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堕とされた果実 後日談(朱詩編)


バサバサの痛んだ髪。

荒れた肌。

鼻の頭には雀斑があり、頬は少しこけてて顔色も悪かった。

酷く荒れた手は本当にガサガサで、痩せた体は枯れ枝を思わせた。

でも、農作業をしていたとかで体力だけはあった。



そんな女の子がある日、萩波によって連れられて来たんだ。

みんな驚いていたよ。



でもね――最後を、体力に関して除けば、別に珍しくなかった。

だって今のこの時代、皆餓えて痩せてるし。

肥え太っているものなどごく一部の階級の者達だけ。

よく人の戦を見て嘲笑う者達が居たけど、そいつらこそ滑稽だった。

神だって何も変わらない。

一部の者達だけが良い思いをして、それでも足りなくて暴走した。


それに耐えきれなくなった人達が挙兵し、うちの主もそれに追従して挙兵した。

その数は増し、更に大きな流れとなってヤツラを打砕くだろう。



でなければこの世界は消滅する



でもさ……それはそれで良かったんだ。

流されるように生きるのは得意だしね。



親に売られた小さな僕を、人買いは花街に売った。

そこで売られていたのは女の人達が多かったけど、見目麗しいからと言って僕も早々に客を取らされた。

男なのに女装させられ、足の腱を切られて逃げられないようにされた。



まだ5歳だった



自分の意思も何もかあったものじゃない。

幼い体は変態男達の欲情に引き裂かれボロボロとなった。

どんなに洗っても消える事のない男の臭いに自分の体に傷つけた事もあった。

そして郭の主人に売り物にならなくなると殴られた。

そんな地獄の日々。


でも――僕も男。

成長すれば自然と女装も似合わなくなるだろう。

だけど、郭の主人達の怨念でも降り懸かっていたのかこの体は男らしさを失っていた。


中性的な肢体は男達の欲情をそそるような艶めかしさを醸しだし、顔も中性的で、俗に言う天使のような清らかな美貌となった。




そしてよりいっそう男達に貪られた体




嫌だと叫んでも聞いては貰えない



やめてと泣いても誰も助けてくれない




ならばやるだけ無駄




いつしか全部諦めた





めんどくさい、全てがめんどくさい




どうせ何をしたって変わることなんてない




全てが白黒に見えていた





来たければ来ればいい……そんな風に突然現れて、当時人身売買を率先していたうちの郭を潰した萩波に何気なくついていった後も、全てが白黒




自由になっても別に何にも変わらない




楽しい事なんてなかった




ならば全部潰れてしまえばいい




一刻も早くこの混乱期を終らせる為に動く主に従いながら、心の何処かでそれを願っていた




どうせ混乱期が終ったって全てが白黒なんだから




なのに、そんな面倒くさがり屋な僕の前に萩波がつれて来た少女は僕の視界に再び色を取り戻した





バサバサの痛んだ髪。

荒れた肌。

鼻の頭には雀斑があり、頬は少しこけていた。

酷く荒れた手は本当にガサガサで、痩せた体は枯れ枝を思わせた。

でも、農作業をしていたとかで体力だけある女の子。




うちの軍以外、主に好意を持つ女性達は醜いと言うけれど




僕達にとっては見た事もないぐらい輝いていたんだよ――果竪




だって暗かった軍に光を



僕の世界に色を取り戻させてくれたんだから









「ねぇ、明燐はうちのお姫様だよね!!」



何を見たのか知らないが、ある日突然果竪はそんな事を言ってきた。




ってか明燐がお姫様?寧ろ女王様だって




戦闘時に扱う武器は鞭だし、炎や水を鞭のように扱う事なんて毎度のこと。

それにこの前なんて自分が履く踵の細い靴で、自分を厭らしい目で見ていた敵の腹や背中をぐりぐりと踏んづけていた。



自分達の戦いは主に殺し合いだ。

その為、相手の返り血を浴びる事なんてしょっちゅうだった。

だけど、そうなると洗濯が面倒だと言って明燐が主に身に付ける服の素材は皮。

しかも露出が多い衣装である。

大きくカットされた胸元から除く零れんばかりの胸は眩しく、服の裾なんて膝上15㎝。

そこから伸びる白くほっそりとした脚はストッキングに包まれ、見え隠れする太ももを伝う黒のガーターベルトは酷く淫猥。

大抵の男がその姿を目にするや否や悩殺されていた。




でもね





明燐はまだ12歳。

果竪と同い年。



かたや果竪は寸胴で色気も皆無。

年齢よりも幼く見えてしまうという容姿。

かたや明燐は年齢に似合わぬ露出の高い服装もそうだが、その華奢ながらも豊満な体つきは到底12歳には見えない。



まあ、どう見てもいいとこ10歳ぐらいにしか見えない果竪もそれはそれで問題だが……




自分として恐ろしいのは明燐の方である




成人の女性よりも遥かに豊かで蠱惑的な肢体を露出の多い服で包み、妖艶なる色香を漂わせながら鞭を振るい靴の踵で相手を踏みつぶす。




『おっほほほほほ!!生きている事を後悔するがいいですわっ!!』

『ああ、女王様もっと~~////』




その笑みは酷くさわやかで美しく、反対に踏まれながら恍惚の笑みを浮かべる禿頭の中年男はとっても気持ち悪かった。



そのうち亀甲縛りとかやり出すんじゃないだろうか?



