表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/41

堕とされた果実 後日談(茨戯編)②

あれは、まだ果竪が迎え入れられて間もない頃だった。

まだ軍も今の半数ぐらいで、何度か敗走も経験していた。



その時も、何時もと同じように街に滞在し、そこの支援者と契約を交わし街を襲う敵軍と戦った。



けれど、その時の敵は酷く狡猾で戦いは非常に長引いた。

味方の戦力を考え、一度退こうとした萩波の指示に従い後退が始まるも、奇襲によって軍は分断された三分の一の仲間達が街から遠く離された所で敵に囲まれて戦う羽目となった。

そちら側には、自分――アタシも含めて朱詩や此処に居る仲間達も所属していた。




事件はそこで起きた。




萩波はすぐに本隊を動かして敵軍を囲い込む作戦を立てたけど、怖じ気づいた領主によって跳ね橋が上げられ本隊は街の外から出られなくなった。



完全に孤立したアタシ達。



どんどん街から引き離されていき、近くの岩場に追い込まれた。

助けは来ず、夜を迎えた。



その日は新月だったから、敵も攻めることは出来ず束の間の休息を得ることが出来た。

けれど朝日が昇れば再び戦いとなる。

そうなれば全滅する。ならばせめて女達だけでも逃がそうという事になった。

男なら皆殺しだが、女ならば欲望の対象として死ぬよりも酷い目に遭わされる。

見目麗しい男達もその対象とはなるが、それでも幼い女子供が被害に遭うよりはよっぽど良いと覚悟を決めた。



そうして迎えた次の日、もはや命運も尽きると行ったその時である。



果竪が一人馬に乗って駆けて来たのは――




『これ使って!!』




そうして果竪が差し出したのは、神気を増幅する宝玉の数々。

既に神気もつきかけ術の一つも満足に放てなくなっていた自分達には生命線とも言えるものだった。


その上、果竪は治癒の力を宿した宝珠も持っており、それですぐに仲間達の傷を癒した。

何故こんなものを持っているのかと聞けば、領主の舘の宝物庫から獲ってきたのだと言う。



皆で呆れれば、果竪は怒り出した。




こういう時に宝珠を使わずいつ使うのかと




飾っていたって何にもならない、でもこうして持ち出せば今皆を癒す事が出来たように多くの事に使えるのだと



その言葉は確かにアタシ達の心に響いた。



でも、もっと驚いたのはその後。



必死に街まで戻って来たはいいものの、跳ね橋は上がったまま。

どんなに頼んでも跳ね橋は下りなかった。




そして再び敵に囲まれた



敵はアタシ達を囲みつつ、門への攻撃を仕掛けようとしていた。

全滅する――誰もが今度こそ覚悟した。

そこに飛んできた一本の矢。

それは鉄の囲いを通り抜け、見事に跳ね橋のレバーへと突き刺さり、アッという間に跳ね橋を降ろしてしまった。



見ればそこには弓を抱えた果竪が居た。



死んだ敵兵の弓矢を手にとり見事に跳ね橋を降ろしてしまった果竪に、全員が戦いのまっただ中だと言うのに呆然とした。



こいつ、もしかしてもの凄い戦力?って




でもそれは宝珠の力だった




その昔、名を馳せていた凄腕の名手の意思を宿した宝珠のその力は、持ち主の弓の腕前を一


定時間引き上げるというもの。

それも宝物庫の中にあったのだ。

それを利用し、果竪は矢を放ったのである。



跳ね橋が下りきる前に一斉に出てた本隊。

それは驚く事に数を増していた。


なんと領主の軍隊も居た。

領主の情けない態度に愛想を尽かした兵士達が萩波に付き従い本隊に加わったのだ。





そうして勢いを取り戻したアタシ達の軍は見事に勝利したってわけ





茨戯はフッと笑う。




まあ、その後は結構色々とあった。


特に、街の跳ね橋が戦闘時に下りてしまった事が問題となった。

運の悪いことに果竪が弓を放った事を見ていた兵士がおり、しかもそれが領主側の者だった事で激しい追求を受けた。



一歩間違えれば民を危険に晒す行為だと




けれど、果竪は予め逃げ道を用意していた。


