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女王様のお買い物(大根)挿絵有り

挿絵は、mick様が描かれたものです♪

 その日、久しぶりに衣服を新調する事が許された。

 衣服の新調は年に二回。

 普段は武器や食料などにお金が使われる為、衣服などが最後になるのは重々承知だが、やはり年頃が多い軍ともなれば、おしゃれしたいという思いを抱くのは当然の事。


 出来るならば、少しでも気に入った服を選ばせてやりたい。

 安く、良い品物を手に入れさせてやりたい。

 大戦中であり、場所によっては物資が貧窮しているが、それでもいつも頑張ってくれる仲間達の望むものを得させたいと思った。

 そんな軍の上層部及び財政を司る者達の優しさにより、萩波の軍は近辺では一番店が多く品揃えの多いとされる都へとやって来たのだった。


「明後日には出立しますので、それまで好きに買い物をして下さい」


 萩波の言葉の後、一人一人に服代が何時もよりも多く手渡されれば、あちこちから歓声が上がった。

 軍のモットーは質素倹約。

 使える物はギリギリまで使う彼らは、破れれば繕い、端布をつなぎ合わせて小物をつくったり、更には刺繍まで自分達の手で行って居た。

 おかげで、殆どの者達が匠レベルの裁縫の技術を身に付けている。

 和裁、洋裁、何でもござれ。もはやそれで食べていけるとまで言われるほどだった。


 しかし、だからといって新しい衣服が欲しくないわけでなく、ある者は一人で、ある者は複数で店へと駆けていった。






「う~んと、下着と上位、下衣に帯……あ、帯はまだ使えるな。そろそろ寒くなってくるし、防寒具と」


 一人銀一枚。

 その中でいかに良い物を沢山買えるかが重要である。

 既に軍暮らしも長くなった果竪は、沢山の店の中から良い物を良心的な値段で売っている店を選ぶと、更に値切り交渉し、出来る限り多くの枚数を買っていった。

 これぞ、主婦の技。

 それは、若干十二歳とは思えないほどに熟練しきっていた。


 その隣では、先に買い物を終えた茨戯が品物を手にとって見ている。


「ふ~ん、思ったより良い物があるのね~~地味だけど」


 下着を手に取り厳しい意見を出す様に、妥協の二文字はない。

 と、普通に品物を見ている茨戯だが、実はここは女性専用のお店。

 置いてあるものは全て女性物。

 男が居れば、即座に訝しげな視線が向けられる。

 しかし――中身は男でも、見た目は全く女にしか見えないどころか、そこらの美女よりも遥かに美しく、華麗な美貌を持つ茨戯だ。

 咎める者が現れるどころか、寧ろ『お姉様』と頬を赤く染めた年頃の少女達の熱い視線が向けられる。

 それどころか、店主までが『お美しい姫君、これなどどうですか?』

 と、女性物を勧める始末である。

 此処に居る全員は誰一人として茨戯を男だと思っていないだろう。


「ってか、アンタ、いくら安いからってその下着は色気もそっけもなさ過ぎるわよ」

「煩いわい!! 色気よりも安さと質よ!」

「どこの主婦よ……」


 とりあえず、良い主婦にはなれるだろう。

 しかし、そこに到達するにはまだまだ長い時間がかかる。

 その前に、少しぐらいおしゃれしてもいいではないか。


 確かに、このご時世。

 おしゃれよりも食料の確保と言うぐらいに物資が少ない。

 だが、だからといって身なりはどうでも良いと言うわけではない。

 人間ではないが、一般的に初対面は第一印象が重要だ。

 汚いよりも綺麗な相手の方が、交渉には有利だろう。

 まあ――果竪は交渉役に立つ事は殆どないが。


「って、下着多くない?」

「下着は沢山あった方が良いの。毎日取替えるんだし」

「そりゃそうだけど~……って、あら? 明燐はどうしたの?」


