真実の口
誤字脱字報告ありがとうございます。
表現の間違いに関しては意味が変わってしまう為、ご指摘通りには直せない事もあり、書き直しております。
この日本語変じゃないー?と思う事も多々あると思いますが、温かい目で見て頂けると助かります。
※9/24
救済ルートを付けた連載版を投稿しました。興味を持たれた方は、作者リンクからお進み下さい。
「ローズリンデ・エマーソン!お前の醜い嫉妬から及んだ聖女レナに対する数々の非道な行い、もはや情状酌量の余地もない。この場をもって婚約破棄を言い渡す!その罪を身をもって償うがいい!!」
―――口は災いの元。
正しい事も相手が受け止められなければ、それは毒となる。
侯爵令嬢のローズリンデは扇の奥でため息をついた。
彼女の前に立つ男―――この国の王太子であり、ローズリンデの婚約者でもあるヒューバート・レオ・フォンベルクも毒となった一人。王位継承者であるにも関わらず、だ。
彼女とて、そう煩く言った訳では無い。
言いたい事の十分の一も注意出来ず、随分遠回しにやんわりと進言した。にも関わらずコレだ。
この男は立太子の儀を執り行うこの場で、国の重鎮から末端貴族、果ては諸国の外交官すら集まったこの場で、派手に婚約破棄を告げたのだ。
証拠も何も提示することなく、一方的に。
彼がただの一貴族の男であれば馬鹿息子程度で鼻で笑われて終わりだったが、次期国王として擁立してしまった直後の出来事。非常に、非常に拙い。
彼は正妃の息子だから、と、ただその理由で王太子となった男。側妃の産んだ第一王子の方が人格も能力も国王になるに相応しい人物であったにも関わらず。
国王はこの茶番劇を見ていたが何の行動も起こさない。
いや、顔面蒼白で今にも倒れそうな顔で震えていたが、気丈に耐えている、というべきか。腐っても国王。本人は卒倒してしまいたかったかもしれない。
現王は息子と違い馬鹿ではなかったが、正妃の圧に負け、ヒューバートを王太子にするほどには気弱な人間であった。
そんな気弱な男が何故王位を継いだのかと言えば、ひとえに正妃の実家の力。妻に頭の上がらない気弱な夫、それが皆の認識するちょっと情けない国王陛下だった。
話が逸れたが、要は国王になるには『不適格』な男。
それが彼女の元婚約者、ヒューバートだった。
「……殿下。殿下自らがわたくしの『嫉妬』であると宣言されたので、そちらの聖女様と『不適切な』距離であった事をお認めになられたのと同義です。それはもう『不貞』ですから、殿下の不貞行為による婚約破棄、となりますが宜しいですか?」
「なっ…!何を馬鹿な!お前が、私とレナの仲に嫉妬して、彼女を突き飛ばしたり、飲み物に毒を盛ったのではないか!!」
「ほら。彼女との仲に嫉妬して、と仰ってるじゃないですか。お二人が勘違いするような距離でいる事が前提にありますわ。不貞行為です」
「不貞、不貞としつこいぞ!だからといって人に危害を加え、あまつさえ殺人未遂を犯した貴様の方が悪人だろうが!衛兵!この者を引っ捕らえ、地下牢に放り込め!!」
あーあ、結局自分で不貞だって認めちゃったよ。
と、見ていた群集の賢い人々は思ったが口に出さない。
なんたって賢いから。
ローズリンデを擁護して変に怒りを買いたくはないが、このすぐボロが出る王太子の泥船には乗りたくない。
日和見主義の貴族だけでなく、ヒューバート第二王子派の人間も、この騒動に中立派や第一王子派に鞍替えする事を決めた。まさに、ヒューバートの自業自得である。
「どうしてもわたくしに責を擦り付けたいのですね。どうやら我が侯爵家は切り捨てられるようですよ、お父様?」
「ふむ。どうせうちの領地を掠め取りたい正妃の実家の仕業だろう。策もなにもあったものではないな。ハッハッハ」
ローズリンデがこの騒ぎを傍観する父親に問いかけるが、彼は娘を擁護する事もなく、笑うばかり。そんな父親の態度に溜息をついたのは、絶望したからでも、見限ったからでもない。
彼女自らケリをつけてよい、と、そう理解したから。
ローズリンデの無敵のターンが始まった。
「殿下。証拠を提示して下さい」
「なんだと?」
