狂った。


 本当に今思い出しても、朱詩が正気に戻ったのは奇跡としか言いようが無い--。いや、奇跡ではない。小梅が、みんなが、全員で朱詩を正気に戻したのだ。


 そうして二度目の煉国とのぶつかり合いによって、煉国は滅び、煉国の民達はようやく悪政から解放され、王達の『後宮』に捕らえられていた寵姫達やその関係者達は助け出された。


 今では少しずつ復興していっている煉国。

 凪国はもっと早くに復興した。


 ただ、小梅だけは戻らなかった。


 快活で明るく、朱詩の意地悪で標準体重よりも太ってしまったが、それでもその大きな体で必死に王宮内を走り回っていた。

 本来であればそれで普通は痩せるはずだが、無駄に頭が良くてずる賢い朱詩は考えた。大量の砂糖を投入し、脂肪分のある食事にすり替え、寝ている小梅の口に食べ物をせっせと突っ込んだ。


 それだけ見るとリスが我が子に餌をあげているようだが、現実的には凶悪極まりない行為だ。そもそも、寝ている相手の口に食べ物を突っ込むな。肺炎を起こさせる気か。


 凪国王宮の医師達を纏める頂点に立った修羅がごくまっとうすぎる見解を述べたが、それで素直に「はい、そうですか」と言う様な男ではないのだ--朱詩は。


 現に


「煩いよ、この男女」


 と、自分も性別を超越した美貌の男の娘のくせして、修羅に対してそうのたまった。



 そして修羅と朱詩、根本的に気が合わない--私的な面で。



「ぎゃあぁぁぁぁあ! 筆頭書記官と医務室長がバトッてる!」

「誰だ壁を破壊した馬鹿はっ!」

「半分女にめっちゃ容赦ねぇな、あいつっ」


 半分女は勿論修羅だ。

 両性具有で見た目は女性寄りにも関わらず、殴るわ蹴るわの大乱闘。百合亜が呼ばれたが、彼女では駄目だった。


 修羅を助けようと朱詩を羽交い締めにしたのが悪かったらしい。


「百合亜に触るなぁ!!」


 余計に修羅に火を付けた。


 結局、二神を止めたのは。



「涼雪、あれは熊よ!」



 小梅の気迫に負けた涼雪の狙撃だった。

 将来の夢は『素敵なマタギ』である涼雪は、『銃』の扱いにも長けるようになり、見事に二神を引き離す様に狙撃した。


 一番怒らせてはならないのは、小梅かもしれない--と思ったが。


「果竪のアドバイスのおかげよ!」

「やったね小梅ちゃんっ」


 イエ~イ!と手をパチンと合わせる小梅と果竪に、「え? 提案したのお前?」と百合亜も含めて全員が果竪を見つめたのは言うまでも無い。



 そんな……突拍子もない……いや、なくもないけど、とんでもない提案をする様な顔では無いというのに……いや、顔で神を判断してはならない。

 美しい顔、綺麗な顔をしてとんでもない腹黒でえげつない者達なんてそこら中に居るし。それに、果竪の提案は確かに血みどろになりそうな朱詩と修羅の戦いを一瞬にして止めた。


 思えばそういうのは昔はしょっちゅうだった。

 果竪と小梅が二神で困った事をするのも……ただ、それはもう今は見れない光景である。


 とはいえ、果竪のぶっとんだ所は今も健在だ。


 だから、放っておいたらとんでもない事をしでかし続けるかもしれない果竪を、一神で放置するなんて事は出来なかった。



「『後宮』の敷地内からは出ないよ」

「そういう問題ではありません」


 果竪が住まうのは、『後宮』の最奥にある『奥宮』と呼ばれる場所だ。その『奥宮』が王と王妃の住まう私的な居住区であり、高い高い塀に囲まれている。

 『奥宮』には幾つか建物があり、敷地もそれなりに広いので、そこらを散歩するだけでも気分転換になると言われている。

 ちなみに、果竪が出歩けるのは『奥宮』が基本的だが、一応『後宮』内までだったら出歩くのは可能だった。ただし、お付きの者が必要だ。


 以前もお付きの者が居ない状態でチョロチョロして明燐に怒られたと言うのに--この娘は。



「言っときますけど、『後宮』の外に出たいとか考えてませんよね?」


 『後宮』の外--政治の場である『内宮』等に果竪が足を踏み入れようものなら。


「『射殺』される?」


 ドォォォンという背後で落雷が落ちた様な効果音を、百合亜の耳は捉えた様な気がした。

 何故、そんな発想に?!

