鈍く光るいぶし銀。
国富の教え子とも言えるKIJOメンバーは村下を含めて全部で六人だったが、未だ顔を知らないKIJOメンバーすらも知らない隠されたメンバーが一人居る。
それは、KIJOメンバーを紹介されてから数日経って自宅に届いたKIJOからの手紙に書かれていた私とKIJOメンバーの誰かだけが知る事実。
何故に国富や村下ではなく、私にそれを託したのかにも理由すらも解らぬままに……
私は手紙を読んだその日から、その存在を漏らしてはならない恐怖に怯え、更にはその手紙に書かれていた使命を全うする為、日々過ごすKIJOメンバーとのやりとりを気軽に忘れられない毎日へと変えていた。
村下からの私的に付随される金の流れを解く為の数多ある逆算式を割り出し絞る作業は今も尚……
それに付け加えられた国富からの使命に対し数日の間やるか否かに悩む中、私はある事に気付きその日は急ぎ帰宅した。
勿論、村下にも気取られぬ様に……
アパート暮らしにプリンター程もある金庫を役職にもなればどのみち必要と送ってきたのは村下だが、私が役職なんてと笑えばKIJOに重要な役割を持つのだからそれは役職の一つと返され黙す他に無く、邪魔にプリンターの下に置いていた。
まさか、そこに村下にも秘密にする手紙を最初に入れる事になるとは思ってもいなかったが、それ故この金庫の重要性を思い知らされる事となり、鍵の開け方を確認し直して数日。
こんなにも早々に開ける機会が来るとは考えなかったが帰宅してスグにカーテンを閉じ、金庫から手紙を出すと宛名しか無い封筒の表裏を、中の手紙も読み返し確認するがKIJOの名前があるだけで住所等の返信先は何処にも無かった。
それは、コチラからは返事をする術も無い事に、やるもやらないも有無をも言わさず私はこの手紙を受け取った時点でKIJOメンバーの誰かの駒にされたのだと理解する他に無い。
流石というべきなのか、謎のKIJOメンバーが打った手に私は返す手もなくまんまと撃ち落とされたが、捕虜とはせずに敵も捕えれば己の駒とするのは実に日本的だと思える。
それは、外国こと西洋での戦術知識に用いられるチェスや近隣諸国のその他のゲームにはあまり見受けられない将棋に置ける持ち駒の妙。
奪った駒を己の駒にする事はあっても、将棋のように敵であった時と同じ役職を与えて使われる駒というのは歴史あるゲームでは他に知らない。
それが日本の歴史的背景が基因するのかまでは私には解らないが、第二次大戦の敗戦時にGHQの規制事物から逃れる為の言い分としてもその点が買われたと聞く。
将棋を通じて日本人が再び戦意を想起するのを恐れたGHQだがその説明にこの持ち駒の妙を用いて、将棋は極めて頭脳的で紳士的な知を深める教育価値を齎すゲームとされ許可された経緯がある。と、何かで聞いた事があったが定かでないのは、流されるままに生きて来た私のいい加減な人生そのものの様にも思える。
だからこそ、獲って己の駒にする様な考え方が知恵の実に繋がるのは間違いない。
私にすれば斜め上。
その思考に高く評価する事が出来、尊敬に繋がり至高に素直に従おうという気にさせた。
手紙を金庫に戻そうとした時、私にはそれが何とも言えない従属艦に思えて閉めるのを躊躇うが、同時に今後ここにどれだけの秘密が詰め込まれるのかにワクワクしている自分が居る事に気付き、予想外な自分の内面に驚き裏腹な期待に腹の底から笑っていた。
きっと、隣の部屋からは気持ち悪がられていただろう程に……
翌日からの出社は何か吹っ切れたのか、まるで峠を越えた病だったと思える程に気持ちが軽くなっていた。
勿論、仕事量としては更に増えたような物で脳の活動量に体力が奪われて行く感覚は変わらない。
いえ、むしろ疲労感はえげつない程で、脳がフル回転している最中に