 いつも果竪にくっついている少女の姿が見えない。


「あ、明燐ならこの隣のお店にいるよ――他の女の子達と一緒に」

「隣って……高級店じゃない!!」

「うん。いいの?って聞いたら、いいのよって。明燐お金持ちだから」


 基本的に、衣服の新調の際には軍から支給されたお金が使われる。

 しかし、中には個人的に金儲けが上手で、密かに貯めたり稼いだりしたお金を上乗せして買い物をする物も居た。


「あ~~、あの子は確かに稼いでるわよね」

「そうそう」


 軍によっては、そういうお金の使用を認めないところもあるが、萩波の軍では本人の努力の結果だからといって、特に取り締まることはなかった。

 使いたいのなら使えばいいと、本人に任せている。

 但し、今回の様に、全員に同じ額を支給し、その中から買い物をしろという時ではなく、出来れば個人的な買い物に使用して貰いたいと思っているのが本音ではあるのだが。


「で、アンタは一人こっちで買い物?」

「だって、お金ないもん」

「いや、あるじゃん。大根売ったお金が」


 果竪もある程度の貯金は持っていた。

 しかし、それは大切な大根が身を削って作ってくれたお金だとして、絶対に使おうとせずに軍の維持費につぎ込んでしまうのである。

 因みに、他の者達も自分達が独自で稼いだお金の一部を維持費として提供してくれてはいるが、果竪のように全額提供する馬鹿はいない。


「……買ってあげようか?」


 一応、茨戯も貯金があるので、可愛らしい服の一つでも買ってやろうかと聞けば、果竪は首をよこにぶんぶんと振った。


「決められた金額の中で買うから別に良い」


 そうしてさっさと選んだ品物を店主のもとに持って行き、更に値段交渉で安く仕入れていく果竪に、茨戯はソッと涙を拭ったのだった。






 茨戯の戦利品は、上衣と下衣が三枚に、下着が五枚、それに防寒具が一つだった。

一方、果竪の戦利品は、上衣と下衣が五枚に下着が十五枚、防寒具二つに、靴まで手に入れていた。


「あんた、絶対良い主婦になれるわ」


 茨戯は心底そう思った。


「さてと、この後はどうするの?」

「明燐と待ち合わせしてるんだけど……まだ出て来ないみたい」

「まだ選んでるのかしら……中に入って見る?」


 茨戯が聞くと、果竪はコクリと頷き、荷物を持って店へと入っていった。

 そこは、果竪が服を買った店よりも広く、沢山の衣服があった。

 が、そのどれもが一流の品であるのは一目瞭然。

 果竪の買った衣服が木綿や麻であれば、ここの物は絹で出来ている。

 上衣も下衣も帯も下着すらも。

 茨戯はその中の一着を手に取った。


「チャイナ服……」


 しかも唯のチャイナ服ではなく、きわどい部分まで深くカットされた胸元と、これまた深いスリットがなんともセクシーである。

 茨戯は無言で戻すと、店内を一周するように歩きながら全ての品物をチェックした。


「全部……露出が激しいもんばっかりじゃない」


 しかも、店内には男達も何人かいる。そこらで衣服を見ている女性客の連れだろうか?

 と、突然男達が奥にある試着室へ向かって走り出す。


「は?! え?!」


 驚き呆然とすれば、男達は試着室の手前で膝を突き、立ち膝状態となる。

 しかしその視線は試着室。

 そこに遅れるように、店主らしき男性が、やはり試着室の前で膝を突いた次の瞬間、厚いカーテンが開かれた。


 そこから現れたのは、妖艶なる黒い蝶――


「うわ~、綺麗~」


 舞降りるように現れた蝶――明燐に、果竪はパチパチと手を叩いた。

 そんな明燐は、酷く悩ましげな姿をしていた。


 豊満な肢体を包む衣装は、大輪の薔薇が咲き誇る濃灰色のチャイナドレス。

 それは胸元が大きく開き、深いスリットが入っていた。

 