「貴族令嬢を捕らえるのに、まさか『こんな風に言われたんですぅ〜』『ローズリンデ様に突き飛ばされてぇ〜(涙)』なんて一人の証言だけで済むとお思いで?」
すぐに個人を特定できる、鼻にかかった語尾を伸ばす馬鹿っぽい喋り。スンとした彼女がそっくりに真似た話し方に、周囲のあちこちで『ブフッ』『ゴホッ、ゴホッ』と何かに耐えるような音が漏れた。
貴族の皆々様にはウケた様だが、ヒューバートは馬鹿にされたとばかりに顔を真っ赤にして反論する。
「当然だ!おいっ、証言する者を前へ!!」
「はっ!」
ヒューバートの側近は正妃の実家のベルダ公爵家の次男。正妃の兄の息子で、ローズリンデの印象としては『頭は悪くないが策を弄しきれない男』といったところ。可もなく不可もない、そんな評価だ。
そのベルダ子息が連れてきたのは、エマーソン家のメイド、同じ学園に通う子息令嬢達。あ、これ王子詰んだんじゃね?と賢い人々は―――以下略。
「……まさか、その者達に証言させるおつもりで?」
「何を今更。これだけの証言を前に、言い逃れはきかんぞ!」
「はぁ…いえ、そうではなく…」
「ええい!お前の説教は聞き飽きた!お前達、始めろ!!」
ヒューバートがそう叫ぶと、メイドから前へ進み出た。
ローズリンデとそう変わらぬ年頃の彼女は震えながらも、声高らかに証言する。そう、まるで役者のように。
「私はエマーソン家のメイド、マリエラと申します。本来なら勤め先である家の事を語るなどあってはならない事ですが、でも!人として、私は良心の呵責に耐えられなかったのです…!まさか、まさか、ローズリンデお嬢様が毒を隠し持っているなんて…!私、見てしまったんです。ローズリンデお嬢様が引出しに毒薬をしまうところを!」
そうメイドが叫ぶと、ヒューバートはポケットからハンカチに包まれた小瓶を取り出す。
「その小瓶がこれだ。調べさせてもらったところ、効果としては強くないにしろ、毒である事が判明した。レナに盛られた毒と同じものだ。何故、貴族令嬢の貴様が所持している?」
何故メイドが勝手に家探しをしているのかという疑問が大半の人間に浮かんだが、話の腰を折るわけにもいかないので、皆黙って聞いていた。ある意味律儀。
「あの、殿下」
「なんだ」
「まず最初の間違いを御指摘しますと―――彼女は我が家のメイドではありません」
「はぁっ?!」
「彼女は一月ほど前に侯爵家のメイドを希望して我が家を訪れましたが、エマーソン家で仕事を希望する者はまず雑用係となります。3ヶ月は試用期間として母屋での仕事はさせませんし、そもそも立入禁止なんです。どこの家のスパイが使用人に紛れ込むか分かりませんから。仕事ぶりと人間性、あと『怪しい行動』をとらないか。全てクリアした者が適正を見て配属されます。まさか禁止されてる母屋に入り込み、泥棒じみた真似までする盗人の証言を信じるおつもりですか?」
「そっ、それは…」
「そんな事をする人間なら、わたくしに罪を着せる為にその小瓶を仕込んでもおかしくないですわね……まるで最初から毒だと分かってその小瓶を持ち出すなんて。目視で成分が分かる能力があるのかしら?」
ローズリンデの追求にメイドの顔から色が抜けていく。
「ねぇ、そこの貴女?偽証罪、って言葉はご存知?どなたかに依頼されたのかしら?平民が貴族の家でそんな真似をして、更に罪を着せたなんてバレたら……コレ、ですわね」
ローズリンデはにっこり笑うと、自分の首を一断するように手刀を横に動かす。メイドは泡を吹いて倒れた。
「あら……どうしたのかしら?どうしましょう、殿下の証言が1つなくなってしまいましたね」
まるで『無くなって』が『亡くなって』に聞こえてしまうような物言いに、周囲の温度が下がった気がする。
普通に怖い。
もういっそここから抜け出してしまおうかと考えた何人かの耳に、更に絶望が響く。
「あ、あのっ、扉が!扉が開きません!!」
「何だと!?」
ヒューバートが側近と共に扉に近付くと、体格の良い衛兵数人で扉に体当たりしている様子が見えた。
扉はびくともせず、何の振動も返さない。
「くそっ、どけっ!―――おいっ!!そっちに誰かいるだろう!!こちらからは開かん!人を集めてこい!!」
