自由をかけた鬼ごっこ③
まずは、茨戯編です♪
茨戯→朱詩→萩波の順で行きます♪
雨がざんざか降りつける中、果竪は門へと向かって走っていた。
だが、後宮の時とは違い、王宮のあちこちには警備の兵士が巡回し、見つかりそうになる事も何度かあった。
とはいえ、この降り注ぐ雨が上手く目隠しになってくれているらしく、寸前で危険を回避する事が出来ていた。
しかし……それでも、兵士達の姿を見つける度に遠回りを繰り返しているせいか、なかなか門へとたどり着けなかった。
「っ!」
また新たな兵士が此方にやってくるのが見え、果竪は素早く木の陰に隠れる。
この調子だ。
このままでは、自分がいない事に気付いた誰かが宰相達にでも報告してしまうかもしれない。
そうなれば、すぐに連れ戻されてしまう。
「あと……もう少しなのに」
遠回りはしているが、それでも着実に門へと近づいていた。
あの門を出れば、とりあえずの難関は突破出来る。
王宮に比べて、王都の警備はそこまできつくはないだろう。
「早く……外に出ないと」
王都に出た後も気は抜けない。
すぐに王都の外に脱出しなければ。
そうして果竪は兵士が居なくなった隙をつき、再び走り出した。
外に……自由になれる……
――後で思えば、何処か気が焦っていたのかもしれない。
外に、自由になれるという思いに気が取られすぎていた。
だからこそ……背後に迫る気配に気付かなかった。
雨を弾く術を纏わせ、宮殿の屋根の上に立つ。
そこから果竪を見つめながら、その薔薇の如き美貌に微笑を刻む。
「ふふふ……み~つけた」
まるで濡れ鼠のような姿。
間違っても美しいとは言えない容姿は、ずぶ濡れになり酷い有様となる。
だが、そんな少女こそが自分達の欲しいもの。
相手の事を思えば、このまま逃がしてあげればいい。
しかし……そうすれば、自分達の餓え、渇き、枯渇したものは何時まで経っても満たされない。
そんなのは二度とごめんだ。
それだけじゃない。
逃げた果竪はきっと蓮璋達の元へと向かう筈だ。
例え向かわなくても、向こうが追いかける。
そうしてあいつらは果竪と一緒に居るのだ。
最初に見つけたのは自分達なのに
ずっと一緒に居るはずだったのは自分達なのに
どうして……途中から現れた奴らにのうのうと居場所を盗られなければならない?
「逃がすもんですか」
逃がさない
絶対に連れ戻す
たとえ何処に逃れようとも、前のように凪国全土に発令して捕まえる
他国に逃げるならば、軍を差し向ければいい
どうせこの国に勝てる国などそう多くはない
ただ、十二王家に逃げ込まれるのは厄介だった
あそこは自分達でさえ決して抗うことの出来ない、絶対的な権力と神力を有する場所。
だから……そこに逃げ込まれる前に何としても捕まえる。
とはいえ、まずこの王宮から逃がす気はないが。
「さあ、鬼ごっこの始まりよ」
咲き誇る大輪の薔薇の様な妖艶な笑みを浮かべ、茨戯はトンっと屋根を蹴り宙に身を躍らせた。
門が見えてくる。
たぶん、門には今まで以上に厳重な警備が敷かれているだろう。
だが、ここで諦めれば外には出られない。
どうにかして兵士達の隙を突けないかと果竪は物陰から門を見て考える。
「何か……気をひけるもの」
そうは言っても、そんなものがある筈もない。
しかも叩付けるような雨が、果竪から体温を奪い体を震わせる。
寒さに思考が纏まらない。
手をすりあわせ、冷たくなった指先に息を吹きかける。
が、突然雨が当たらなくなった。
と同時に、背後に人の気配を感じ振り向こうとした果竪だったが、それより早く後ろから抱き込まれるようにして押さえつけられる。
「きゃあ!!」
「つ~かまえた。駄目よ~、周囲にもきちんと気を配ってないと」
前に教えたじゃない
そう言って、クスクスと笑う美声が果竪の耳元で囁かれ、更に甘い吐息がその耳を撫でる。
背後からでも分かる。
その美貌と、圧倒的なまでの気品に満ちた色香に、果竪は自分を捕える相手を悟った。
「い、茨戯」
「ピンポ~ン」
「お、お願い見逃して!!」
無理だと分かっていても、気付けばそう頼んでいた。
すぐに何を馬鹿な事を言ってるのかと恥ずかしさを覚えるが、もはや出てしまった言葉は戻らない。
「それ、言っても無理だって分かってる事じゃない」
「そ、それは……」
確かに言われずともわかりきっている事だ。
「それにしても、ここまで逃げてこれるなんて一体どういう奇跡かしら?」
「…………」
「言いたくないって事?まあいいわ。どうせ後で調べれば分かることだし」
そう言うと、茨戯は果竪の耳元で囁く様に言う。
「っていうか~、アタシからすると不思議なのよね~。こんなに大事にしてるのにどうして逃げるの?って」
欲しい物と思われるものは何でも与えている。
豪華な衣装に、美しい装飾品。
高価な調度品に、珍しい書物。
大きな宝石だって降るように捧げた。
その上、地位も身分もこの国では女性の最高位。
普通の女性ならば誰もが欲しがる全てのものを与えた。
なのに、どうして逃げる?
