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作者: コトサワ

よろしくお願いします。

彼はおおかた無表情だ。クラスのみんながドッと笑うような時にも たいていは笑っていない。真顔だ。授業中の、先生の渾身のギャグ、指された生徒の間のぬけた答え、お笑い系生徒の絶妙の間のつっこみ。何があってもそ知らぬ顔。くそまじめなのか...? もしくは聞いていないのか....。

けれどもぼくは気付いてしまった。

そんな彼でも笑う時があるのだ。それは「ありがとう」。ありがとう、だ。ありがとうと言う時のみ、彼は笑顔になる。

おはよう はだめ。バイバイもだめ。ごめんね もだめ。まあ、だいたい無口な方で あんまりしゃべりもしないのだが。


ちょっとしたことだ。よくあることだ。彼が授業中、消しゴムを落とした。後ろの席のぼくの足先に転がってきたものだから、ぼくは拾って彼に渡した。彼は振り向いて受け取り、小声で「ありがとう」と言った。その顔が、笑顔だ。

びっくりした。顔が変わる。全体に部品がちっちゃく、スッとした顔をしている彼だが、笑うと ふわっと愛敬が広がる。別人のようだ。意外すぎてクラクラした。

その時は、なんで笑ったのか、どこが笑うツボだったのか 全く分からなかった。けど、次は雨の日だ。朝は晴れていたのに急な雨で。彼は靴箱のところで直立していた。どしゃぶりの去るのを待っていた。

ぼくは置き傘をしている。プラス、天気予報のどしゃぶりマークを見ていたぼくは 大きい傘も持ってきていた。

ぼくは彼の肩をたたいて傘をさし出した。

驚いた顔で彼はぼくを見て

「君は?」

と聞いた。

「クラスメイトです。」

「いや.....。」

彼は しばし真顔でぼくを見つめ、

「それは知っている。君の分の傘は?と聞いたつもりだった。」

彼はほとんどクラスメイトと口をきかない。消しゴムありがとうはぼくにとって事件だったが、もちろん彼にとってどうかなど分からない。同じクラスになって何ヵ月も過ぎたけれど、彼はぼくのことなど覚えてもいないかも、という可能性があると常にぼくは思っていた。ぼくは知られていたことにホッとして傘をもう一本取り出した。

「二本、持ってるんだ。」

真顔が、

「ありがとう。」

くずれる。


さあ!それからのぼくの行動は想像に難くない。彼にお礼を言わせたいがために、それこそ検品でもするように、神経を彼に集中。落とし物はしまいか。忘れ物はすまいか。どんなに小さな物でも彼が落とした物ならばぼくが拾う!絶対見逃さない。何か探す仕草をしたならば 使う?とさし出す。定規やらハンカチやら.,..。彼の好きなものもチェック。図書カードを見れば好きな本も分かる。彼は読書家なのだ。いつでも貸せるように好きそうな本も購入。いつも飲んでいるのは どうやら麦茶。弁当でない時購買部で買うのは玉子サンド。さすがに買ってあげたりはしないが とりあえずチェック。好きな教科は化学のようだが、ぼくが苦手なので教えてあげたりはできない。でも努力はしてみた。成績はさほど上がらなかったが、ぼく自身、化学が少し好きになった。

教室で机に向かい、弁当を食べている時にそのことに気付き、思わず「オォ....」と小さくうなったら、同じく前の席で弁当を食べていた彼がふり向いた。

「どうした?」

もちろん真顔だ。しかしこんなことは とても珍しい。彼の方から話しかけてくることなど。

「ああ、いや、その、化学が....」

彼は真顔で聞いている。ぼくはしどろもどろになる。

「その、気付いたことがあって つまり....」

言葉が見付からなくて頭がぐるぐるした。化学が好きになったこと、つまりそれは彼のおかげであり だから

「....ありがとう。」

つながってないぞ!意味が分からんぞ!思いつつ出てしまった言葉に 彼は反応した。

「どういたしまして。」

────笑った!自分が言った時だけじゃないんだ!人が言っても笑うんだ!大発見!!しかし。ぼくは自分の発した言葉を反芻した。半分以上、頭の中でぐるぐるしていただけだ。出た言葉をつないでも、意味が....分からないのでは.....?