 それが『スナイパー物語』なるものを読んだ為の発言だったと、後に百合亜は知る。


「……『射殺』はされません」


 どこの世界に自国の王妃を『射殺』する武官が居る。いや、どこかの国には居るかもしれないけれど、うちの国にはそれは当てはまらない。


 むしろ果竪に危害を加えようとした相手が『射殺』される。明燐率いる侍女部隊がまず立ちはだかるだろうし、警備の武官達だって容赦しないだろう。


「じゃあ、『暗殺』される?」

「ご安心下さい、それをするぐらいなら『海影』一同自分の首を掻き切ります」


 百合亜にしては珍しい笑みを浮かべてそう告げる。その笑顔はとても迫力があり、他者を威圧している様なものだった。子供なら泣くし、大神でも腰が引ける。


 しかし果竪は、その威圧感に真っ正面から立ち向かった。ただし、

「さあ、王妃様、戻りましょう」

「百合亜--」


 何かを言わせる前に、百合亜は果竪の手を引いて歩き出した。少しでも『後宮』の入り口から遠くなる様に、外の世界から引き離す様に。


 何度も後ろを振り向く果竪に気付かない振りをして、百合亜は『奥宮』へと戻った。




 女官の仕事は、いわば事務の様な仕事である。

 凪国王宮にて事務と呼ばれる部署は独立している。しかし、それは政治の方であって、それ以外の事務は女官達や侍従達が一任する。


 女官達は女官長と呼ばれる長が、侍従達は侍従長と呼ばれる長を頂点に立つ一つの部署だった。


 が、そんな女官達や侍従達の仕事は何かと言うと--。


 『調整役』、『運び役』、『使いっ走り』だった。


 本当は違うのだが、凪国ではそういう立ち位置に居た。


 本来はそれぞれの『部署』でそれらの仕事も含めて行なわれるが、何せ使える神材が少なく、それぞれの部署も多大なる神手不足だった。


 当然ながら、余所の部署に行っている暇なんて無い事が多い。となると、書類運びやら何やらをする者達が必要となり、それらを主に女官や侍従達が担うのだった。

 また、王や王妃--『後宮』とそれぞれの部署を繋いだり、それぞれの部署同士の繋ぎの役目もあるなど、それこそ女官や侍従は大忙しだった。


 それぞれのスケジュール調整もさせられるし、他の部署で神手が欲しい時には助っ神として行かなければならない。だから、女官や侍従と呼ばれる者達はオールマイティに何でもこなせる者達が基本的に選ばれていた。


 それに比べて侍女はただ一神の主に仕え、その主の身の回りの事を行なう。主が健やかに過ごせる様に整え、その為に周りとやりとりも行なう。


 侍女は個神に仕えて個神に関係する仕事を行ない、女官は国に仕えて国に関係する仕事を行なう--凪国ではそう呼ばれている。ただし、どちらも雇用主は国である事にしは代わり無かった。