 レースで飾られた胸元から覗く、零れんばかりの白い乳房によって造られた深い谷間が、スリットから覗く白く艶めかしい太股が、誘うように覗いていた。

 手にはレースでつくられた長手袋が嵌められており、更に同じ素材で作られたタイツはガーターベルトで留められていた。

 しかも、そのガーターベルトが太股の上を走る様は、酷く扇情的な光景となっている。

 細い足首からつま先を守るのは、黒いピンヒール。

 朱色の長い髪はお団子にして大振りの牡丹で飾っており、それがより明燐の持つ妖艶さを際立たせている。


「アンタね……」


 しかし、それ以上言葉は出なかった。


 その美貌こそ、聡明で奥ゆかしく気品のある、清楚可憐な朱髪蒼眼の美女。

 まさしく誰もが憧れる、気高く尊い天女を体現したような美貌の主である明燐。

 が、身に纏う衣装は、絶妙なプロポーションをした豊満な体を魅惑的に見せる、きわどくてセクシーな物。


 茨戯は何か言おうとしたが、良い言葉は浮かぶことはなかった。

 というか、今更言ってどうする。


 ええ、そうよね……今更だわ。

 この服が初めてだというならばまだしも、この程度の露出の激しいセクシーな服など、明燐はごまんと持っている。


 そう、いつも買う服と何にも変わらない。


「流石は、うちの女王様」


 女王様――明燐は軍の仲間達から、そう呼ばれている。

 というのも、武器は女王様必須アイテムの鞭。履く靴は黒のピンヒール。

 身に纏う衣装は、今着ているような豊満な肢体をより魅惑的に見せる物。


 どこをどう見ても女王様である。


 が、そこに加えて


 男達が明燐の足下に傅き、恍惚の眼差しで見上げる。


「誰が顔を上げても良いと言ったの?」


 何処から取り出したのか、鞭を取りだし床を打ち付ける明燐に男達が慌てて頭を下げた。


「も、申し訳ありません!!」

「ふふ、で、どうかしら?」


 感想を聞けば、男達が口々に明燐を褒め称える。


「流石です、明燐様!!」

「まるで女神のようです!!」

「ああ、余りの美しさに直視出来ないほどです!!」

「そう、ならこれを頂くわ。おいくらですの?」


 明燐が小首を傾げて聞いた瞬間、店主が慌てて首を横に振った。


「だ、代金を頂くなどとんでもない!! それは明燐様の珠の肌を包むためにこの世に生まれてきた衣服、寧ろ献上させて下さい!!」

「あら?そう?」

「そうですよ、明燐様!!そうだ、私にもどうか捧げさせて下さい!!」

「オレも!!」

「わたしも!!」


 男達が口々に言う。

 それを見下ろし、明燐はレースの手袋に包まれた人差し指を唇に当てて考え込む。


「そうね~、ならば私に相応しいと思うものを捧げなさい。私が美しいというのならば、それに相応しい最高のものを捧げるべきですわよね」


 と言った瞬間、男達は我先にと店内をかけずり回り絹の衣装、絹の下着、絹の……と、沢山の衣服を明燐の前に差し出した。

 中には、それ下着?と疑問に思うほど隠す面の小さいレースの下着まであった。

 金額にすればかなりのものになるだろう。

 しかし、明燐の虜となった店主はタダで明燐へと贈り、その代金は全て男達が支払った。

 と、明燐の両隣の試着室のカーテンが開く。

 そこから現れたのは、明燐には及ばぬものの、その豊満で蠱惑的な肢体をセクシーな衣装に身を包んだ軍の女性陣だった。

 更に男達の歓声が上がり、明燐にしたように沢山の衣装が贈りつけられる。


 そうして一時間後。


「ありがとう、凄く嬉しいわ」


 ふっと、下僕を愛でるような笑みに、明燐の虜となり全てを投げ出した男達が次々と倒れていく。

 そんな彼らの間を通り、明燐を先頭に、共に買い物に来た女性陣数人が果竪達の方へと歩いてくる。


「買い物、終ったわ」

「じゃあ帰ろう~」


 ちょっと待て、この状況を見て何も思わないのか。

 試着室の前でバタバタと倒れている男達が十数人。

 身なりからすれば、金持ちだろうが、流石にこれだけの品物のお金を全て払わせていいわけはないだろう。

 しかし、明燐は茨戯の視線などものともしない。