出入り口となる扉は一箇所しか無い。
テラスに出る為の窓はあるが、どうやらそちらも同様で、窓ガラスは剣で叩かれようが体当たりされようが、全ての衝撃を吸収していた。
「―――無駄ですわよ?」
その声に、言葉に、会場から全ての音が消えた。
「これはわたくしの女神の祝福『施錠』です。扉でも窓でも箱でも、開閉するものならば全てに効果があります。そして、この力こそ、わたくしが殿下の婚約者に選ばれた理由ですわ」
確かにこの力は有事の際、王族を匿うには最強の盾となる。
しかも、攻めてきた側も下手をすれば閉じ込められる為、迂闊に近寄れない。だが。
「殿下には『地味すぎる』と吐き捨てられてしまいましたが、どうでしょう?わたくしは王族を守る盾として選ばれたのですが、聖女様の存在が明らかになった為に用無し判定を受けたようですわね。あ、先に言っておきますが、わたくしが死んでもロックは解除されないので殺しても無駄です」
そうなれば一生、皆さんも死ぬまでここにいることになりますね、と、ローズリンデは朗らかに笑う。
逃げ出す事も、応援を呼ぶ事も出来ない。
術者に害をなせば永遠にここに留められる。
会場の空気は今度こそ凍りついた。
「皆様にはこの茶番の目撃者になっていただかなければなりません。大丈夫、危害など加えませんわ」
「ちゃ、茶番だと…!」
「さ、殿下―――続きをどうぞ?」
ヒューバートには目の前の女が知らない者に見えた。
頭は良いが生意気で自分を敬う事をしない可愛げのない女、それが彼の知るローズリンデという女性、のはずたった。
だが、今目の前に立つ彼女は何だ。
恐怖―――いや、有り得ない。
ヒューバートは己の内に感じる得体のしれないものを振り払うように、頭を振って叫ぶ。
「次の証言者は前に!!」
なかなか進みでない者達に苛立ったのか、ベルダ子息が彼らの背を押した。
反動でヨロヨロと前に歩み出たのはヒューバートやローズリンデ達、貴族の子息子女が通う学園の生徒である。
戸惑う彼らに、証言を急かすよう睨みつけるヒューバート。
ようやく、あの、と、震えた声で一人の少女が話し出した。
「わ、私は階段でローズリンデ様がレナさんを突き飛ばすところを見ました…!」
集団心理というべきか、一人が実行すれば皆追随するように同じ行動をとる。皆で〇〇すれば怖くない、というやつだろう。
「私も、ローズリンデ様が2階の窓からレナさんに植木鉢を落とす所を見ました!!」
「俺…いや、私もローズリンデ様がレナさんにバケツで水をかける所を見ました」
だが、数が多ければ正しい、強い訳では無い。
彼らはこの後いやというほど身をもって知る事になる。
「それは見間違いや勘違いではありませんか?」
「いいえ!はっきりとこの目で見ました!」
「私も!」
「俺も!」
どこからくるのかわからない自信に満ちた顔を向ける彼らに、ローズリンデは溜息を一つ吐く。
「仕方ないですわね……では、スキル―――真実の口」
「えっ」
「な、なに!」
「いやっ、なんなのこれぇ!」
悲鳴じみた絶叫が会場に響く。
手首を押さえる彼らの腕、左手首から先が見えなくなっていた。
まるで手首から下を斬られたように見える腕に、泣き叫び、助けを求める彼らだが、誰一人として手を差し伸べる者はいない。治癒の力を持つ聖女でさえも。
手を出せば次は自分だ、と。
無関係を装う人々を見て、あらあら、とローズリンデは笑う。
「大丈夫ですのよ、皆様。これは私のスキルが発動した事で彼らの手首から先が見えなくなっているだけで、無くした訳ではありません。今は痛くも痒くもないでしょう?」
そう言われた三名は、その言葉に徐々に落ち着きを取り戻していく。実際、見えないが指先の感覚もあり、痛みもない。
ただ。
「それは本当か?」
「は、はい殿下。ただあの、痛みは、ないのですが……手首が何か、挟まれているような……まるで何かの口に入れられているような、そんな違和感が」
ヒューバートが恐る恐るローズリンデを見れば、彼女はニヤリと笑った。
「っっ!!」
今まで浮かべていた貴族らしい笑みではなく、底冷えのする悪意をもった笑み。彼女らしくないその微笑みは、だが、よく知る人物―――己の母がふと見せる笑みと同じだった。
