犯人は、私《あなた》
犯人は、私
「犯人探し、手伝って」
K子の突拍子もない連絡に、今日は、またすごいなと僕は半分笑いながら返事をした。
「いいよ。どこ行けばいい?」
一時間後、僕はK子と校舎の中にいた。
今年も甲子園に縁のなかった野球部の声が、静まり返った廊下を走る。
校舎内に人影はなく、窓から入る光が、汗を流す野球部員の声をドラマのように照らしていた。
「じゃあ、これね」
K子はいきなり、僕にジャラジャラと金属の束を渡した。
「鍵よ」
聞くより先に、K子は答えた。
でもK子なら、と思ってしまう。
一ヶ月前、セミ捕ってきてとK子に言われ、捕っていったら、いきなり油で揚げて一緒に食べさせられた。
あの時の驚きに比べたら、この鍵束ぐらい当たり前の用意だろう。
「まず調理室ね」
K子はスタスタと歩き出した。
僕は後を付いて行く。
「なぁ、犯人って何の犯人だよ?」
「私のよ」
K子は、振り向きもせず答えた。
私のってどう言うことだ? 私の犯人って事は、K子が何かされたって事か? その犯人を探しに学校に来たのか? 犯人は学生…教師か?
そうこう考えているうちに、調理室に着いてしまった。
「開けて」
K子が指す。
一拍遅れて、さっき渡された鍵束を思い出した。
鍵を開けると、K子はありがとうと言って中に入って行った。
僕もそれに続く。
「犯行で使われるのは、やっぱり包丁ね。となると準備室か」
K子の一言々々に操られるように、僕は準備室の扉を開けた。
包丁は、鍵のかかった戸棚にしまってあった。
戸棚の前でじっとするK子の横から、鍵を開ける。
「これね」
K子は細長い柳包丁を指した。
僕はそれを手に取った。
「気をつけて」
言われなくても、気をつける。
手にした柳包丁は、あまり使ってないようで、他の包丁よりも光っていた。
胸の前で包丁を持った僕に、K子は
「うん。いいじゃない。じゃ、そのまま付いてきて」
と、また先に歩き出した。
僕は急いで追ったが、それが何だかK子を包丁で脅しているようにも思え、一人で笑ってしまった。
一階の調理室から二階へ。
二階に上がると、グラウンドの奥に、プールで泳ぐ水泳部員の姿がチラリと見えた。
気持ちよさそうだなぁと思ったが、K子のこの冒険は、プール以上に僕の好奇心を刺激していた。
「次は、ここよ」
階段を上がって右に曲がった突き当りの部屋、視聴覚室だった。
鍵を開けると、K子はスタスタと中に入っていった。
チラリと外に目をやり中に入ると、K子はすでにカーテンを閉めて回っていた。
「ポーズ取って」
K子は手を止めずに言う。
「ポーズ?」
何のことか分からない僕に、K子は
「包丁で切るポーズよ」
と、当然のように答えた。
カーテンを締め終わると部屋は一気に暗くなり、K子がどこにいるのかぼんやりとしか分からなくなった。
K子は僕の前に来ると、どこから持ってきたのかクマのぬいぐるみを胸の前に出した。
「犯人はこうやって上から包丁を振り下ろして」
K子はそう言いながら僕の手を取り、持っているクマの頭の上に包丁を当て、止めた。
…ウー ウー ウー
グラウンドの方から、パトカーの音が聞こえてきた。
何だろうと行きかけると、K子が言った。
「私が呼んだの」
「えっ!?」
僕は動きを止めて、K子に向き直った。
「犯人探しって…」
とっさにその言葉が口をついた。
いつの間にか、クマのぬいぐるみは、なかった。
K子の両手が、包丁を持った僕の腕を冷たくつかんでいた。
能面のような見たことのないK子に、僕の頭は真っ白になった。
K子が言った。
「犯人は、私」
その瞬間、K子の両腕が僕の腕を思いっきり下に引っ張った。
勢いのついた細長い包丁は、K子の首の頸動脈を荒々しく切り裂いた。
ガクッと崩れ落ちていくK子の首から、鉄のニオイのする体液が吹き出し、僕はその血しぶきをモロに浴びた。
ぬるりと頬を伝う、生温かさ。
それは、いつか触れてきた、K子の指先のようだった。
まばたきを忘れた僕の目に、流れる血の弱まっていくK子が映る。
「向こうです!」
「刃物みたいなもの、持ってました」
階段を駆け上がってくるいくつもの足音が、僕の耳を通り過ぎていく。