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堕とされた果実 後日談(宰相編)

「果竪と入籍しました」



自分が絶対無二と認めた主の静かな言葉に、持っていた資料が水の様に手から流れ落ちてしまった。



「はい?」



自分の耳は一体どうしてしまったのだろうか?

ああ、昨夜遅く帰ってきて休まず仕事をしているから幻聴が聞こえてきてしまったのかもしれない。



昨夜まで一週間も敵地にて潜入してきたから幻聴の一つや二つ後遺症で出てもおかしくはない。

しかし、目の前の主はそんな明睡の願いを打砕いた。



「だから、入籍したと言っているんですよ」

「はぁ?!」

「冷静沈着な貴方らしくないですね。そんなに動揺するとは貴方らしくない」



ふん、と果竪には決して見せない不敵な笑みを浮かべながら、萩波が書類にサインをする。




理想の王子様




傾国の美女も裸足で逃げ出す美女(でも男)




一目見たら絶対に手折りたい




なんて影で言われ続け、女だけではなく男にまで迫られ肉体関係を強要され続けてきたせいで主の頭はおかしくなってしまったのだろうか?


いや、今この時ばかりはおかしくなってもらってないと困る。



そう念じながら、明睡は視線を反らせ落とした資料を拾い始める。



「言っておきますけど……果竪は12歳です」

「知ってます」

「結婚するにはまだ早い年齢だと思いますが」

「貴族では生まれてすぐの婚約もあります」

「それは婚約だろう!!あんたの言ってるのは結婚だっ」

「結婚だって十歳で結婚する場合もありますよ」

「だからってそれを自分達に当てはめるな!!」

「別に法的に問題無いですよ。まあ――この時代に法などがきちんと機能していればの話ですが」



萩波の言葉に明睡は押し黙る。




法も倫理も何も無い。

強者だけが勝ち残り、弱者は強者のために利用され果てる。

そんな混乱時期である今、法など声高に叫んでも何の意味もない。




「果竪は理解してるんですか?」

「はい?」

「貴方と結婚した事を」




机に頬杖を付いてちらりと寄こした視線に、嫌な予感がした。

まさか、と表情に感情を乗せて彼に問うと、萩波はにやりと人の悪い笑みを浮かべた。



「果竪は私の指示通り、書類にサインしました」

「サイン……」

「字の練習だと言ったら素直に名前を書いてくれました」



明睡は目眩がした。

田舎出身で字も満足に書けなかった果竪が文字の練習を始めたのは自分達の元に来てからだ。


明燐や茨戯に教えられ、果竪は毎日練習していた。

その当時は読みも一緒に練習させるつもりだったが、なぜか萩波が止めたので後にしようという事になったが、勉強熱心な果竪の事である。

すぐに文字も読めるようになるだろうと茨戯達とつい最近も話していた。



明睡はハッとした。

萩波が果竪に文字を書く事はさせても読めるようにさせる事を止めた理由。

それに思い当たり、あまりの真実に言葉が出てこなかった。



こいつは……この男はっ!!



「お前……」

「何です?」


サインをするからには果竪が字を書ける必要がある。

しかし、文字を読めてしまうと、書類の内容を理解してサインしないかもしれない。

萩波はそれを危惧したのだろう。



だがちょっと待て。

確かに貴族同士では政略結婚などという言葉が存在する。

しかし今は貴族もへったくれもない。

萩波は昔貴族の出身だったらしいが、そんな事は今や関係ないし本人も気にしてはいない。

というか、こう言っては悪いが田舎出身でなんの地位も身分も持たない果竪と政略結婚する理由が思い浮かばない。



いや、そうではなくて



とにかく、政略結婚などを別にすれば、本当の意味では婚姻とは両人の同意があって成立する、この先の運命を共有する相手を決める大切な大切な契約である。



なのに




なのに




「お前、果竪の神生を何だと思ってるんだっ!!」

「遅かれ早かれ私のものになるのです。ただそれが早まっただけです」

「お前が早めたんだろうっ!!あいつの意思は無視かっ」

「何故無視と言うんですか」

「あいつが自分から結婚したいだなんて言うわけがない。それもまだキスの意味すら知らない子供なんだぞ」

「一昨日の夜全て知りましたから大丈夫です」

「そうか――っておいっ!」

「煩いですね、何ですか?」

「全てって何だっ!!」

「だから、全てです。キスの意味も全て一通り身体に教えました。一度で駄目ならこの先徹底的に教えます」



クラリとした。



この男は一体何を言っているのだろう?