果竪は敵の矢を使った。

それは唯の偶然でも何でもない、意図しての行為だった。

自軍の矢を使えば言い逃れは出来ない。完全に自分達側の愚かな行為として処理される。

けれど、敵の矢を使う事でそれは敵が放ったものだと言い放ったのである。


確かにあの時は敵味方が入り乱れて抗戦しており、幾つかの矢が飛んでいた。

しかも敵は門への攻撃を仕掛けようとしていた。

その攻撃の一つが跳ね橋のスイッチにたまたまあたっただけ。


勿論反論する者達も居たが、果竪が矢を放った所を見た者達は告発してきた兵士を除けば後は自分達ぐらいである。


それでなくとも、そこの領主は民達に人気がなく、寧ろ街を危険に晒すことになっても仲間達を助けようと動いた果竪へと同情票が集まった。

それにこちらの情報操作も効を奏し、最終的に自分達が助けを求めた側なのに味方を見捨てようとした領主側に問題があると民達が騒ぎ出した。


もともと、危険を冒してでも自分達を助けに来てくれた自分達の軍に民達は好意的だった。


まあ、ある一定の物資、それも街に負担のかからない程度と引き替えに命を賭けて自分達の為に戦ってくれた軍に行為を持たない者はいないだろう。

もし軍が駆けつけてこなければ略奪と殺戮の対象となり街は滅んでいたのだから。



それでも領主側はしばらく煩かったが、最終的に領主が退任してしまったのだから宝物庫の件もお咎めなし、跳ね橋の件も有耶無耶となった。

しかも領主の私兵達も軍に加わりこっちとしては良いことづくめの結果となったのである。




そして――それからよね、みんなが果竪を見る目が変わってきたのは




たった一人で街を抜け出し、必死にアタシ達の所まで戦場を駆けて来た果竪




馬鹿だ馬鹿だ




なんの役にも立たない唯の餓鬼




そんな風に考えていたのに、実は色々と考えてて




馬鹿どころか、本人が気付いていないだけで多くの事を自分達から学んでいた




唯の子供に、後々査問される事を予想して言い逃れる為に敵の弓矢を使うなんて考えられるわけがない




あの時の言葉を今でも覚えて居る。




――だって、こんな時に跳ね橋を降ろすことは危険な事だもん。



果竪はそう言って笑った。



――それを……幾らみんなを助ける為に行うって言ったって絶対に後で責められるのは目に見えてる。跳ね橋を降ろしても敵が攻め込まなかったのは結果論にしか過ぎない。そう言われたらそれ以上は何も言えない。



――まあ、そうよね




そう自分は言った。



――でも、跳ね橋を降ろさないと助けられない。助ける為に跳ね橋を降ろしたい。ならば、跳ね橋を降ろしたのは敵の攻撃ですって言い切れるようにしてしまえばいい。



その為に敵の矢を使ったのだと笑う。



――自分達じゃない、敵がやった事だって言えばそれ以上は言えない。言ったとしても、逃げ切れる。




そこで、でも――と果竪は言った。



こんな事は屁理屈だと分かっている。

むちゃくちゃな回答だとも。


街の人達を危険に晒したのは紛れもない事実。


そしてこうも言った。


自分のとった方法は所詮、法に反した決して褒められるべき事ではない正しくない方法なんだと。


それを理解して行ったのだと。



――法律に則るのならば領主様達を説得して、皆の同意を得て門を開けるべきだった。だから、その時間がないからといってそれをせずに跳ね橋を降ろした事は紛れもない罪。それは分かってる。



でも、目の前で失われそうになる命を、そのめちゃくちゃな対応でも助けられるならば自分はその方法を迷いなく選び取ったと。



――終りよければすべて良しとは言わない。終わりが駄目な場合だってある。そして終わりが良いからと言って私の罪は消えない。だからこの罪は私がきちんと背負っていくよ……。




だが、果竪のやった事はそれほどめちゃくちゃではない。

確かに手続きというものは存在し、それを無視する事は罪である。

全ての手続きが無視されれば何の為に手続きや法というものが存在するか分からなくなる。



しかし、最初からその手続きが行われなかった場合は?