「ふふっ、正解です!このスキルは『真実の口』というもので、簡単に言うと、嘘を見抜くスキルです」
「…嘘をつけばどうなるんだ?」
「今、見えなくなってる部分が食べられて無くなりますね」
「なっ…!そんな非人道的な方法で示さなくても!」
「お言葉ですが、殿下。わたくしを一方的に断罪し、ろくな証拠も無しに牢に入れようとした貴方に非難する資格が?わたくしは自身の潔白を証明する為に、このスキルを使ったまでです。この方々は先程宣言されました。見間違いや勘違いではない、と。ですから、それを証明して頂くだけです。さあ、皆さん。存分に証言なさって?」
一人の少女がヒュッと喉を鳴らす。
他の二人も顔面蒼白で、歯をカチカチ鳴らし、緊張が極限状態だ。
なんて人に刃を向けてしまったのか。
後悔したところで誰も自分達を救ってくれる者はいない。
王子も、証言を命じたベルダ子息も、聖女レナも。
見捨てられた、そう悟った三人はポツリ、ポツリと話し出す。先程とは真逆の証言を。
「……私、ホントは見てなんかいません。学園でローズリンデ様をお見かけするのは学校行事だけで、私達の一般クラスと特別クラスでは普段校舎も違うので、そもそも同じ建物にいる訳無いんです」
「私も、ローズリンデ様を見ておりません」
「俺も同じです…俺達はそう言うように命令されただけです」
「なっ、お前達!何を!」
焦ったのはベルダ子息である。
射殺しそうな形相で三人を睨みつけていたが、ふっ、と表情を崩すとローズリンデに向かって下卑た笑みを浮かべ、こう言った。
「フ…そんなハッタリで脅して証言を意のままに変えさせても、それが真実とは証明できないのでは?信用なりませんね。こんな脅迫に我々は屈しない!そうでしょう、皆さん!」
なんの演説だ、と賢き人々は思う。
この若造の口車にウッカリ乗って、取り返しがつかなくなったらどうするつもりか。いや、どうにもできない。
と、心中セルフツッコミの嵐である。
一方、そう返されたローズリンデは笑みを崩く事なく『そうですわねぇ…』と可愛らしく小首を傾げた。
「では、ご自身の口から出た言葉なら信用できますか?」
「私は脅しに屈しない。私の口から出る言葉だけが真実だ」
「なるほど。ではその口で語っていただきましょう」
そう。どんな脅しだとて、真実を言葉にしなければなんの証拠にもならない。証拠となるような物理的なものは残していないのだから。ベルダ子息の笑みは崩れない。
だが、そんな彼の思惑を知ってか知らずか、ローズリンデの次の行動は彼の予測を超えてきた。
「一人だけでは整合性が取れないので、皆様平等に致します。では皆様―――本音で語り合いましょうか」
「え?」
「きゃあっ!」
「わああっ!!」
「なんだコレ、どうなってる!」
閉じられた会場はあっという間に悲鳴と叫び声の恐怖の空間となった。皆の手首は先程の偽証言者達と同じ様に先が見えなくなっている。
ショックで失神する者もいる中、ローズリンデはそれらの者に構うことなく視線を王へと向けた。
「陛下―――それでは始めさせて頂きますわ」
にっこりと貴族女性らしい笑みを浮かべてローズリンデは言った。王は自分だけにはその枷を外されている事にホッとし、壊れた玩具のようにコクコクと頷く。
「では、ベルダ家次男のジェラルド様。貴方がわたくしになさろうとしている事をお話し下さい」
「―――このままローズリンデ嬢が王太子妃になればヒューバートを傀儡の王として我が家が実権を握れない、そう判断した父が、ローズリンデ嬢に罪を着せ、頭も尻も軽いそこの聖女を正妃にして側妃に我が家門の令嬢をつければいいとした―――ってぇっっ!なん、だ!これは!こんな事はう、ぐ、真実だ!」
ジェラルドは自身の口から出た発言に顔色を青くし、必死に取り繕おうとするがデタラメだとも嘘だとも言えずに、焦りから喉を掻きむしる。言いたくもない言葉が己の口から勝手に溢れるのは純粋な恐怖。
まるで自白剤だ―――と、周囲の人間に戦慄が走った。