「すいません、中丸さんって前は請求書の方やってましたよね? この車イベントで使って今は何処に在るのか固定資産管理台帳に登録が無いんですよ。減価償却したかリースかも判らなくって……」
そういった別の用で、ふいにそちらを見ると船酔いにでもなった様な目が回る感覚に、
只今別件処理中の為少々お待ち下さい……
と、思考が演算処理と分離して、問に応えようと考えているのに問の答えを考えられない状態に、頭の切り替えが出来ていないと気付くまでの時間が延びて行く。
もどかしくもどうすることも出来ないそれこそが脳疲労なのだと知るまで、私は自分の知能の低さに脳が追い付かないのだとKIJOメンバーである彼等の優れた知識と才能と比較し自分を卑下していたせいで病院にも行かず、上司である村下にも相談せずにいた。
当然、友人に話した処で自分の馬鹿を笑われるだけで、それがKIJOに関わる事だ! などとは言える筈もなく、経理の仕事に計算だらけで大変だとするのみ。
そんな話の流れに返る応えは、経理なんだから計算するのは当たり前。
むしろ経理が計算しなくて何をする。という至極尤もらしい突っ込みが返って来るのも経理の立場向上が成らなかった経緯が見え隠れしている様だった。
ある日、固定資産管理システムに関する件でブレーンルームとは別に在るシステム管理を担う部署に居たKIJOメンバーの一人、高橋祐希という三十代後半位の男が舐め腐った態度で棒付きの飴玉をクチャクチャと舌で転がしているのを目の前に見ながら件を説明させられて、
内心苛つきながら高橋の一々オラつく返答を低姿勢で聞かされた後に、登る階段の一段一段に怒りをこめるとストレス解消になると気付き、上の階にある経理部署までに歩けばストレスを持ち込まないで済むと知る。
それを村下に話した折
「ユキの飴玉は脳への糖分補給だろう?」
と言う村下が高橋の擁護に発した言葉で、ようやく私は自分が脳疲労だと知った。
けれど私はそれ以来、棒付きの飴玉を見るとあの汚らしいクチャクチャと鳴らす咀嚼音が聴こえる様で見るのも嫌になっていた為、糖分補給には飴ではなくラムネを用いるようにした処、私は一部でラムネババアの異名をもっていたらしい。
それは休日の買い物で憂さ晴らしにと入ったスイーツ専門店で独り奥席で注文した人気のパフェを食べ始め、二口の味わいを終え。さあ、食べるぞ! と意気込む三口目を口へと運び入れる正にその時だった。
KIJOメンバーの一人、三十代前半の女プログラマー水戸華が、同じくKIJOメンバーの三十代後半の男プログラマー丹部九馬と共に店へと入って来て、パフェにガッツク私の顔に手を振り隣の席へと二人は腰を降ろした。
ガッツキたいのに向こうも見られたデートを隠したいのか華は惚ける話をダラダラと、溶けるアイスが私の心のドロドロを表しているようで、気付いてくれない? と、わざとそれを見詰めて話を聞いたが気付いたのは黙って華の話に笑顔で頷く丹部の方だった。
「アイス、溶けちゃいますよ」
唐突にそう言って華の話を遮って発した言葉に心は無く、華も話の腰を折られてムッとした顔を浮かべながらも一応に私への気遣いに、
「気にせず食べて食べて!」
そう言うだけで黙ってコチラを見ている姿に、私の方が気を遣わざるを得なかった。
自分は何をするでもなく一言に責を消し他人を動かす。
その辺りに流石は国富の弟子たる部分を見せるが、友人になろうとするならそれは不向きな姿勢と気付くべきだろうと思うも、華は同性の友人が居ないのか必死に私に話して来る。
恐らくはその性格故の事だろうとスグに判る女の、軽くも想いの重さを執拗に問うも判断基準は自分本位にしか語れないただただ自分に甘い相手以外とは話せずに、一度疑いだせばキリがない程に相手を困らせ拗らせる事で自分だけの味方かの判断にする。
