女学院デビュー前哨戦ですわ、お兄様
誤字報告、ありがとうございます。気を付けてはいるつもりなのですが……所詮、つもりはつもりということでしょうか……。
ワークライフバランスと言えば、ロータスはどうなのかしら? ちょっとはしたないかも知れないけれど、わたしはぐっと身を乗り出して、前部にある御者台に座るロータスへ、傭兵になろうと思った理由とこの仕事を受けた理由について聞いてみた。
「親父が傭兵だったんで、ガキの頃から憧れてたんですよ。その……冒険ってヤツに」
あらま。男の子ねえ。だから、外回りの仕事は大変だけれど、楽しかったらしい。なので、今回のこの依頼に関しては、勉強も必要だと言われても、不服なのだそうだ。
「そういう顔してるもんねえ、アンタ。でも、この先、絶対に勉強しててよかったって思うわよ。先輩からのアドバイスね。怪我をして外を回れなくなった時のことを考えてみなさいよ。傭兵は依頼をこなして金を稼ぐんだから、怪我なんかして依頼を受けられなくなったら、たちまち収入ゼロになっちゃうでしょうが」
例えば魔物のことに詳しければ、若い傭兵たちを相手に魔物の講義をすることができる。魔物に限らず、薬草の話でも構わない。それから、エル義姉様が言っていたように、取引する相手にふさわしい態度をとることも、顧客を増やすためのテクニックだ。
「あ~……そっか。俺だっていつまでも若いわけじゃないっすもんね……」
「馬の扱い方を知ってりゃ、御者や馬の世話役として働くこともできるしな」
今現在、御者をしているギュールズが言う。彼は庭師としても、働いている。余計な口を挟みましたと、謝罪してくれたが、全然気にしなくていいのに。
「う~ん……わたしにできる勉強というか、必要な勉強って何かしら?」
席に座り直して、改めて考えてみる。語学? 芸術? 手芸は……得意だわ。乗馬、ダンスは人並みで……なんて考えていたら、
「少し突き放したことを言いますが、お嬢様なら女学院で学ぶことにこだわる必要はないかと思います。学びたいと思ったら、すぐに講師を手配してくださいますよ」
「そう……なのよねえ……」
これでも伯爵家の令嬢である。身分のことも考えないで、わたしが興味のあるもの、やってみたいと思えるものは何か? ということを考えてみては? とアドバイスをもらった。
身分の問題なんて、後でどうにでもなりますよ、とリーロが言う。聞いていたらしいロータスも「下から上は難しくても、上から下は楽っすから」といってくれた。
「ロータス。お前は、言葉遣いを何とかしろ。お嬢様、そろそろ着きますよ」
ギュールズの声に「もう、着くの⁉」と驚くわたし。時間が過ぎるのって、早いのねえ。ちらりと窓の外をうかがえば、一台の馬車が見えた。
「あれは……」
「ヒューズ伯爵家の紋が見えましたから、ヒューズ伯爵令嬢がいらっしゃるのでしょう」
見えたんだ、リーロ。馬車は停車していたから、公爵邸を訪ねるタイミングを見計らっていらっしゃるのかも知れないわ。
「よっし……! とりあえず、社交に専念しなくちゃ!」
ぺちっと両頬を軽く叩いて気合を入れる。昨夜と違って、今日はひとりだもの!
ディルワース公爵邸は、なんというか圧巻の門構えだった。え? これがタウンハウスなの? カントリーハウスじゃなくて? と思わず目をこすってしまったわ。
まず、出迎えてくれたのは侍従とメイドだった。どちらも、所作が美しく洗練されていて、さすがは公爵家の使用人と感心するばかり。わたしをエスコートしているロータスは何も言わなかったけれど、息をのむ気配があったことに気づいたわよ。
玄関ホールを抜けて階段を上がり、二階へ。侍従が言うには、今日のお茶会はテラスで行うのだそうだ。
「待っていたよ、ステラ。よく来てくれた」
「マレーネ様。本日はお招きくださり、ありがとうございます」
出迎えて下さったマレーネ様へ、カーテシーで挨拶をする。マレーネ様は、今日もパンツスタイル。襟元を白いスカーフで飾り、黒のワイドパンツでシンプルだけど華やかだわ。
「素敵なお召し物ですね」
同年代の令嬢だけを招いたお茶会だから、こういうスタイルも許されるのでしょう。そのうち、パンツスタイルも当たり前になっていきそうだけど。
お茶会の会場はテラスだとしても、いきなりテラスに案内されるわけじゃない。お客様がそろうまでは、キャビネやサンルームなどで待つことになる。とはいえ、案内されたキャビネには、もう半分以上のお客様がいらしていた。
「まだ全てのお客様が見えているわけではないけれど、紹介するよ」
マレーネ様のお声に、いらしていたお客様たちが席を立つ。
「こちら、ステラ=フロル・エデア・ダンジェ伯爵令嬢だ。昨夜の舞踏会で、リーブス男爵夫人からご紹介いただいて、急な話だが是非とも今日のお茶会に参加してほしいと招待させてもらったんだ」
「皆さま、初めてお目にかかります。ステラ=フロル・エデア・ダンジェと申します」
新参者ですからね。わたしは、指の先、足の先まで意識して挨拶をした。
本年は、お付き合いいただきありがとうございました。
次回更新は、1月6日とさせていただきます。
来年も、お付き合いのほど、よろしくお願いいたします。