遂行される筈の契約が遂行されなければ?



あの時、自分達はかなり早く街の門へと辿り着いた。

まだ敵は来て居らず、跳ね橋を降ろして自分達を中に入れるだけの時間はあった。

もしかしたら潜んでいる敵が居たかもしれないが、だからと言って跳ね橋を降ろせないまでの危険性ではなかった。



だがそれでも領主側は跳ね橋を降ろさなかった。




その時点で色々と契約にひっかかっていた事を知ったのは後日の事である。



敵がある一定の距離内に入った場合は跳ね橋は上げないが、もしその距離よりも遠くに居た場合、自分達の軍が助けを求めた場合は跳ね橋を上げるように契約が為されていた。




なのに上げない



つまり既に領主側が先に契約を破棄していたのである




緊急時だから仕方ないと領主側は言い張った




ならば最初から契約など何の意味もなさないことになる。

先に契約を破ったのは向こう。


果竪が罪人ならば領主側だってまた罪人なのである。



契約不履行という――



なのに、街の者達を危険に晒したのだと反省する果竪とは反対に最後まで言い逃れする領主側に多くの者達が失望したのは言うまでもない。





あれから数年。

まだまだ混乱期まっただ中だけど、もしあの時果竪がこなければきっと今の自分達はなかっただろう。

というか、分断された自分達はあの時点で間違いなく死んでいただろう。



あれから果竪は乗馬や弓矢を練習したが、弓矢は宝珠の力がなければ全く才能がないのか上達せず、乗馬も緊急時でなければ乗りこなせないというように、よく落馬していた。


それどころか馬にさえ馬鹿にされる始末。

最弱の能力も強まることなく、たぶん隠された潜在能力と言う物もないんだと思う。




そんな相変わらず戦場に向かない子




きっと何処か戦いのない平和な街の家の養子になれば、それなりに幸せを掴めた筈




でも、たぶんそれはもう二度と叶わない




だって……もうみんな気づき始めたから




いつの頃からだろう?




