今日も一日、良い天気
今日も、良い天気だったと思う。
真っ青な空を飾るように雲は散り散りに浮かんでいて、次第に太陽様は地平線へと沈んでいく。青はゆっくりと橙色へ染まる … 次は俺の番だ。
「天良くーん!お仕事!お仕事だよー!」
背後から聞こえた元気な声に思わずまたかと溜め息が零れた。抑揚のない声とはよく言うが、ここまで抑揚溢れた声は鬱陶しくも感じる。振り返ってみれば、頭のてっぺんでユラユラアホ毛が跳ねた女がこちらに駆け寄って来ていた。
「分かってる。日が沈むからって仕事が終わったら毎回こっち来やがって…」
「来ないと左目抑えて泣きそーになってるじゃん」
「うっせ…」
顔を覗き込んでくる彼女が見ているのは自分の左目、瞼の上から火傷跡のように赤くなった三日月の刻印だ。俺が仕事をしないとこの刻印に激痛が走るもんだから、彼女は心配して毎日声を掛けてくれるんだ。まぁ、いくら声を掛けられたってサボるためならなんだってするけどな。
俺と隣を歩く一応友人の彼女、数人の教師しかいない校舎内をゆっくり歩き、階段を淡々と登っていく。俺達しか渡されていない屋上の鍵をポケットから取り出して普段は開かない扉を開いてみれば、橙色の空が視界に入り込む。
正直に言えば綺麗だった。言葉がこぼれ落ちてしまいそうになるぐらい鮮やかなグラデーション、でも素直な感想はぐっと喉の奥へしまい込む。だって隣の部屋で奴が調子に乗るから。
「…はぁ、次は俺の番だ。」
橙色の空、地平線へ向かって手の平を向ければ、目を閉じて静かに想像をするのだ。太陽が消えた後、空はゆっくりと鮮やかな色を消して闇に染まり、微かに星が輝く夜が訪れる、今日の空を…。
冷たい風が頬を撫で目を開けば、辺りは暗くなっていた。綺麗だと思った夕焼けは憎い闇に呑まれてしまった、いや。俺が呑んでしまったんだ。一番星が嘲笑うようにこちらに向かって輝いている。
「今日の夜も、良い天気だね。天良くん」
「あぁ、良い天気で…気持ちわりぃよ、日暮ちゃん」
大嫌いな夜は、俺が居なきゃ訪れない。
俺が好きな夕方は、彼女が居なきゃ訪れない。
あぁ、最高に…良い天気だ。