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堕とされた果実(果竪編)②



 軍での暮らしの一日は、まずみんなを叩き起すことから始まる。


「起きろぉ!!」


 ガンガンとお鍋とお玉を打ち付けながら、片っ端からテントに入り込み眠っている人達の耳元で鳴らしまくる。

 悲鳴や呻き声が聞こえてくればよし。

 そのままダッシュで逃げる。

 中には寝起きの悪い者達もおり、そういうのに絡まれたら一時間は離してくれないので逃げるが勝ちだ。

 後は例外として、起こしに来た人の腕を掴み、布団の中に引きずり込んで共に眠ってしまう人達もいるから、極力近づかないようにしている。

 前に一度、朝の弱い明睡に捕まって引きずり込まれた挙句、萩波にもの凄く怒られた


 果竪は、そうして的確な距離を取りつつ皆を起こしていった。



 朝の五時。

 季節柄薄藍色の空の中、果竪によって叩き起された仲間達がテントから出て来る。

 体操をするもの、まだ眠たそうなもの、さっさと顔を洗いにいくもの実に様々だった。


 そんなこんなで、あっと言う間にざわめきに満ちる陣営。

 多くの者達が行き交い、時には立ち止まって談笑する者達も居た。

 あちこちから笑い声が聞こえ、先程までの静けさが嘘のように場は明るさに満ちる。


 そんな中、陣営の中央にて朝飯の炊き出しが始まった。

 現在、萩波の軍は総勢一万を越す大軍だが、その殆どは各地に散らばっておりここに残っているのはその十分の一の人数である千名ほど。

 だが、それでも千名。その全員分を食事係の三十名で作るのだから、それはしんどい作業だった。


 とはいえ、大きな鍋の中に乱雑に切った具材を投げ込み適当に味付けし、盛りつけはご自由に――というセルフサービスにしてからは少しは負担は減ったという。

 しかしそれでも大量の食器を洗うという作業は残っている。

 ゆえに、食事の時間に遅れて来られるのは殺意を覚えるほど面倒くさい事であり、よって起床係の任務は重大なものと言えた。




「起きろ、起きろ、起きて~」



 ガンガンと鍋とお玉を叩いて寝起きの悪い者達を起こしにかかる。

 今日は朱詩が一番寝起きが悪い。

 ある一定の距離を保ちつつ、果竪はペシペシとお玉で朱詩を叩く。

 

 が――


「うぎゃぁ!!」


 ガシっとお玉を掴まれたかと思うと、そのまま布団の中に引きずり込まれる。


「離してぇぇ!」

「今日の湯たんぽは暖かいな~」

「誰が湯たんぽだぁぁ!!」


 悪戯仲間でもある朱詩をべしべしと手で叩きながら、必死に逃れようと抵抗する。

 だが、一見して美少女に見えても、れっきとした男である朱詩の力に叶うはずがない。


「あ~~、暖かい」

「離してぇぇ。添い寝の大根貸してあげるから離せぇぇ」

「ヤダよ。大根って熱を下げる効果があるじゃん。んなもん抱き締めたら冷えるよ」

「んなもん?!大根をんなもん呼ばわり?!」


 聞き捨てならない言葉に叫ぶ果竪だったが、ぎゅぅぅと腕に力を込められ更に布団の中に引きずり込まれる。

 もう自力では逃げられない。



「うわぁぁん!明燐助けてぇぇ」



 基本的に自分の事は自分でする。

 他人には頼らない。けれど、果竪は明燐からいつも言われていた。




 男関係ではすぐに私を呼ぶのよ!!



