4.疑惑
「まだまだ経験が足りないね。私の剣を全然防げてないよ」
ドラゴンと対峙する好井。その顔には、余裕そうな表情が浮かんでいる。
対するドラゴンには小さいながらも傷があり、忌々しそうに好井のことをにらんでいた。
先ほど魔法で光の矢を飛ばした後一度ドラゴンと好井が近接戦闘へと移行したのだが、好井の件の方が強かったようでドラゴンの体に傷がついてしまったんだ。
遠距離でも小さくではあるが傷を作れるし、近接となればさらにダメージを出すことができる。ドラゴンとしてはどちらにも持ち込めない面倒な状況というわけだ。
そして俺にとっては、悪夢に等しい状況ともいえる。
「ドラゴンに魔法で傷を作っただけじゃなくて、剣で切り結んだ?俺は夢でも見てるのか」
「アハハッ。雅君。夢じゃないよ。しっかりして」
「元凶が言うな!元凶が!相手はあのドラゴンだぞ?普通人間が1人で戦える相手じゃないって…………」
俺は頭を抱える。
ドラゴンは、ダンジョンで出すことができるモンスターの中でも現在かなり強い部類に入る。それこそ上位0.1%には確実に入るだろうというほどの強さだ。だがそれを、こんなにあっさり相手どれるということはつまり、さらにそれよりも強い奴らもこれよりは苦労するかもしれないが倒されてしまう可能性が高いということになる。
本当はこのくらいで好井が撤退してだいたいの戦闘力を把握できた気になりたかったところなのだが、こうなってしまうともう俺としてはどうしようもない。
こんな実力があるなら、このダンジョンであっても好井に傷1つ付けることもできないかもしれない。
となると、ここで残っている俺にできることというのは、
「好井さん、気をつけて!火を吐こうとしてる!」
「っ!本当だ!?ありがとう!」
好井に協力することだ。救いを助けるような行ないをして好感度を稼ぎ媚びを売り、疑われずに生き残っていくしか俺には道がない。
媚びを売りまくって、向こうから味方と思われるようにしておくしかないんだ。
俺の言葉を受けて好井は素速く動き、光の壁を生成した。ドラゴンの火が壁に当たり、激しい炎が弾ける。相当力を入れて炎を出しているようだが、壁にひびが入る様子は一切ない。たいして結果を出せないまま、ドラゴンはブレスをやめ肩で息をし始める。かなり力を入れているようだったから当たり前ではあるのだが、どこか疲労が見えた。
好井はその隙をついて、ドラゴンの足元に近づき、
「ライトランス!」
と叫び、光の槍を生成して投げつけた。槍はドラゴンの脚を貫き、ドラゴンが痛みに呻く。
ただそれでもやられるわけにはいかないと一旦退却。好井からの追撃は来ない位置まで飛んでいく。
ドラゴンもそういう判断ができる程度には知能が備わっていて、俺としてはその知性がこの状況を打開できるような方法を思いついてくれることを祈るばかりという状況になる。
ただそんな俺の願いもはかなく、ドラゴンが再び攻撃を仕掛けようとした瞬間、
「ライトスラッシュ!」
と好井は叫び、光の剣で一閃した。その剣はドラゴンの鱗を切り裂き、深い傷を負わせる。ドラゴンは激しい痛みに耐えきれず、倒れ込んだ。
噴き出した血により周囲は真っ赤に染まる。
「う、嘘だろ。倒したのか?ドラゴンを」
「まあ、これくらいはね~。まだ全然余裕だよ」
驚愕する俺の様子を戴して気にも留めず、救いは大した疲れも見せずに笑う。その様子からは、ここでもまだ撤退しないということがよく分かった。
ただそれはマズい。確実にマズい。
何せ次の階層には、
「さて、じゃあ次がダンジョンコアだね。行くよ雅君」
「え?あ、え?」
俺の思考は一瞬真っ白になる。
だがそれも仕方のない事だろう。何せ、この先にあるものを好井が知っているのだから。なぜか初めて入ったはずのこのダンジョンで、ダンジョンの心臓部であるダンジョンコアがどこにあるのか把握しているのだから。
「なんで、ダンジョンコアの場所を?」
「え?分からないの?」
「分かるわけないでしょ!逆になんでわかるんだよ!ダンジョンのこと知らないんじゃなかったの!?」
「あっ……………いや、べ、別に全く知らないわけじゃなかったというか。話だけは聞いてたというか。まあなんかその、色々あったというか」
たどたどしく非常に具体的な話のないあいまいな答えが返ってきて、俺は結局なぜ好井がダンジョンコアの場所を理解できたのかは分からず。ただただそうして知られていることに対する恐怖で胸が締め付けられる。態度には出さないように気を付けているが、俺の心臓は今までにないほど高速で脈打っていた。
ただ、そんな俺の隠しきれているとはとても思えない様子に気づけない程度には向こうも隠し事とごまかしに必死なようで、
「ま、まあ、何でもいいじゃん!ほら、行くよ!」
「……………分かった」
奥へ進むように言ってくる。俺も今はごまかしたかったから、数秒悩んだがおとなしく頷いてついて行くことにした。わざわざここから先に行ったとしてもやることなんてないというのに。
そう。本来ならやることなんてないというのに、好井はダンジョンコアしか先にないことを知りながら進んでいった。だから、この段階で気づくべきだったんだ。
「ここだね。奥の方にそれっぽいのが見えるかな」
「あ、あれがダンジョンコアなのか?初めて見た……………本当に俺、ダンジョンの最深部に来たんだな」
ダンジョンコアの部屋に足を踏み入れた瞬間、その異様な空気感に緊張感を憶えた。部屋の中央には、淡い光を放つ巨大な結晶が浮かんでいる。その結晶こそが、ダンジョンコアだ。
好井がダンジョンコアの前に立ち、鋭い目つきでその中心を見つめる。彼女の手には、輝く光の剣が現れ、その刃を振り下ろす瞬間を狙っていた。
「じゃあ、壊すね」
「え?」
好井が剣を振り上げる。俺にはその動作だけで、真っ二つに切り裂かれるダンジョンコアの姿が幻視できた。
そのため思わず、心がダンジョンコアを破壊しようとした瞬間俺は急いでその腕を掴む。
「好井、待て!」
幸いなことに、戦いのときのような神速の振り下ろしは出なかった。俺がつかむだけで、その手は止まる。
剣が振り下ろされるということはいったん延期させることができた。
心は驚いた顔で俺を見るとともに下手なことをすれば一瞬で先に俺が殺されるのではないかと思うほどの冷たい声で、
「何?なんで止めるの?」