「末恐ろしい12歳だ」

「何が?」



果竪には悪いけど絶対に明燐はお姫様じゃないよ。

寧ろ軍の誰に聞いても女王様だと答えるよ。



っていうか、寧ろうちのとこのお姫様は果竪だって



「明燐凄く美人だよ」

「うんそうだね~」

「頭も良いし、何でも出来るし」

「うん、明燐に出来ない事ってないよね」

「やっぱりお姫様だよ」

「違うよ~。お姫様は出来ない事が結構多いんだよ。それにか弱いんだ」



普通のお姫様は、というか大抵はそうな筈



だから――普通のお姫様の枠組みに当てはめるならばお姫様は果竪の方があっている。



「果竪の方がお姫様だよ」

「は?なんで?!」



納得出来ないと言った様子の果竪に僕は笑う。



「どうしても」



でもね、果竪




本当は果竪も一般のお姫様の枠に全て入ってるんじゃないよ




だって果竪は王子様の助けを唯待つだけのお姫様じゃない




寧ろ何とか自分の力で助かろうと色々とする新しいお姫様だから





萩波がつれて来たお姫様は壊れていた。

ねじを巻きすぎて壊れた機械人形のように、元気が良すぎて笑い続けていた。

悲しみも涙も何処かに置き忘れ、泣くことの代わりに笑っていた。

でも、他の壊れた子とは少し違った。


笑顔だけど何処か人を寄せ付けない雰囲気を漂わせ、来る者拒まず去る者追わずの萩波が唯一執着していた少女。




そして僕の視界に色を取り戻してくれた女の子。




ねぇ?君は知らないよね?




君が来る前は本当に面白みのない生活だったんだよ




期待することを止めて、諦める事ばかりして、その諦める事さえも面倒くさくて




「おかしな朱詩」

「あははははは!!そうだね~」

「いいもん!他の人に聞いてくるからっ」




そう言って走り出した果竪。

と、果竪の先に地面から突き出た石があるのが見えた。

それを見て思う。




ああ、何時も通り。





ビタンと果竪が石に足を引っかけてスッ転ぶ。

それは見事な転びっぷりで予想通り。




「あ~あ、大丈夫?」

「……………………」




今度は予想とは違う。

何時もは泣かない果竪。痛くても我慢する。



けれど今回は――



「い、痛い……」

「膝が割れてるからだよっ」



先の尖った石で膝を割ったらしくそこから血が流れ出していた。



うわぁぁ、こりゃ結構深い

傷跡なんて残ったら萩波が切れるよ



「て、手当して貰ってくる」



そう言ってひょこひょこと歩き出す果竪に溜息をつく。

そんな状態で歩いたら余計に痛いだろうに。

だから後ろから果竪をひょいっと持ち上げて抱き抱える。

驚いた顔が僕を見つめる。



「ほら、行くよ」



首に手を回させて歩き出す。






初めて会った時には萩波がつれて来たというだけで驚いた。

でも、他の人とは違って唯それだけ。

すぐに興味を無くした。



どうせこの白黒の世界は変わらない




何をしたって変わらない




叫んでも拒んでも泣いても




望んでも望まなくても




予想通りの事が起きるだけなのだ




だから何もしない





そんなある日のことだ。

果竪が一人で歩いているのを見かけた。


その先は、森の中。

冬だから雪も多く、しかも深いから子供が一人で入ればまず間違いなく迷う。



そしていつもどおり自分は唯見ている




筈だった。




なのに何故かあの時だけは違い、自分は声を掛けた。





――迷うよ




そんな事を言っても無駄。

どうせ何をしたってなるようにしかならない。




そしてその時も同じだった。





――迷わないもん





例え何を言おうと、既にそう決めている相手の行動は変えられない




というか、それは予想通りの答えだった筈




それで帰れば良かったのだ




でも




果竪がくるりと振り向いて言った




――……一緒に行く?




予想外の言葉だった。




――なんで?



――だって一人だと危ないんでしょう?なら二人なら危なくないよ



――ってか、このまま僕を残したら言いつけられるからじゃないの?



――う~ん、それもあるかもね




そう言いながら、早く早くとせかす果竪に僕はなぜだか一緒に行くことを決めた。




――ってかさ、もし僕が現れなかったらどうしたのさ?



――一人で行ったよ、最初の予定通り



――ふ~ん、じゃあ声を掛けなければ良かったかな



――どうして?



――どうしてって



――私、朱詩と一緒にこうして歩くの楽しいよ



――え?