その手の女の面倒臭さを女の武器の様に言う女は、面倒を嫌う男からも女の武器を嫌う女からも嫌われる。
そんな女に付き合える男は余程懐が広いか、惚れた負けに甘えにも付き合わざるを得ない言いなり男。けれどそれはいずれは地獄に堕ちる我儘の罠。
そんな女が唯一幸せになれる相手こそ、甘える女の疑いをも説き伏せる自身のある男。
果たして丹部の漢としての度量は判らないが、華の面倒をコチラに振って来る辺りに見える卑怯は女のそれをかわすに十分とも思えた。
それが確信に変わるのに時間はかからなかった。
「この後、木場さんも呼んで飲みに行きましょうよ」
私の心を見透かす様にわざわざ断り難く木場を呼ぶとした辺りにも、ジトっとした目で見るその目の裏側にニタニタとした策士たる一面が覗いていた。
デートの邪魔と見る側面と同性の友達が出来るチャンスを天秤にかけたと判る微妙な喜び方の華に正直、面倒な事になったと思っていた私の思考すらも丹部はそれを肴に酒を呑む気だろうか笑っていた。
横を見れば、私は返事もまだなのに華が木場に電話をかけていた。
電話番号を知る仲にKIJOメンバー同士だからとも思うが、むしろ普段は会わないようにしている可能性を気にしていた私がバカみたいに思える程に普段から会っていると判る馴れなれしい会話。
それこそ皆の連絡先を聞いておけばあの件も断われるんじゃ? と、脳裏に過るがそれは敢えてしなかった。
何故なら私は既にそれに期待し足を踏み入れていたからだ。
決心をした事に後ろを向く気はない。
始めた一歩に欲深い不快な女と策士のジト目男が盛り場探しに前に居た。
「待ち合わせのお客様一名入りまーす」
遅れてやって来た木場英司は、あの日ブレーンルームに居た四十代のエンジニア。
聞けば歳は私と近く最初の印象通りに素直で人当たりの良い好感の持てる男だった。
席についてスグに皆のグラスの残りを気にしてドリンクの注文を聞く辺りからしても、周囲に気を配れる年の功を見せる。
けれど見方を変えれば、周囲を良く観察している事に怪しい動きを見逃さない監視役としての素質を十分に理解させる。
あの手紙にあった私に任された使命、先ずは国富も村下も含めたKIJOメンバーの中に居る裏切り者を特定する事にある。
この中の誰かがKIJOのバブルキャッスルという暴露プログラムに穴はないかと探る痕跡に、辿れたのが内側に居るKIJOメンバーのみだったと言う結果に。
都度にサーバーのメンテナンスと並行して消されたデータの解析と吸い取り、そして追跡調査を行っている最中に、消されたデータの解析に混ぜて消されたプログラムの解析作業の痕跡。
バブルキャッスルのプログラムに穴はないかと探る理由は幾つか考えられるが、探るならKIJOメンバーに伝えておけば済む話に何故伝えもせずに更には痕跡を消そうとしたのか……
少し調べれば気付かれる事もKIJOメンバーなら解っていながら何故それをしたのかにも疑問が残る。
通時のセキュリティー企業関係からのバブルキャッスルに対するアタックの痕跡と穴はないかと探る痕跡との相関関係は今の所は見当たらない。
けれど、そのメンバーがプログラムに穴を見つけたなら直後に起こる事態は、KIJO側の対応に遅れと不信と逆の暴露に逮捕・監禁・暗殺と相手の巨大に何が遭っても不思議はない。
KIJOの身を護る為の暴露こそがバブルキャッスルの信条でもあるのに、それを逆手に取られてはKIJOがKIJOたる所以をも引っくり返されるようなもの。
それ故にKIJOの誰かが威信をかけて私に手紙を寄越した。
私は最初に読んだ時は勝手にそう考えたが、問題はそれだけではない事も理解したからこそこれを受ける事にした。
保身。
当初私はKIJOメンバーの裏切り者の存在を考え誰なのかに思考が行ったが、裏切り者が何をしようとしているのかに思考が及ぶとKIJOメンバーの危機に気付く。