「他にも何か欲しいの? 教えて、持って来るから」
「……らない」
「ん?」
「物なんていらない!!」
「物じゃなければ人?」
違う、そんなんじゃない
私が欲しいものは
「自分の意思に反して閉じ込められてて逃げ出さない人なんていない!!」
「仕方ないじゃない、閉じ込めないと盗られるもの」
「っ?!」
キョトンとした様子の茨戯に果竪は目を見開く。
「な……」
「だってそうでしょう?ちゃんとしまっておかないと、泥棒に盗られるじゃない」
「泥棒って」
「いるじゃない。蓮璋達が。あいつらは泥棒だわ。勝手にひとの物を盗っていく薄汚い奴らよ」
「何てことを言うの!!」
「果竪こそ変よ。こうして在るべき場所に戻ってきたのに、逃げ出そうとするなんて」
「在るべき場所?」
此処が?
「そう、この王宮がアンタの居るべき場所よ」
「違う」
「違わないわ」
「違う!!」
そう言って腕の中から逃げ出そうとする果竪を更に抑え付ける。
嫌だ嫌だと喚き暴れる姿は、他の者であればみっともないと思うが、それが果竪だと微笑ましく思えるから不思議だ。
「さあ、帰りましょうね~」
「やだあ!!」
手足を振り回すが、腹部に回された腕が離れる事はない。
「何にもいらない。何にもいらないから自由にして!!」
「だ~めぇ」
「やだやだ!! 蓮璋、柳鵬、助け……痛い!!」
突然腹部を捕える腕の力が増し、果竪が苦しげに呻く。
その様子にハッとし力を弱めるが、怒りは収まらない。
蓮璋、柳鵬、子晏、旻恋……名を挙げたらまだまだ出て来る――最初に果竪が逃げた時に手を貸した奴ら。
それだけではない。
蓮璋は愚かにも萩波に、王妃である果竪を賜りたいと言った。
あの時の事は今思いだしても腸が煮えくりかえる。
何でも望みは叶えるとの事だったゆえに、萩波は頷くしかなかった。
それでも果竪が嫌がれば破棄になったのに、予想外にも了承してしまった時には全員の顔から血の気がひいた。
果竪は騙されているのだ。
蓮璋と、彼の仲間に。
渡す気などなかった。
だから、丁度起きた騒動を収めよと蓮璋を遠方の地に追いやり、果竪を捕えにかかった。
既に蓮璋と共に行くべく準備していた果竪をそそのかし、王宮の奥深くに閉じ込めようとした。
なのにあと一歩のところで果竪は危険を察知して逃げ出し、途中で合流した柳鵬達と共に逃げ出したのだ。
しかも蛍花まで盗られ、今度はあの男がぶち切れた。
長かった
長い時をかけてようやく連れ戻した
蛍花も無事に捕えてあの男に渡し、自分達は果竪を塔へと隠したのだった
もう二度と逃がさない
もう二度と奪わせない
自分達から果竪を盗る者達は全員
コロシテヤルと願いながら
グッタリとする果竪を抱え直しながら、茨戯はふっと微笑む。
あいつらの事なんて思い出すな。
果竪はこの手にいる。
奴らのことなど、自分達が与えられた屈辱など思い出したくも
――どうか思い出して下さい!! 本来の自分達を!!
脳裏に蓮璋の叫ぶ姿が蘇る。
――誇り高き凪国の統治者達である本来の姿を!
――この国がこれほど繁栄したのは貴方がたの尽力があってこそ! 貴方がたは行き場を失った難民達が安心して暮らせるように国を建て、あらゆる外敵から守ってくれた!!
――どうか、オレ達が心から崇拝し敬愛した陛下達に戻って下さい!!