自分達の欠けている部分が少しずつ戻って来たのに気付いたのは。

一番最初に気付いたのはたぶん萩波。

そして次に明燐で、その後はまあ似たようなものだと思う。

それまで失われる一方だったのに、気付けば溢れるほどに増えていた欠けた部分。

殺伐としていた筈の軍では笑い声が聞こえぬ日々はなくなり、辛くても希望を抱くことが出来た。




『早く戦いが終るように頑張ろうね』




そうして今でも果竪が影で努力をしている事は皆が知っている。

術も武術も全く才能がないしその能力は最弱だけど、それでも果竪は努力を止めない。



まあ、言ってみれば馬鹿な子ほど可愛いというものだろう



皆が暇を見ては果竪の勉強を見ては相手をする



そんな事は果竪が来るまでは全く考えられなかった








「果竪が居ると楽しいのよ」



仲間が言う。


ハッと我に返れば、仲間達は果竪談義に興じていた。



「いい?後できちんと謝るのよ、朱詩」

「ふ~んだ!」

「果竪に嫌われたって知らないぞ」

「う、煩いな!僕は悪くないんだから」

「相変わらず素直じゃないわねぇ」



茨戯が言うと、朱詩は頬を膨らませた。

15歳の男がそれをやると気持ち悪くないかと思いつつも、朱詩のような天使の様な清らかな美貌の場合は寧ろ可愛らしく見えた。


それに呆れつつも茨戯は口を開いた。



「果竪の事が心配ならきちんと言いなさい。そうすれば、きっと向こうだって分かってくれるから」

「………………………」

「いいわね?」



ちょっと脅しも込めて微笑めば朱詩が青ざめた顔でコクコクと頷いた。



その時である。

バタバタと遠くから走る音が聞こえたかと思うと、部屋の扉が勢いよく開かれた。



「ごめんなさい、果竪はここに居るかしら?!」



顔を出したのは明燐だった。

戦場で身に纏うような露出の激しい服ではなく、普段着の簡素な衣を身につけただけだが、明燐が身に纏えば清楚な装いへと変化した。

その上、頬を火照らせ荒い息を吐く様は酷く扇情的だった。


だが、そこで欲情するような若輩者は此処には居ない。

至極冷静に仲間の一人が明燐に答える。



「さっき来てたけど」

「さっきって何時?」

「え~と……三、四十分ぐらい前?居ないの?」

「居ないのよ」

「部屋は?萩波様の所とか」

「そこにもいないの」

「じゃあ外で遊んでるとか」

「外って、もう夕飯も終ったこの時間に?」



既に日は沈み外は闇に包まれている。

今宵は月が大きく欠けており、代わりに星の光が地上を照らす。



「だ、大丈夫よ、果竪の事だから……」



そう言いつつ仲間が言葉を詰まらせる。

ハッと目を見開き何かに行き着いたらしい。



その様子に、他の者達も何かに思い当たる。




それは先程の朱詩の言葉。





『あの領主は部下に果竪を攫わせて外に捨てた』





もしや、また――





「みんな居ますか?!」

「明睡!」



息を切らせて走ってきたのは明睡だった。



「数人一緒に来いっ」

「ど、どうしたの?!」

「あの馬鹿が外に出たから連れ戻す」

「馬鹿って……まさか果竪?!」

「ああ、何でも街の中を歩いてるところを見た奴がいるらしい」

「なんで止めないのよ!」

「見たのは町民だっ!!仕方ないだろうっ」

「お兄様、私もっ」

「明燐は此処に居なさい」

「でも!」


自分も果竪を探しに行くと騒ぐ妹に明睡は優しく微笑む。



「外は寒い。果竪も体が冷え切ってる筈だ。明燐は此処に居て、果竪が戻って来たらすぐに体を温められるように手配して欲しいんだ」

「お兄様……分かりました」



そう言うと、明燐はパタパタと部屋を出て行った。



「明睡」

「俺は先に行って用意している。すぐに来てくれ」



そう告げると明睡は部屋を飛び出した。


すぐさま一斉に動き出す仲間達に茨戯は制するように口を開く。



「アタシが行くわ、他のみんなは此処に残ってて」

「え?!」

「でも、こういうのは多い方が」

「馬鹿ね。私達みたいな特殊なのが大勢街の中をうろついていたら向こうがびっくりするでしょうが」

「それはそうだけど……」

「それに……萩波の傍には出来る限り多くの者達が居る方がいいわ」



ここの領主側の者達も萩波を取込もうとしている。

特に、領主の姫君達はあの手この手で萩波を手に入れようとなりふり構わず接近している。

そいつらから萩波を守るにはやはり信頼出来る者達が傍に多くいる方が良い。



「でも、流石に茨戯一人だけではな」

「そうね――明睡も数人って言ってたから、あと1,2人は必要ね」

「僕も行く」

「朱詩」

「たぶん僕のせいだから」



そう呟く朱詩の顔は何処か傷ついていた。


さっきの自分との言い合いで果竪が飛び出してしまったのではないかと心配しているのだろう。



「ただの散歩かもしれないわよ」

「………………………」

「もう!大丈夫だって!!」



そう言って朱詩の頭をぐりぐりと撫でると、他の仲間達も慰めの言葉をかける。



「気をつけてね」

「ええ、後は任せたわよ」



仲間達にとびっきりの笑顔を向けると、茨戯は朱詩を連れて部屋を飛び出した。



次は後編です

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