 なので果竪は素直に明燐に助けを求めた。

 すると、ほどなく明燐がテントの入り口を勢いよく開け放ち飛び込んで来た。


「果竪!!」

「うわぉ!今日も元気だね~、うちの女王様は」

「この馬鹿男!!果竪を離しなさい!」

「寒いからヤダね」

「萩波に殺されるわよ!」


 そう叫ぶと、流石の朱詩も渋々果竪を手放した。

 ようやく自由になった果竪を明燐が抱き留める。



「全く……一緒に悪戯するだけならまだしも、布団の中に引きずり込むなんて!!」

「あ、大丈夫。変な気は起こさないから」

「当たり前です!!萩波に殺されますわよ!」



 果竪に手を出したら萩波に殺される



 それがこの軍の暗黙の了解となっていた。



 テントを出ると、萩波が待っていた。


「果竪、朝食を持ってきましたよ。一緒に食べましょう」


 その手には、塩だけで味付けされたスープと味のない硬いパンがあった。

 まるで子犬が飼い主に纏わり付くようにパタパタと走っていく果竪の姿に、明燐と朱詩は苦笑した。


 果竪にとっての一番はやはり萩波だ。

 自分達がどんなに可愛がっても、萩波が来るとすぐに飛んでいってしまう。

 それはとても微笑ましく、それでいて嫉妬を覚えてしまう。


「元気になりましたわね、果竪も」

「そうだね~」


 この軍に連れて来られたばかりの頃の姿からすれば、想像も出来ないほど果竪は健康体になった。


 だから……そんな元気な姿を見れば見るほど、昔の事は二度と思い出したくないという気持ちも強くなるのである。


 果竪が軍に連れて来られてから、今年で八年が過ぎた。

 丁度今と同じ季節――八年前の秋に、果竪は萩波に連れられて軍へとやって来た。


 最初の二年ほどは、誰が見ても明らかに壊れていた。

 三年目からは、萩波曰く少しずつ戻って来た。

 四年目になると、ほぼ昔通りに戻り、五年目ではすっかり仲間達と打ち解けていた。

 時には悪戯したり、時にはふざけあい。

 あまりにやりすぎて、明燐達に怒られる事もしばしばだったが、その裏では元気と明るさを取り戻した果竪にホッと胸をなで下ろす萩波の姿があった。


 最初は何処かの街か村の施設にでも預けると思われていた果竪。

 戦えもしない少女を軍に置いておく事は危険だという判断のもとだった。

 だが、萩波は果竪を片時も離さず、明燐も側を離れる事を拒んだ。

 そうして果竪が次第に昔通りになっていくにつれ、仲間達もまた果竪と共に居ることを選び、いつしか果竪を軍から出そうという話はなくなった。



 危険だからもう少し傍に置いておこう



 果竪が望むだけ傍に置いておこう



 果竪が望まなくても傍に居て欲しい



 そんな風に、八年もの年月は、仲間達の気持ちを変えるには十分な時間だった。


 見れば、今も萩波と食事を取る果竪に他の仲間達がちょっかいをかけている。

 すぐに萩波に追い払われるが、隙を見てはまた果竪を弄くる姿はどう見ても兄妹にしか見えない。



「果竪、食事足りないからその大根くれよ」

「これは私の添い寝用の大根だもん!」

「添い寝なら萩波にして貰えよ」


 その言葉に、果竪がベシベシと顔を真っ赤にして仲間を叩く。


「いてえな、おいっ!別にいいだろうが、昔は一緒に寝てただろ」

「煩い、余計なお世話だぁ!」


 仲間の言う事も最もだ。

 果竪が此処に連れて来られたばかりの頃は、面倒の殆どを萩波が見ていた。



 到底十二歳と思えない姿。

 十歳……いや、十歳にも満たない姿で、本来の年齢を聞いて皆ぶっ飛ぶほど驚いた。

 極限までやせ細った体は、どこもかしこも簡単に折れそうで、殆ど骨と皮だけだった。

 当たり前だ。

 水も食事も摂取しないまま、滅んだ村の中で果竪は半月も佇んでいたのだ。

 その間、雨風にも打たれ続けていた。



 よく死ななかったと思う。よく生きていたと思う。


 ボロボロの服にぼさぼさの髪。あちこちが傷だらけで血と煤に塗れていた。

 頬はこけ、煤で真っ黒の顔は綺麗に拭けば酷く青白く、落ちくぼんだ眼がぎょろりと自分達を見ていた。


 まるで骸骨を思わせる様は、もはや年齢相応の少女らしいあどけなさも愛らしさもなかった。



 それでも……声を掛ければきちんと返し、何かをして貰えば頭を下げて礼を言った。

 だが、それ以上に驚いたのがその笑顔だった。


 初めて連れて来られた果竪は、到底話など出来ない喉できちんと挨拶をし、礼を言った。

 そして微笑んだのだ。


 その笑みはとても奇妙なものだった。

 骸骨みたいな少女が浮かべる笑みは一見すれば酷く恐ろしいものである。

 なのに、その笑みに明燐では得られないものを感じ、世話役を買って出た。


 いつしか萩波から添い寝の役目も奪い取り、一緒にいるようになった。

 その様子に遠巻きに見ていた者達も、いつの間にか果竪を受け入れるようになった。

 勿論、受け入れるにはそれだけの事があった。

 そう――果竪は、それだけの事をしたから受け入れられたのだ。



 それぞれがボロボロに心に傷を持ち、体の傷が癒えても決して癒えることのない深い傷を負った者達だった。

 けれど最後には、彼らは果竪を受け入れた。


 共に笑い共に泣き、まるで本当の家族のように過ごした。



 だが、それだけで変化は終らなかった。

 果竪を受け入れた彼らは、次第に仲間達を受け入れた。

 今までは共通の目的の為に、また萩波の強さに惹かれているというぐらいしか共通点はなかった。

 それどころか、相手に心を開くことなんてまっぴらという者達ばかりだった。

 なのに、気付けば家族同然に過ごし、無二の親友となっていた。



 勿論仲良くするだけではなく、時には意見が合わず殴り合いの喧嘩もしたが、その際には親身になって止める者も現れ、また殴り合った者達も時が経てば前以上に仲良くなっていた。



 果竪が来てから変わった。


 彼らは受け入れる事を覚えた。

 人を信じることを覚えた。


 たった八年。

 されど八年。


 彼らにとってのこの八年は、今まで生きてきた中で最も沢山の事があった八年だった。


 そしてその八年は、ゆっくりと、けれど着実に彼らを良い方向へと導いていったのだった。



 だが、それは果竪にとっても同じ事。

 果竪にとってもこの八年は沢山の事があり、彼女を変えた。

 但し――果竪の場合は、仲間達のそれとは全く正反対の方向へと進んでしまっていたのである。




果竪編なのに、なんか色々な人の思いとか出てきてしまってますね~……。


ま、いっか(オイッ)

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