ツキンと頭が痛む。
煩い、何が本来の姿だ。
アタシ達は昔から今までずっと本当の自分達のままで居る。
茨戯は忌まわしい声を振り払うように頭を振ると、果竪へと視線を向けた。
「にしても、凄い格好ね~」
既に術をかけて雨が弾かれているとはいえ、すっかりとずぶ濡れになった果竪は、端から見れば幽鬼のような格好である。
クルリと体を回して向かい合うようにし、顔に張り付いた髪をどけていく。
が、その手が突如止まった。
(これは……)
露わになった顔が。
水を弾く白い肌に濡れた唇が。
髪の張り付いた首筋やちらりと見える胸元に咲く幾つもの紅い華が。
茨戯を誘うように扇情的な色香を放つ。
自分の知る果竪は、色気も何もない少女だった。
勿論、少女らしい穢れの無さは失っていない。
それどころか、どれだけ穢されてもなお透き通る湖面の様な清廉さを、朝日に濡れた朝露の如き清らかさを讃えていた。
しかし――それでいて、ゾクリとする匂い立つ様な女の色香を漂わせ始めている。
これも、萩波との毎夜の成果か。
腕の中でジタバタと暴れる果竪を見つめながら、茨戯は口の端をつり上げる。
が、その時くらりとするほどの芳しい香を感じる。
これは何処から香るのか?
ふと視線をずらし、茨戯は嬉しそうに微笑む。
ああ、ここだ
そして――
ペロリと首筋の紅い華を舐めあげる。
「やっぱり……ああ、でも――思ったより甘いわね」
うぎゃぁぁぁぁ!!と叫ぶ果竪の口を掌で覆い、茨戯はその甘さに酔いしれる。
ついつい匂いに釣られてしまったが、こんなに甘いとは思わなかった。
しかも、しつこい甘さでも、下品なほどの甘ったるさでもない。
今まで口にした事がないほどの美味。
その上、先程茨戯を惑わせた香り――肌から香る香りは、思わず包まれたいと思うほどに心地よく気品に富んでいた。
昔は……何の匂いもしなかったというのに。
茨戯はしげしげと果竪を見る。
昔は、傍に居るのが心地よかった。
妹のように可愛がり、果竪が自分を兄のように慕うのが嬉しかった。
けど、これほど渇望して止まない苦しいほどの思いは
(でも、それは恋ではない)
狂おしいほどの独占欲は、恋ではない事を茨戯は知っていた。
――知ってますか? その昔、全てにおいて完璧な化け物に心を与えたもの達の事を
最初の一人は『白き調律師』と呼ばれた
彼女が完璧故に不幸だった化け物に幸せを掴む心を与えた
自らが枷となる事で
それからもしばしば枷が現れた
化け物は枷を愛する
自分達に心と幸せを与えてくれた枷を何よりも大切にし愛するのだ
そしてそれは、化け物であればあるほど思いは強い
(アタシも……アタシ達も化け物なのかもしれない)
時に枷は複数の化け物を自らでつなぎ止める
そんな枷は化け物にとって酷く心地よい香りを放つという
その香りに酔い、甘さに我を忘れるのは化け物である証
前々からその予兆はあったが、今こうして茨戯が狂ったのは、紛れもない化け物だという証拠
一番の化け物は萩波
でも、自分達も本当は化け物なのかもしれない
だからこそ、萩波を止めるどころか寧ろこうして力を貸す
これは自分達の意思
自分達の意思で枷を捕まえる
その愛情はもはや狂っている
枷以外はどうでもいい
枷を留めるならば全てを滅ぼして良い
それは逆に言えば
「枷の逃げ場を消してしまえば良いと言うことよ」
「っ!」
化け物達は枷を傷つけられない
傷つける気もない
だから、代わりに逃げ場所を消す
化け物は枷を愛する
例え枷に愛されなくても、唯ひたすらその愛を求める
けれど余りにも、その愛が重すぎて命を絶つ枷もいる
枷がいなければ、化け物にこの世に未練はなく、化け物もまた後を追う
それがありあまる力と寿命を持ち、全てを手にしながらも不幸のどん底に居た化け物の宿命
枷の願いも全て無視して
「ここで戻らなければ、逃げ場所を全部消しにかかられるわ。そうすればもう、逃げる場所はないでしょう?」
口を塞いだまま、耳元でそっと囁く。
自分も化け物。
今なら分かる。
これほどまでに果竪を捕まえようとするのは、自分も化け物だから。
けれど、自分以上に化け物である萩波は、果竪が居なくなればきっと止められない。
全てを壊し尽くし、枷である果竪を再び手にするまで破壊し尽くす。
「そうなると困るでしょう?」
「…………」
自分は少しでいい。
だって、果竪は萩波の枷だから。
ただ一緒に居るだけで良い。
一緒に昔のように――
だから
「戻りま…」
果竪の良心を絡め取るように言いかけた茨戯だが、最後まで言い切らないうちに途切れる。