 軍の女性陣はある意味、男性陣よりも剛胆な性格をしている。


 と、明燐はある視線に気付き周囲を見回した。

 そこには、自分を羨望の眼差しで見つめる少女や女性が十数人ほど居た。

 皆、良家や裕福の家の者なのだろう。上品な服に身を包んだ少女達。

 一部始終を見ていた筈なのに、まるでその眼差しは憧れのものでも見るような眼差しだった。


 その一人に明燐がゆっくりと近づいていく。

 そっと、その顎に指をやり上向かせた。


「あ――」

「可愛い子ね」


 耳元で囁かれた、甘い吐息を含む美声に少女はその場に倒れ込んだ。

 恐るべし、明燐。


「お騒がせしてごめんなさいね」


 他の少女達にも言うと、歓喜の声があちこちから上がる。

 お姉様と叫ぶものまで現れた。


 が、そんな彼女達に花のような笑みを一つ投げかけると、その後は一気に興味を無くしたように視線を外した。


 背後で少女達がバタバタと倒れていく音が聞こえてくる。


 明燐に魅了された者達の哀れすぎる末路だった。

 半日は意識を取り戻さないだろう。


「さあ、そろそろ帰りましょう」

「でも、そんなに荷物があると持って帰れないよ」

「大丈夫よ」


 何が大丈夫なのか?


 その意味は、店を出てすぐに分かった。


「アンタら……」


 そこで待っていたのは、軍の男性陣だった。


「荷物運びがちゃんといるから」


 飛ぶ鳥すら魅了するような声音で明燐が歌うように言えば、男性陣は次々と荷物を抱えていった。


「アンタら……それでいいの?」

「いいも何も……」


 逆らえるならとっくに逆らっていると疲れたように告げる男性陣に、茨戯は心の中で涙した。


「この分だと、他の場所で買い物をしている奴らも同じ感じね」


 此処にいる女性陣はごく一部。

 残りの女性陣は都の各地に散っているが、やはりそこでも此処と同じように男性陣が荷物運びとして使われているだろう。


 そんな男性陣を余所に、明燐が果竪の手を取り歩き出し、更にその二人を囲むように他の女性陣達が歩き出した。


 が――


「……だから、どうしてそういう風に……」


 たぶん、明燐達は無意識なのだろう。

 その匂い立つような色香と豊満な肢体をより魅惑的に見せる仕草に、老若男女問わず魅了される。


 豊満な胸が、形良い殿部が揺れる。

 しかもそのセクシーすぎる衣装が、更にそれを妖艶に見せる。


 バタバタと通行人が倒れ、それでも何とか意識を保つ者達が息も絶え絶えに呟く。


「あ、あれほどの美女は見た事がない!」

「特にあの朱色の髪の女性なんてもうっ」

「い、一度で良いから踏まれたい!!」


 そうして、突然嵐のように現れた明燐達に悩殺される者達が、その美しさを称えながら気絶していく中、一人がこう呟いたのを茨戯は確かに聞いた。


「十六、七歳であれなら、成人したらどれほど美しくなるのか――」


 ……ああ、やっぱりそう見えるんだ。


 茨戯はふっと笑って、明燐達を見た。


 そうだろう、確かにそう見えるだろう。

 でもね、アンタ方。

 明燐は十五歳にもなっていのよ。


 どれほど美しくても


 どれほど大人びても


 どれだけ豊満な肢体と色香を持っていても


 あの子はまだ


「果竪と同じ十二歳なのよ……」


 片方は十歳にも見えず、片方は十六、七歳かそれ以上にしか見えない。

 でも、そんなのは関係ない。


 疲れたように溜息をつく茨戯に、他の男性陣が労るようにその肩を叩いた。


 同じ十二歳なのに、全く正反対の二人。


 それは、軍の七不思議の一つとして後世に語り継がれる事となる。



挿絵(By みてみん)



*イラストの著作権は、イラストの作者様である『mick様』にあります。


このお話は、mick様から頂いた美麗イラストから想像したお話です♪

mick様、イラストどうもありがとうございましたvv

後でメッセージを返信させて頂きますね♪

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