お茶会では早くも火花が散っております、お兄様 3
「お願いします」
「ええ。あの……聞いたところで何も理解できないかも知れませんが、どういう法具なのか、お伺いしても?」
ネックス子爵令嬢の考案した法具が販売できないかもしれない、というのは、あくまでレシピの登録申請が通らなかった場合の話だ。シール兄様が登録しているレシピとは違うものだったら、何の問題もなく登録できる。
「詳しくは教えられませんが、素材にスライムジェルを使っているんです」
「スライムジェル? ……スライムということは、魔物素材を使っているのですか?」
ミス・エイヴォリーが首をかしげながら、質問をした。
スライムジェルって、確かスライムの体から核を取り除いたらできる素材だ。ちなみに、この核は水につけていたら、そのうちスライムとして復活する。ちょっと前にスライムジェルを作る手伝いをしたので覚えているのよ。
ただ、シール兄様が液体なら何でもスライムになるのだろうか? って、隣で実験を始めたのにはびっくりしたわ。なんで、オレンジジュースでスライムが生まれるか試そうとしたのかしら?
もちろん、生まれませんでした。
「えぇ。植物を長持ちさせるにはやはり水が重要ですので。スライムジェルなら──」
「信じられませんわ! ネックス子爵令嬢はスライムを身につけろとおっしゃるの?!」
ヒステリックに叫んだのは、ブラックマン男爵令嬢だ。ほんっとうに、どうしてこの方は、いちいち、いちいち、癇に障る物の言い方をなさるのかしら? 皆さまの呆れと非難を含んだ、冷ややかな視線に気づいていらっしゃらない?
「スライムそのものを使っているわけではありませんから……」
と、ネックス子爵令嬢が反論するものの「スライムなのでしょう!?」と聞く耳を持たない。ガヴァージュ男爵令嬢も「魔物だった物を身に付けるなんて……」と眉をひそめている。
もうね、ほんっとうに腹が立って来たので、思わず……
「何をそんなに大げさに驚いていらっしゃるの? お気に召さないのであれば、お求めにならなければよろしいだけではありませんか。ねえ? 皆さま」
言ってやったわ。嫌なら、使わなければいいだけの話じゃないの。あなたはあなた。わたしはわたし。それが流行っているのは知っているけれど、わたしの好みには合わないから、わたしはいらないの。これだけのことでしょ。いちいち言う必要なんてないわ。
「ステラの言う通りだ。近々販売できるだろうという話をしているだけで、誰も、購入は勧めていないな」
うんうんとうなずくマレーネ様。さらに、ミス・ハリソンが
「生意気を申しますが、魔物素材は法具以外の物にも使用されておりますよ?」
「あらあら。それは大変ね」
ころころと面白そうに笑うのは、ヒューズ伯爵令嬢だ。暗に、今後、魔物素材が使われている物は、持たないのね? という問いかけだ。高級になればなるほど、魔物素材を使っている場合が多いですからね。
ブラックマン男爵令嬢とガヴァージュ男爵令嬢は、悔しそうに顔をゆがめている。わたしのいるところまで、ぎりぎりと歯ぎしりが聞こえてきそうな雰囲気。自分で自分の首を絞めただけでしょうがと、鼻を鳴らす。
「そんなことより、レシピの申請の件ですが、お伺いする限りだと別のもののように思われますので、心配はいらないかと思います」
シール兄様が登録している植物を長持ちさせる法具。よくよく思い返してみれば、心当たりがある。ただ、記憶している法具とネックス子爵令嬢の法具は、用途が全然違う。
「我が家の物はインテリアになっていますわ。一番小さくても、手帳くらいの大きさはあるでしょうか。本物の植物を絵画のように飾るのですよ」
ウォールグリーンっていうのよね。我が家では、フェイクグリーンではなくて、本物を使っているわ。だから、シール兄様と庭師のギュールズが、こまめに剪定をしているのよ。
この間なんて、何を思ったのか、ピックの先端に精巧なカエルのフィギュアをつけて、それをこのウォールグリーンにさしていたの。で、そうとは知らないミセス・ノーヴェがこのカエルを本物と見間違えて「カエル~!」と大騒ぎ。シール兄様が慌てて偽物だとネタ晴らししたら、「旦那様っ!」って、説教されていたわ。あれは、シール兄様が悪いわよね。
剪定をしていた話はともかくとして、カエル騒動は内緒にしておきましょう。英雄のイメージが壊れそうだもの。
「まあ、植物を絵画のように?」
「ええ。法具を使っておりますので虫がつくなどの心配はないようですが、育ちますので手入れは必要ですね。本物ではなく、造花で作ればそんな手間はいりませんが……」
その場合は、シール兄様考案の法具も不要である。そう言えば、この世界って、手芸用品が豊富なのよ。法具の技術があるからかしらね? レジンみたいなものもあるし……。あ、良いことを思いついた。お茶会でワークショップをしてみたら、楽しいかも!