その時、何かが弾けるような音が茨戯の耳に届く。
そのさい、地面が激しく揺れる。
二人とも知っている現象だ。
何かが結界に触れたのだ。
「何? ちょっ! 果竪!!」
茨戯の手を振り払い、果竪が距離を取る。
「私は帰らない」
「果竪」
「やっぱり私が居ると駄目なのよ」
果竪は泣きながら言う。
「調律師は災いの存在。崇高なる気高き神を堕とす『神堕とし』の存在」
「っ?!」
「私は『調律師』。調律師は災い。私が傍に居たから、みんなが狂い始めた」
あれほど気高く誇り高かったのに、今は見る影もなくなってしまった夫や仲間達。
やはり自分の存在が彼らを狂わせたのだ、不幸にしたのだ。
「昔のみんなならそんな事は言わなかった。なのに、そんな風になってしまったのはやっぱり私が居たから」
「果竪、それは違うわよ!!」
「違わない!! やっぱり一緒にいる事は出来ない」
そう叫ぶと、果竪は走り出す。
「待ちなさい!!逃げないで、逃げるな!!」
アンタが逃げたら
「アタシ達は逃げ場を潰して行かなきゃならなくなるじゃない」
逃がすつもりはない。
どんな事をしても捕まえる。
それには、逃げ場所を潰す必要がある。
「ちっ! さっきの事がなければ……」
あの結界への衝撃がなければ、そのまま連れ戻せたのに。
「アタシの落ち度だわ」
「そうだね~」
「朱詩?!」
ハッと声のした方を見れば、すぐ隣の大樹の枝で足をぶらつかせながら座って居た。
「遅いから見に来たんだよね」
「見に来たって……」
「果竪に逃げられちゃったみたいだね」
その言葉に門の方を見れば、果竪の小さな姿が見えた。
先程の衝撃で緩んだ警備の隙を突き、果竪が外へと飛び出していく。
「すぐに捕まえに行くわ」
「あはは、それは無理~」
「は?」
「結界の一部が壊されたらしいから、そっちに行くようにって宰相からのお達し」
「アンタが行きなさいよ、この結界博士が!!」
朱詩よりも結界に詳しい者はおらず、こういう場合はどう考えても自分ではなく朱詩が行くべきだろう。
「僕は無理だよ。だって果竪を捕まえないと」
そう言うと、朱詩は数字の書かれた紙を取り出す。
「だって僕が二番手だし~?」
「だからそれはアタシが」
「失敗したじゃん」
朱詩の鋭い指摘に言葉を詰まらせる。
「でも、だからって別にお仕置きとかあるわけじゃないよ? 仲間は大切にしなきゃね~」
「……仕置きされた方がよっぽどいいわ」
「え? 茨戯ってM? Mなの?!」
「煩いわね!! この隠れドSが!!」
「あはははは、公開鬼畜よりマシだって~」
某魔界の気高き魔王に言われた言葉をそのまま使う朱詩に、茨戯は頬がひくつくのを感じた。
あの腹黒国王を公開鬼畜と笑いながら言えるのは、世界広しといえどこいつぐらいなものだろう。
「で、さっさと行った方がいいよ~」
パタパタと手を振る朱詩に茨戯は呆れた。
「そこまでして、自分が果竪を追いかけたいの?」
「勿論! 楽しそうだもん」
久しぶりの果竪との追いかけっこ。
「……昔は果竪のお気に入りの大根のヌイグルミを奪って逃げてたわよね」
「楽しかったよ~。必死になって追いかけてくれてさ」
そして後で宰相に頭を叩かれていた。
今思えば、一番迷惑を掛けられていたのは宰相だったかもしれない。
「って事で、ほら、行った行った」
「……怪我はさせるんじゃないわよ」
そう言うと、茨戯は雨に溶け込むように姿を消した。
「怪我させるんじゃないって?」
茨戯はふっと何処か小馬鹿にしたような顔で笑う。
「そんなの、当たり前じゃん」
怪我をさせるならば三流でしかない。
「それに、果竪には傷一つつけずに連れ戻せというのが、そもそものお達しだし~?」
まあ、お達しがあろうとなかろうと怪我させる気なんてないけどね。
他の誰が傷ついても別にどうでもいいが、あの小さくて華奢な体が傷つくのはどうにも我慢ならない。
「さあ~て、鬼ごっこの続きを始めようか」
そうして二回目の鬼ごっこが始まる。
どうでしたか?(苦笑)
健全を目指したけれど、この時点では果竪馬鹿を越えて果竪狂いに発展してしまっているので、あんまり健全な感じにはなりませんでした……。
因みに、朱詩もそんな感じですね……。
そして、宰相と寵姫は王宮であ~んな事やこ~んな事をしていると予想された方がおりますが、それはほぼ正解です。
寵姫はかなりの頻度で忍び込んできてますし(笑)
そして……また寵姫と正妃の話を書きたいと思ってますが……寵姫×正妃って需要ありますかね?