そして次に読んだ時、私は自分がまだKIJOメンバーに入った自覚が無かったと気付き、自分もその危機の渦中にあると知った。
自分の身を護る為にも、先ずはこの裏切り者を炙り出さなくてはならない事実に……
見付けた所で浮かれる事も出来ない。
裏切り者の背後関係や既に何処までの情報が流れているのかにも、やるべき事は数知れず。
そして、それを伝える為に私は同時に手紙の送り主も探さなければならない。
KIJOメンバーになったと同時に……
正直思っていたヒーロー像とはかけ離れた実態に違和感はある。
けれど自分がそこに居て、今その中で探偵ごとに物語の主人公にでもなったような高揚感が私を突き動かしていると自分で判る程に前向きに捉えていた。
一つ疑問は、私がKIJOメンバーになった時、手紙の送り主は裏切り者の仲間の可能性を考えなかったのか。
まぁ、木場の名に口走ったあのドジな話の説明を聞けば……
「中丸さん次何飲みます?」
「あ、木場さん優しい! 私には聞かないのにね」
「華のビールはオレがさっき頼んどいたよ」
「さすが九馬、わかってるう!」
「あ、ウーロンハイをお願いします。それとこの燻製チーズの盛り合わせもいいですか?」
こんな酒場で見付けられる程簡単には行かない事くらい解ってる。
だから今夜は燻した煙でまく様に、今まで通り流れに身を任せて愉しく呑むわ。
あなた達のファーストコンタクトに、毒が無いかを調べる銀盃の如くにこの目を以って……
「乾杯」
「え、何々? 私もカンパーイ」
「今度は何の乾杯?」
「お、中丸さんもノッてきましたね」
そう、ノリに任せて色々と話しを聞かせて貰うつもり。
一番警戒心の強い丹部九馬、あなたとは今夜の内に打ち解けないと華を楯に使われて逃げられてしまうもの……
きっと華は私と木場を近付けて安心したい筈。
だから私はわざと丹部に近付くの。
あなたのボロを誘う為に。
そうなったらフォローするのに丹部が出て来る。
もし出て来なくても、華あなたが丹部を困らせる筈だから。
それで喧嘩になれば、私はもう少しあなた達を監視して色々突付いてあげる。
だから今夜は木場さんをあなたに近付けてあげるからね。
「丹部さんは、木場さんを前から知ってたんですか?」
「……いや、オレは」
「私が九馬を誘ったの、木場さんが私を誘ってくれた様にね」
何とも防衛本能の強い女のお陰で少し繋がりは見えそうね。
「へええ、じゃあ木場さんはどなたから?」
「あぁ、僕は村下さんに」
つまり、誰かと繋がりなくして入る事はないと……
けれど予想通り華と木場の過去には何らかの接点がある。
ジト目が木場を見る目は華の返事で明らかに変わった。
微妙にだけど……
でも、それは丹部が華と木場の関係を怪しんだ証拠。
つまり、華を掌握してる筈の丹部が、華が割って入ったあの返答に嘘の匂いを感じ取った! って事だもの。
だから私は木場と華の関係は聞かない。聞きたければ自分でどうぞ!
そんな目を敢えて丹部に向けた私の思考に、丹部は自分の思考が覗かれてる気がしたのか一瞬合った目を伏せると落ち着かないのかグラスの残りを飲み干し新たなハイボールを注文し、それでも収まらない苛つきにつまみを選び会話の外へと逃げていた。
私に対する苦手意識を植え付けた事で、一つ入り口の完成を確信した。
これは短編【黒い箱に滴る蜜の味。】から始まる【解いてはならぬ金の紐。】の続きであり、この数年後の話が短編【白日の下に晒される。】になります。
中丸美鈴シリーズとしてシリーズ設定しています。
そのシリーズのページにおいては、上から時系列順に並べました。今後も続ける予定でいますので、宜しければそちらのページから他3タイトルもどうぞ。
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