分かったのだろうか。テレパシーだろうか。ぼくは彼をじろじろと見つめたが 彼はとうに前を向いて弁当の続きを食べていたので、いくら後ろ頭をじろじろ見つめたところで 彼の心は分かろうはずもない。

けれども何かが彼の心に「はまった」のか それからぼくは彼と親しくなることができた。

時々、彼の方から話しかけてくる。彼の方から近付いてくる。そうなっても、もちろんぼくは「お礼を言ってもらおう行動」をやめなかった。親しくなっても彼の日常は、やはり無表情だったからだ。


春、ショックな出来事があった。なんと彼とクラスが別れてしまったのだ。

進級、クラス替え。ぼくの中の満開の桜が一気に散った気分だった。クラスが違うと親切にする機会は極端に減る。会えないのだから。顔が、見られない。ましてや笑顔なんて....。ついこの間まで一日一回のペースで見られるようになっていたものを.....。そう、そこまでぼくの努力が実を結んでいたのだ。なのに....。


毎日ぼくは ほうけて過ごす。楽しみがない。そしてぼくは決心した。

彼を誘おう。家に招こう。

彼の好きなものは知っている。おもてなしできる。おもてなしをすれば彼はきっとありがとうを言ってくれるだろう。

なかなかの勇気を出して、ぼくは彼のクラスへ休み時間に訪ねていく。電話番号なんて知らないからだ。直接言うしかないのだ。開いたドアからぼくが彼を見付けると 何と彼の方もすぐにぼくに気がついて、迷いなくぼくに向かって歩いてきた。

「今度の日曜、家に来ない。」

「遊びに?」

「来て下さい。」

「ありがとう。」

天にものぼる心地がした。なんて久々のアリガトウ。なんて久々の笑顔。

ぼたんだ ぼたんだ。心がなんだかずっとそうつぶやいていた。

桜は散った。でも牡丹が満開になった。豪華な花。満開。心が満開の牡丹でいっぱい。ぼたんだ ぼたんだ ぼたんだ──────。


日曜日、家族には出かけてもらった。

用意は万全だ。チャイムがなる。ドアを開ける。真顔の彼が立っていた。白っぽい服がスッとした顔によく似合っている。

「.....。」

用意は万全。準備は万端。なのにバカ。最初のセリフを考え忘れていた。何と言うの。

(ようこそおいで下さいました?) かたい!

(いらっしゃいませ?) お店じゃないんだ!

(ごぶさた) おととい誘ったばかりだし!

「おはよう。」

彼が先に口を開いた。

「おおおはよう。」

そのまま二人で立ちつくしていたら、

「あがらせてもらっても?」

と、彼。

「どどどどうぞ。」

どうも舞い上がってしまっている。どうした、しっかりしろ。せっかく来てもらったのに これではありがとうも言ってはもらえないぞ。帰ってしまうぞ。

けれども彼は靴をぬいで玄関をあがると 一瞬静止してぼくを見つめ、

「お招きいただきまして、ありがとう。」

とかたく言い、言った直後にっこりと、笑った.....。目の前がキンキラするようだった。

「ようこそおいで下さいました いらっしゃいませ ごぶさたです どうぞこちらへ。」

口が、だめでしょうと考えずみのセリフを勝手にしゃべっている。

くす と笑い声がした、気がしてぼくは驚いて振り向いた。すでにぼくたちは台所に入っていた。彼は、笑っていた!

「ありがとう。」

え─────っっ!? すごい‼ はじめて! 笑顔先、声後バージョン!!

麦茶を出す。

「ありがとう。」

ヤッター!!

「お昼、お昼に玉子サンドを作ったんだけど、食べてってくれる。」

「もちろん。ありがとう。」

ブラボー!!

夢見ごこちで何をしゃべってるかも ぼくは分かっちゃいなかった。彼は、そんなぼくのフワフワしているだろう話にも、真顔でフンフンと相槌を打ってくれていた。

玉子サンドも食べ終わって紅茶を入れてありがとうと言われて、より高くぼくが舞い上がってしまった時、この日も自分からは あんまり話題をふったりしなかった彼が、ふと、話し出した。