「―――と、このように彼は語っておりますが、真実か判定し難いとおっしゃる方が出ないよう、別の方にも協力していただきます。では、財務大臣ランベルト・ヒューマン侯爵様とその奥方様」
「なっ、なんだ!」
突如指名された財務大臣の周囲からザザッと波が引くように人が離れていく。巻き込まれたくないという皆の意思である。
「私は不正などしておらんぞ!そこまで落ちぶれておらん!」
「いえ、お仕事の話ではなく大臣のその髪……偽物ですよね?」
「んなっ…!」
「「「!!」」」
そう。
大臣の被っている鬘は、どう見ても地毛には見えない。
元々の髪色と違うのだから―――周囲の人間も皆気づいていたが、面と向かって『あなたそのカツラ色が合っていませんよ?』と言える訳もなく―――温かな目でスルーしていたのだ。
「奥様もご存知でしょう?大臣の鬘のサイズが合っていないことを」
気にしてるのそっちなの?!
と、ハラハラしながら見守るギャラリー達は思った。
「……はい。夫は、確かに鬘ですが……ですが、こんな、何もこんな大勢の前で恥をかかせなくても…!!」
夫人は涙をためて叫ぶ。
政略結婚の多い貴族の中、彼らは確かに愛し合っているのだろう。周りは何となく感動ムードにあった。
「いえ、わたくしが聞きたいのは『何故、鬘を着けなくてはならない程髪にダメージを受けたのか』です。数年前は大臣の髪、フサフサでしたよね?ご病気か、それとも―――心労、か」
ピリッと空気に亀裂が入ったかのように静まり返る。
扇で口元を隠すローズリンデの表情は見えない。
笑っているのか、それとも。
「国の税金の使い道―――頭を悩ますような、ストレスで髪が抜けてしまうほどに貴方を疲弊させた理由は何ですの?」
「あっ、あ…ぐ……正妃様の私的な公金流用と、第二王子の軍への横流しがあっ!あああっ!いや、そうじゃな、そうだ!あの二人のせいで私は、私は!目を瞑らなければ妻の実家に圧力をかけて潰すと…!だから、私は従うしか無かった…!」
「あなた…!ごめんなさい、私の為に…!」
縋って泣く妻を抱きしめる大臣。辺りはじんわり感動ムーブに包まれる。
そんな中、感動の渦に感情移入出来ない者もいた。
王は隣に座る青褪めた顔の正妃と先程立太子したばかりの息子―――ヒューバートを見る。自分が無能だとはいえ、まさかそれほど勝手に動かれて気付けなかったとは。
王は頭上の王冠を床に投げ捨ててこの場を去りたかったが、物理的に塞がれている退路にそうはいかず、この終わりどころの読めないローズリンデ劇場を観覧するしかなかった。
「聖女様の癒やしの力で治して差し上げては?貴女のそのドレスも宝石も国庫から無断で使用したお金で購入されたのですし」
「知らないわよ!ヒューバートが『未来の婚約者に』ってくれたんだもの!私は関係ない!それに、そんなハゲなんて治せるわけ無いでしょう!私の力はお花を少し早く成長させるだけでそんな治癒の力なんてないんだか………い、やちがっわない!だめえ!言っちゃだめ本当のこ、あああっ!」
「聖女の力なんて真っ赤な嘘、ということですね?」
「だ、だって私、花売りで、この力でお花を売ってただけで悪い事してなかった!なのに、教会の偉い人がきて、私が聖女だって!私は悪くない!ローズリンデ様に虐められたフリをして彼女を婚約者から引きずり下ろせば、もっといい暮らしが出来るからって、そう言えってジェラルドも!」
うわーん、と大声で泣き始めた聖女、いや、花売りの少女レナ。悪女と呼ぶには小物すぎて、皆困惑顔だ。
「―――だそうですよ?ヒューバート第二王子殿下。貴方もご存知で?」
まるで死刑宣告のような問い。
真実を強制的に言わされるのだ、罪に自覚のある者なら断頭台に上がるかのような恐怖。
「あ、わ、私は、し、しら、知っている!全て母上と伯父上が企んだ事!上手くやればエマーソン家の領地も金も手に入るからと…!だから!」
「……だから、わたくしを陥れようとなさった、と?」
「そうだ!なのに、俺はお前を側妃にしたかったが母上が駄目だと言うから…だから牢に入れ、それから死んだ事にして監禁し、俺無しではいられないようにする予定だったのに…!!」
「絶対お断りですわ」
「ヒューバート、あたしだけって言ったくせに!このクズ男!」