キスの意味を教えた?

ってか一通り教えた?



あの純真を具現化したかのような少女に?



お前は手を出したのか?!



「お赤飯でも炊きますか」

「ごらぁぁぁぁっ!!」



しかも明燐の話では、まだ月の物さえ来ていないという。



なのにこいつはぁぁぁぁぁっ!!



「俺は犯罪者を主に持つ気はないぞ」

「この時代、全ての者達が他者を殺める殺戮者です」

「ロリコンを主に何て持ったら俺の一生が終るわぁっ!!」

「では別の主に仕えればいい。それとも貴方が挙兵しますか?」


冷たく言い捨てる萩波に明睡はグッと言葉を詰まらせる。

この男は卑怯だ。そんな事ぎ出来る筈がないと分かっているのに。


その強い眼差しに一目で魅入られたあの時から自分の主はこの男だけ。



だが……それでも許せる事と許せない事がある。



「果竪も可哀想に……」



妹を巡って殴り合った事もある。

今ではもう一人の妹のように果竪を可愛がってきた――本人にはあまり通じてないけど。



全ては相手が悪かった。

こんな男に目を付けられた時点で果竪の一生は既に終っていた。



髪の色は真っ白なのに腹の中はどす黒い。

青みがかった黒髪を持つ果竪こそ白い心を持っているだろう。


願わくばこいつにどす黒く塗りつぶされなければいいが。



「祝ってくれると思ったんですけどねぇ」

「普通の精神してたら祝えるか!!」

「悲しいですね。気を許した相手からそのような言葉を受けるなんて……」



そうして悲しそうな表情を浮かべる様は思わず抱き締めて慰めたいという衝動にかられる。

いやいや待て明睡。

落ち着け、この男はそんなタマではないし、隙を見せたら骨までしゃぶられるぞ。



それに冷静に考えてみろ。



萩波は確かにロリコンかもしれない。

だが文武両道で才知に長け、一軍を率いるリーダーである。

更にその絶対的なカリスマ性と高貴さから多くの者達に心酔され人望もかなりある。

この混乱期が終了しても絶対に食べていけるだろうし簡単に一財産築くことも可能だろう。

それにもの凄く美形だ。

年頃の少女が将来の結婚相手に夢見る全てを持っている。



そう、色々と問題はあるしその最たる者は本人の人格という救いようのない欠点を持っているが、長い目で見ればきっと果竪は幸せになれる筈。




「……分かった、祝福します」

「ありがとう、明睡」

「で、他のヤツラには何時言うんですか?」



自分でこれほど驚いたのだ。

きっと他の者達はもっと驚くだろう。

特に妹――果竪を溺愛しているあの妹は絶対に切れる。



「もう言いました」

「そうですか……はいいぃぃぃっ?!」

「明睡が一番最後なんですよ。ほら、昨日夜遅く帰ってきたでしょう?ああ、果竪との婚姻が成立したのは一昨日で、手を出したのは一昨日の夜から昨日の朝にかけてです」

「な、な、な、な、なっ?!」

「果竪に朝の挨拶をしたら驚いたらしく凄く泣いてしまってねぇ。飛んできた明燐が大激怒して大変でしたよ。もう、『大切に大切に育てて、これからも大切に育てる筈だったのを、貴様がぁぁぁぁぁ』って怒鳴られて」

「………………………………」

「あんまり煩いんで、強制的に眠って貰いましたけど、最後は」



その言葉に妹命の明睡は切れた。



「このっ!!お前が悪いのに人の妹に逆切れすんなぁ!!」




怒声と共に爆発する神気。

それを軽くいなす萩波に明睡の怒りが煽られる。




そうして更に戦いの規模は大きくなっていき、慌ててかけつけた他の仲間達が土下座して頼み込むまで戦いは終らなかったという。

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