――朱詩が声を掛けてくれたから、こうして一緒に行けるんだもん。ありがとうね




自分が声を掛けてくれたから……一緒に行ける




もし声を掛けなければ一緒には行かなかった。

でも、声を掛けたから果竪は一緒に行こうという選択肢を出した。




僕が声をかける事で変わった未来。

声をかける事で増えた選択肢。




僕が……声を掛けたから、変わったのか





そうして行き着いた先は、雪が積もっていない開けた場所だった





果竪はキョロキョロと辺りを見回したかと思うと、歓声をあげて一つの雑草に飛びついた





そして引き抜いたそれは――大根





小ぶりで細い大根だったが、果竪はそれを抱き締めるとうっとりと頬ずりしていた





その時の僕はきっととんでもなく間抜けな顔をしていたと思う




だって全部予想外だった




そこまでの危険を冒して入った森の中で見つけたのが大根



しかもその大根を大切そうに抱き締めている




この森に大根が生えてるって聞いたの




だからってなんで大根?と呆れれば、果竪はぷんすかと怒り出した




そして大根への愛について何時間も語られた




おかげで日は暮れ辺りが闇に包まれても森から出られず、探しに来た仲間達に死ぬほど怒られた





でも――楽しかった




そして気付いた




もしあの時声を掛けなければ、もし果竪の提案を受け入れてなければ、もし大根について質問しなければきっとこの楽しさは得られなかっただろうと





それから何度か果竪の周りをうろついて、果竪が何かをする時には一緒にやった




それで怒られた事も多かったけど、でも楽しい事の方がたぶんずっと多かった筈




だって、色々と行動するにつれて少しずつ視界に色が戻って来たのだから





――この大根はね、このまま食べても美味しいけど、でも干したり漬けたり切ったり焼いたりするともっともっと美味しくなるの!!





勿論工夫しても駄目なことはあるが、それでも変わることがあるから止められないと果竪はにこにこ笑っていた






それまで何をしても変わらなかった





泣いても叫んでも




だから諦めた




でも、例えその機会は少なかったとしても変わることがある




それを知ったから





「ちょっかい出すのがやめられないんだよね~」




自分が動く事で変わることがある




そして時には予想外の事も起きる




その楽しさを知った今、もう止められない





「朱詩、また遊ぶの?」

「うん、だから果竪も一緒に遊ぼうか」

「いいよ~」




一人よりも二人ならもっと楽しくなる




だから、沢山沢山色んな事をしよう




そして時に起こる予想外の出来事を楽しもう



















「って、予想外の事は好きだけど」



けど、いくら何でもこれは――



主である萩波に呼び出され、寝室に駆けつけてみれば床に倒れてる明燐を見つけた。

その横では、果竪が萩波の腕で暴れている姿があった。



何があったのかと問いかければ、明燐が煩かったから黙らせたと言う。



もしここに明睡が居たら絶対に切れてる。

それを想像したら楽しかったが、泣く果竪にのんびり楽しんでもいられない。

とりあえず明燐を別室で寝かせて萩波に何があったのか問質せば、とんでもない答えが返ってきた。



それは何もしなければ良かったと思うほどの爆弾発言。




「果竪と結婚しました。で、昨夜は無事に初夜を迎えました」

「何考えてるのよぉぉぉぉっ!!」



騒ぎを聞きつけてやってきた茨戯が萩波の胸ぐらを掴んで揺さぶる。

その一方で、軍の女性陣に宥められ着換えさせられている果竪をちらりと見れば、確かにその体には幾つもの華が咲いていた。




こいつ鬼だ――そう思ったのは何も僕だけではないだろう。




ってか、他の仲間達(男性陣)なんて口から魂飛ばしてるし。

女性陣なんて敵意をむき出しにする者達までいる。

まあ中には『素敵……恋愛小説みたい』と目を輝かせている者達も結構居たけど。



なんの恋愛小説を読んだんだ?


言っておくけど12歳に手を出すってかなり犯罪だよ?


しかも果竪は見た目は10歳ぐらいにしか見えないんだよ?





「ふぇぇぇぇん!!」


よほど果竪は恐かったのか仲間の女性の一人に抱きつき泣いている。

まあ、突然結婚させられて、しかも体を奪われて、更には目の前で自分が懐いている明燐を気絶させられればそりゃあ恐いだろう。


しかも、相手が見た目真っ白聖人聖女も裸足で逃げ出す絶世の美男子、でもその裏は魔王も裸足で逃げ出す腹黒神。




え~~とね、果竪



果竪は一体何をしてあの腹黒に目を付けられたの?



ってか絶対に何かしたから目を付けられたんだよね?




唯そこにいるだけでは絶対に萩波は心を動かさない。

それを動かしたと言う事は絶対にそれだけの行動をしたから。



でもね……萩波に関しては何もしない方が良かったと思う。



だって、何もしなければきっと何処かの良い家庭に預けられて成長してきっと中身も優しい好青年と結婚出来た筈。



「………何かするにも時と場合を考えなきゃね」



それが、僕がこの件で学んだ事。



そして――



「果竪、泣かないで下さい」

「ふぇっ、ひっく」

「泣かしたのはあんたでしょうがぁぁぁっ!!」

「僕も茨戯に賛成~~」



とりあえず、この事態を良い方向に向かわせる為に行動してみよう。

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