ローズリンデは勿論、愛しのレナにまで否定されヒューバートはぐうっと喉を詰まらせた。
「殿下はわたくしを疎ましく思ってるとばかり……閉じ込めたい程愛されていたとは驚きましたわ。ですが、もはや穏便に事を済ませられない状況です」
「なんの話だ!」
「王族の血を引かぬ者を王太子に据えるわけにはいかないのです。そうですよね―――王妃様」
美しい淑女の笑みを王妃に向ける。
隣の王は信じられないような顔を向け、ワナワナと震えた。
「お、前……あの日、孕んだ子だと言って私を謀ってきたのか……アレは一体、誰の子だ…?」
王妃は必死に口を塞ぐ。
その行動が真実を物語っていた。ヒューバートが王の血を引いていない事を。
元々第一王子の母が正妃だった。
しかし側妃では我慢ならないベルダ公爵家が横槍を入れ、既に子を授かっている彼女を産後の肥立ちが悪い等理由をつけ、押し退けて正妃に収まる。極めて外道の方法で。薬を盛って王を前後不覚にし、その身体に跨った所を人目に触れさせた。
流石に言い逃れの出来る状況ではない為娶りはしたが、その後関係は結ばなかった。王はショックで不能となってしまったから。とことん不憫である。
それ故、ベルダ公爵家サイドは焦った。
何故ならば、王は王妃と致してはいなかったからだ。
子が、次期王になる王太子を身籠らなければ王妃になった所で意味はない。権力はいずれ失う。
そこで考えたのは鬼畜とも言える所業―――
「言え!ヒューバートは誰の子だ!?」
王が王妃の両手を掴み、叫んだ。
「あれは、あな、うぐ、兄上との子で…!いやああ!!ちがっ、わないわ!!本当は貴方としていないのよ!保険の為だと言って兄上が私を犯したわ!!私は!嫌だと言ったのに!その時の子供がヒューバート……っあああああ!!!!」
予想以上に重い真実が飛び出し、ローズリンデの冤罪とかスパーンと抜けてしまう程、会場の空気が凍っていた。
「……ローズリンデ、最初から知っていたのか。俺が王族の血を引いていない事を」
ヒューバートは乾いた笑い声を上げると、力なくその場に座り込む。
「……ヒューバート様が、わたくしを大事にして下さっていたら、この件は内に留めて、王は無理でも私の夫として共に生きる道もありましたのよ?」
「お前を愛していたじゃないか!今からでもまだ…!」
「わたくし、初めからヒューバート様を愛しておりませんよ?」
そう、にっこり笑って言うローズリンデ。
「臣下としての務めのみです。だから貴方に苦言を呈していたのに、女狐と狸の甘言に唆され、わたくしを罪人にしようとしましたね。多少あった情も綺麗さっぱりなくなりましたわ」
ウフフ、とコロコロ笑う彼女に、今度こそヒューバートは肩を落としてそれきり顔を上げなくなった。
不義の子どころか、国家を揺るがす程の出生の秘密。
それでもローズリンデは国の為、ヒューバートを守ろうという想いがあった。だが、それを踏み躙ったのは他でもない彼自身。
ベルダ公爵家は断絶だろう。現当主の三親等までは確実に処分される。余波がどこまで響くかは王次第だが、甘い結果は望めない。
(それに、元々別の方と婚約を結ぶ予定だったところを横槍を入れられたんですもの。愛されていたなんて思う方がどうかしてるわ)
「……ヒューバートとデボラ元王妃、並びにベルダ公爵家の一族を皆牢へ。国家転覆罪を適用し、然るべき処置を。偽聖女の件は神官長を尋問し、神殿内の速やかな調査を命ず。これは王命である。そして本日より側妃マチルダを正妃へ戻し、王太子は第一王子ハインリッヒとする!―――エマーソン嬢、頼む」
「畏まりました」
ローズリンデは美しいカーテシーを見せると、両手を合わせ、パンと軽快な音を打ち鳴らす。
キラキラと光が降るように零れ、会場を包むと、カチリと何かが外れる音がした。
「ロック、解錠しました―――皆様、お疲れ様です」
この上なくスッキリとした笑顔のローズリンデと比較し、まるで狐に化かされたような顔の人々。夢から醒めたかのように会場を後にする人々を最後まで見送ると、代わりにやってきたのは騎士団を連れた第一王子ハインリッヒだった。