 強いて言えば、女官の方が政治に深く関係していると言えるだろう。


 そんなわけで、いわば何でも屋の頂点の一神に君臨する百合亜の仕事は、それはそれは大忙しだった。


「女官長様、この決裁はどうしますか?!」

「それは後回しにしなさい、今は先にこちらを片付けないと」

「女官長様、財務省と科学省が決闘するそうです!」

「侍従長を向かわせなさい」

「拒否しました」

「蹴飛ばしてでも行かせなさい!」


 かの侍従長は『調停者』として名高い男だ。拒否なんて許さない、絶対に行かせてやる。


「女官長様、外交殿と医薬殿から神が足りないと助っ神依頼です!」

「竹藤、華椿、菊宮を向かわせなさい。足りなければ、桜守もです」

「了解致しました」

「女官長様、これは」

「女官長様、こちらは」

「女官長様、こちらの指示を」

「女官長様--」


 食事を食べる暇も無い。


 だが、こんなものはまだ序の口だった。



「困っている事はありませんか?」


 百合亜の仕事の一つ--というか、女官長及び上級女官達の仕事の一つに、今は亡き煉国から保護した元寵姫達やその関係者達の住まう場所に訪問という仕事があった。


 元寵姫達やその関係者達は、王宮内の中でも『後宮』並に警備が厳重で安全と呼ばれる区域に住んでいた。そこには、ありとあらゆる機能が詰め込まれ、そこだけで一つの街と言っても良かった。実際、そこから出なくても十分に生活は可能だった。


 そうしてそこに住まう者達に「困っている事はないか?」、「足りないものはないか?」など、色々と話を聞くという仕事を女官達の中でも上に位置する者達が担っていた。


 ちなみに、侍従達も本来はその仕事を請け負う筈だったが、男に酷い目に遭わされた元寵姫達(男)の心情を考えると……と、侍従達と女官達で話し合った結果、ある程度までは女官達で行なう事になったのだ。


 そして、あともう数年したら侍従達も……という所まで来たが、とりあえず今はまだ女官達が彼等を見舞っていた。


「緊張しなくても良いですよ? 困っている事がありましたら教えて下さいな」


 口調はとても丁寧だが、ビシバシと迸る威圧感に元寵姫達は後ずさった。元寵姫達の中には助け出された当初は壊れたり壊れかけていたりした者達が居たが、そういった者達も時間をかけて回復し続けていた。

 が、そんな中、心に傷は負いつつもその強靱な精神力なのかなんなのか、他よりも回復が早かった者達が居た。


 そういった者達は、凪国に助けられてからこの数年の間に元寵姫達の纏め役--後に幹部と呼ばれる事になる--となっていた。


 今回、百合亜と直接対話の為に席に着いたのは、そんな纏め役達だった。


 彼等はとりわけ美しく、けれどその強靱な精神力でもって必死に立ち上がった程の心の強さを持っていたが……それでも、今だけは心が折れそうだった。


「どうかしました?」


 キツイ眼差し。

 キツイ顔立ち。

 そこから向けられる視線は光線と言えるかもしれない。


 なんか三角眼鏡とピンヒール、鞭がとても似合いそうだった。


 鞭……それは元寵姫達の心の傷の一つだ。それは所詮想像でしかないが、それでもその凄まじい威圧感と共に元寵姫達の心を軽く抉りとってくれて。


「玲珠、大丈夫か?!」

「くっ! こ、これしきの事でっ」

「大丈夫だ! お前は強いっ」

「柳様っ」

「玲珠!!」


 見た目は蠱惑的な美女二神が必死に力づけ合い支え合っている--。

 そこに百合亜が加わると、困難な運命に翻弄されながらも必死に立ち向かおうとする健気でか弱き花を蹂躙する魔王の様だった--と、後に側に居た女官達は口を揃えて言った。




「……百合亜、アンタ怒ってる?」

「これが地顔です」


 百合亜はそのキツささえなければ、とびっきりの美女である。しかし、その鋭すぎる視線は睨むを通り越して喧嘩を売る--を通り越し、最早脅迫しているかの様だった。

 本神にはその意図はないが、視線を向けられれば大抵の者達が「喧嘩を売られた」、「殺し合いを挑まれた」、「宣戦布告」と思う。


 そして百合亜は幼い頃からこうだった。

 だから、そんな百合亜に助けられた修羅が「百合亜は僕の可愛い神なんだよ」とか「百合亜は最高に素敵で可愛いいんだよ」とか言う神経が理解出来ない。

 良い子なのは分かるが、視線だけで壁に穴を開けられそうだ。


 凪国国王お抱えの影集団--『海影』の長となった茨戯でさえ、その視線にはクルものがあった。それは、下半身にとか欲望的なものではなく--。


 お前はアタシに喧嘩を売っとんのかぁ!!