「オレには妹がいるのだが」

ぼくは動きを止めて彼の顔をじっと見た。彼の一人称は"オレ"! はじめて知った。彼はゆっくりと話す。

「この春、同じ学校に入学してきた。」

「へぇ....。」

彼の妹。どんな子だろう。やはり彼に似ているのだろうか。真顔が多いのだろうか。

「妹はオレと違ってたいへん社交的なので あっという間にいろんな情報を入手し、それをあますところなくオレに伝えてくる。」

なんだか想像がつかない。突然バカッと重厚な扉が開いて向こうの世界がひらけた感じだ。けれども そこには霞がかかっていて、よく見えないのだ。

「君は、女子に人気があるらしいね。」

「.....は?」

彼は真顔である。

「妹情報だが、アレは根も葉もない噂をオレの耳に入れたりはしないのだ。」

「.....妹さん、1コ下だよね。ぼくのことなんて知ってるはずはないけれど。」

「もちろん、しゃべったことはないだろうが、知ってるはずがないとは言い切れない。」

「ぼくは、女子に人気なんかないよ。」

「そうか、自覚がないのか。」

「違う。事実、人気なんかない。人違いだろう」

「人違いではない。君のことだ。君は、とてもよく気の付く親切な男だ。人気がないわけがない。」

「気なんかつかないし、親切でもない。」

いったい、なんのことを言っているのだろう。こんなに長い会話をかわしたことがない。せっかくの彼との会話なのに、意味が分からない。

「君はとても親切だ。今までしてくれた、さんざんの親切をオレが気付いていないとでも思っているのか。」

「.....ああ!そうか。」

彼には、そうか。ありがとうと言ってもらいたいがために、親切とよべることを していたかもしれない。でも、

「君に親切にしたからといって、女子に人気がでるとも思えないよ。」

「オレと別のクラスになったろう。」

「うん?」

「君は今まで全てオレに向けてきた親切を、現在は他の人に向けている。特別誰というのではなく。そう聞いた。」

「.....いや.....?」

全く身に覚えがない。親切ってなんだろう。

「物が落ちたら走って行って拾う。忘れ物にはすぐ気付いて貸してやる。重い物を持っている人がいたら持ってやる 又は扉を開けてやる。そういうことを、しているだろう。」

「....まあ、そのぐらいのことは、しているかも...。」

あんまり彼の行動に目をこらして親切点を探して行動しているうちに、そういう行為がクセになっていたのかもわからない。

「だから君は人気がある。」

「.....。」

困ってしまった。あるわけがないのに。いったい何の情報だ、これは。

「オレのあだ名を知っているか。」

「....いや。」

唐突だなあ。

「ノーメイクというそうだ。」

「...ノー...メイク....」

「知らないか。」

「知らない。どうしてノーメイクなの。」

そんなの全員ノーメイクではないか。高校生なんだから。

「オレは無表情だそうだ。」

無表情だよ。

「能面君と呼ばれていたそうだ。面と向かっては誰も言わないが。」

「.....。」

のうめんくん.....知らなかった。

「誰かが聞き違えたんだろうね。今はノーメイクと呼ばれているんだそうだ。」

「ふうん。」

「変わらず、面と向かっては誰も呼ばない。このように、特に自覚はないが無表情が敬遠されてか、オレには友人はいない。」

ぼくは、友人には入れてもらえてないんだな。が、さほどがっかりもしない。当然と思うからだ。

「そんなオレに、どうして君みたいなやつが親切にしてくれるのだろう。」

「.....は?」

「オレはあまりまわりを気にしないタチなので、」

うん、うん。

「はじめは君の親切も たまたまか、もしくは皆にまんべんなくと思った。」

「はぁ。」

「でも君は。いや君の、顔を何度も正面から見るうちに、」

「....。」

「あることに気がついた。君は、オレに親切をし、当然オレが礼を言うと まるで自分が親切にされたかのように嬉しそうな顔をする。」 

「....。」

嬉しいもの!! お礼を言ってもらおうと思っての親切だもの。

「オレはね、だんだんに君のその嬉しそうな顔を心待ちにするようになった。」

なんと!! ぼくは言葉を失くしていた。信じられない。彼が、彼がそんなことを思っていたなんて!!!

「君はあんなにオレの行動に目をこらして親切にしてくれていたのに、気付いていなかったのか。途中からやけに、オレは物を落とすと思わなかったか。やけに忘れ物が多いなと、探し物をよくしているとは思わなかったか。」

「....意外にドジな一面があるのかな...と....。」

嬉しかったから、気にもしなかった。だってお礼を言われるきっかけなのだから。

「....まさか、わざとしていたと...?」

「申し訳ない。」

「ああああやまらないで。」

気が遠くなりそうだ。頭の中がこう...光のようなものでキラキラしてわけが分からない...感じ。

「うう、嬉しいことをしてくれていたわけだからぼくにとって。謝られたら困る。してやったぞ、ぐらいのことを言ってくれていいんだ。そしてここはぼくの方が、」

ぼくは頭を下げた。

「ありがとう。」

顔を上げると真顔の彼がぼくをじっと見ていて、そして言った。

「どういたしまして。」

出た! 笑った。


はじめてこんなに長く同級生と会話をしたと彼は言った。そして少々疲れたから もう帰ると。

ぼくは玄関まで出てゆき、

「また来てくれますか。」

と聞いた。

「もちろん。」

と彼は言い、

「これからも君の前でわざと物を落としたり、探し物をしたりしても、いいだろうか。」

と聞いた。

「ぜひに。」

とぼくは答えた。

「拾うし、一緒に探すし、貸してあげる。だからどうかその時は、お礼を言ってね。」

「分かった。」

変な約束が、変な友情が、成立する。

そしてとにもかくにも二人のキーワードは、この日も別れぎわに彼が言った この言葉。

「ありがとう。」

にっこり。

「こちらこそ、ありがとう。」

彼の笑顔は深くなる。

ぼくは明日から より 幸せになる。










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