「近衛隊長、ご苦労だった。ここからは私達が引き受けるので、父上の護衛に戻ってくれ。ヴェルン隊長、罪人の移送を任せる」
「はっ!」
騒がないよう口に布を噛ませ、縛り上げられて移送されるベルダ一族とヒューバートと偽聖女レナ。
国内の貴族はともかく、他国の使者など政治的に問題の出そうな所には追って謝罪をという事で、こちらの処理を優先させてもらった。使者達もとんでもない目にあったが、国王のほうがもっととんでもない事になっていたので、同情からかこちらは気にせずにと却って気を使われてしまったのだが。
騒ぎの大元である人物達が居なくなれば、そこに訪れるのは静寂。
「……すまんなハインリッヒ、情けない父親で。危うくあの公爵に国を乗っ取られる所であった」
「まぁ致し方ありません。我々が気付いた時はまだ幼く、なんの力も無かった。簡単に覆せる状況ではありませんでしたから」
ハインリッヒは父親である国王に面差しのよく似た、銀の髪に深い海色の群青の瞳の青年だ。一方、ヒューバートは国王と似通った所はなく、母親似なのだろうと思われていたが、ハインリッヒは物心のついた頃からその血を疑っていた。彼の瞳に有する王家の血の能力がそう告げていたから。
「私の目にはあいつの王家の血がとても薄くしか見えなかった。二人だけで内密に処理しようとしているうちに、ローズリンデを奪われてしまったが……まさか、実の兄との子供だったとは……獣にも劣る行為だ」
愛もなく、ただ、自分達の欲の為だけに作られた命。
ある意味ヒューバートも被害者だ。だからこそローズリンデは彼に告げたように逃げ道を残していたが、公にされてしまった以上、穏便に済ます事は不可能で、良くて断種の上重い強制労働、悪くて毒杯を賜るか。彼は王族の血を引いていないので、生涯幽閉などという優しい処遇は望めない。
「エマーソン嬢、そなたにも苦労をかけたな…アレの血を残す事にならずに済んで、本当に良かった」
げっそりと十は老けたかのように疲れ切った顔の国王がそう口にした。だが、言われたローズリンデは扇で口元を隠し、淑女の笑みを浮かべる。
「ふふ、そこは抜かりなく―――ハインリッヒ様にお力添えをお願いさせていただいておりましたの。わたくしが産む子は間違いなく王族の血をもつ者、ですわ」
「まぁ、その契約も君がこのまま王太子妃でいるなら継続可能だ」
ハインリッヒの言葉にローズリンデは臣下の礼をとる。
「―――全て王太子様のお心のままに」
「そこは愛してると言って欲しいな」
「フフ、恥ずかしいので二人きりの時にお願い致します」
ローズリンデはヒューバートに情はあっても愛は無かった。
故に、負の象徴である彼の血を残そうなどあり得ない事で。彼の出生の秘密を知ってすぐにハインリッヒに申し出た。わたくしに子種を下さい、と―――
当然ながらハインリッヒは口にしていた紅茶を吹き出すほどに驚く。さすがの彼も平静を保てなかった。苦い思い出だ。
「ハインリッヒ様のあれ程動揺したお姿を拝見したことは無かったので、大変貴重でしたわ」
「あの時のことは忘れてくれ……」
内容はとんでもないがはたから見れば初々しいカップルそのもの。国を揺るがす程の事件があった後とは思えない空気だが、国王はやっと心の安寧を取り戻せた事に心底ほっとする。
それからどうなったかというと、ローズリンデはハインリッヒとの婚約を果たし、結婚して王太子妃となった。
すぐに国王がハインリッヒに譲位した為に王妃となったが、臣下達の不安とは裏腹にその力を政治に使う事はなく―――主に、臣下達の妻からの懇願を受けて、浮気調査や血縁を偽る事が無いよう、スキルを行使した。
なんたる無駄遣―――平和的利用であろうか。
その平和的な利用は勿論自身の夫である国王にも使われていたが、ローズリンデを愛する夫に効果は無く、ただただ嫉妬する自分を相手に晒す事となり、都度「私の愛を疑うのか?」と、おしおきされ羞恥に悶える、という事を繰り返す。
「あなた……わたくしの事、相当お好きなのね」
「……3人も産んでおいて、今更かい?」
どうやらこの夫に『真実の口』は不要のようだ。
3人の子を産んでからようやく気付いたローズリンデだった。
END.