 という感じだ。


 いや、百合亜は良い子だ。

 礼儀正しくて常識神で、家族に地獄を見せられてきたあの修羅を見付けた後は、ずっとずっと守ってきた。修羅が家族を殺した領主に狙われた時も、彼女は守ろうとした。


 彼女は理想の姉だった。

 愛する弟分兼妹分を大切に守り、育てた。


 修羅がシスコン--いやいや、百合亜を理想の女性として恋い慕うのも当然のことだ。百合亜は極上の女である。


 ただ、目つき及び色々なものが鋭すぎてキツすぎるだけで。


 一度、朱詩などは


「目が悪いから目つきが悪いんじゃない?」


 と言って、戦利品である『眼鏡』を百合亜にかけてみた。


 視線は全く和らがなかった。


 後に、その『眼鏡』は調整が必要との事だったが、そもそも百合亜の視力はどちらも2.0は軽くある。『眼鏡』なんて必要無かった。


「申し訳ありません、茨戯」

「え?」

「不快な思いをさせてしまって」


 しゅんと--しているのだろう、たぶん。力無く言う百合亜だが、そのキツイ雰囲気は全く衰えず、むしろ虎視眈眈と一矢報いてくれるわ!!と言う何かが全身から滲み出ていた。


 何故だろう?


 やっぱり喧嘩を売られている気分になるのは。


 よく悪役顔というのがあるが、そんな生易しいものではない。下手すりゃ百合亜以外全てが彼女の敵だ。


 と--百合亜が胸元から何かを取り出した。


「百合亜?」

「被ります」


 ひょっとこの仮面を。

 なぜそのチョイスをしてれくた。


 しかも、女官服を身に纏いながらもその首から下は蠱惑的な肢体が隠れている事がありありと分かる、それはそれは素晴らしい曲線が描かれていた。しかも、髪を結い上げているせいで露わとなっている白い項と首筋が何とも言えない色香を放っている。


 そんな素晴らしい肉体の首から上が、ひょっとこ。


「やめて! 視覚クラッシャーをするのはっ」


 別の意味で視覚の暴力である。


「茨戯に迷惑をかけられません」

「それを被られた方が迷惑よ! あと、アンタの持つ空気はそんなお面一つで覆い隠せるもんじゃないわよっ」


 視線だけではないし目つきだけでもない。

 もう全身から『キツイ』、『厳しい』、『厳めしい』というのが放出されているのだ。


 というか、女官服で包まれている部分からでさえ放出を覆い隠せていないのだから、そんなお面一枚でどうにかなるものではないのだ。


「そ、それより仕事の話よ」

「ではお面二枚」

「仕事の話をしましょう!」


 百合亜は百合亜なりに自分のキツイ雰囲気を悩んでいた。本神としては「もう乙女心は捨てました」、「諦めました」と諦観の極地に達している部分もあるが、それでもきっと本神は悩んでいる--と上層部一同、それに準ずる者達は思っている。


「それで、こっちとこっちの案件なんだけど」

「それについてはこちらをご覧下さい」

「ふむ--よく纏まってるわね。で、こっちについてはアタシはこちらを支持したいんだけど」

「分かりました、こちらの件については神手を出しましょう」

「ふふ……話が早くて助かるわ」


 茨戯は大輪の薔薇が咲き誇った様な華やかな笑みを浮かべたが、百合亜はそれに惑わされる事無く--。


「……サングラスは試してなかったわね」

「あまり意味はないと思います」


 後にサングラスをかけても、百合亜の鋭い眼光の威力は全く衰えない--むしろ、サングラスが新たな迫力を醸し出してしまうという結果になるが、今この時だけは茨戯はサングラスに状況打破の希望を見出していた。


「女官長様!」


 そこに悲鳴の様な声が響いたかと思えば、中級女官が走り寄ってきた。


「どうしたのですか」

「か、科学省と財務省が」


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