(9/16追加)
※空気の父親どこいった?と気になる皆様へのおまけです。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
さて。
ローズリンデがヒューバート相手に無双している間、父侯爵は何をしていたかと言うと。
「ベルダ公爵。折角の娘の晴れ舞台、邪魔はさせんぞ?」
「……っ?!」
エマーソン侯爵はベルダ公爵の後からそっと近付いて耳打ちした。
「娘を攻撃して口止めとは―――余程後ろ暗い所があるという事か」
「……っ……!…、……!」
ベルダ公爵は振り返ることも言葉を発する事もできず、空気を漏らすだけ。背後の人物が何をしようとしているか確認しようと顔だけでも向けようとするが、動くのは目のみ。まるで全身を何かで固められているかのような圧迫感は、呼吸までも止められてしまいそうだった。
「ああ、そんなに怯えずとも大丈夫だ。ここで殺したりはしない。娘にケリを付けさせると決めたし、な。そこの老害共々、黙って見ていてもらおう。お前達はやり過ぎた」
どうやら近くに居る前ベルダ公爵も同じ目に遭っているのか、顔面蒼白で今にも倒れそうな様子が視界の端に映る。
「まぁゆっくり見物しようじゃないか。正直、胸糞悪すぎて今すぐ息の根を止めたいところだが、簡単に死ぬのは無責任というものだろう?しっかり恐怖を味わって絶望してから終わらせてやる。でなければあの罪の子は―――死んでも救われん」
貴様らの命で償えるものでもないがな、と顔を顰める侯爵。
彼の持つスキル、影縫い―――
それは、任意の対象の行動を縛り付ける、つまり行動不能にするもの。光によって作られた影を縫い付けるという意味ではない。己の影を自在に操り、複数の対象に危害を加えられる、より残酷で残忍なスキル。その特性故、極限られた身内のみが知るものだ。
「娘のスキルは私に比べれば平和的だからな。幕引きにはそれが良かろう」
辛うじて呼吸と目を動かすことだけが可能な公爵達だが、その心はもはや怒りより恐怖で占められている。
「ローズリンデ・エマーソンの一世一代の大舞台、か」
己の気持ちより国の益を優先する娘は、相当我慢をしてきた筈で、今、水を得た魚のように生き生きと輝いている。
第二王子ヒューバートの出生の秘密を知り、その真実に涙したローズリンデ。そうして、相当悩んだ末に更生の道を選択させようと奮闘したのは娘で、結果、裏切られ、彼に引導を渡す事になったのもまた娘。
(すまんな、ローズリンデ。せめてこれからはお前の力が政治の駆け引きに利用されないよう全力で守ってやるからな)
そうして侯爵は、ローズリンデが最後までその任を終えられるよう静かに見守るのだった―――
おまけEND.
別の短編と花つながり聖女ですが、こっちは詐欺師。
どっちかというと花を早く咲かせるだけの光魔法の一種。
あとローズリンデのお父さん忘れてた…
→9/16 おまけで追加しました。