わたし付きの使用人ですか? お兄様 3
ダンジェ伯爵ことシール兄様はとても注目を浴びている。ブラコンと言われようが何だろうが、兄様が注目を浴びるのは、当たり前のことだわ。
博士号を五つも持っていて、頭が良いし? 元伯爵家次男で、今は伯爵家の当主。つまり、育ちが良い。領地を持ち、商会の経営も順調だから、お金も持っている。クール系の容姿に身長も高く、テノールの声も良い。ね? 分かるでしょう? 話題にならないわけがないの。
「花に引き付けられるのは蝶だけではありませんから」
「あれが花か?」
シール兄様のお顔を思い浮かべているっぽい、ライオット様。まあ、お気持ちは分かります。わたしの自慢のお兄様で、養父なのは間違いないけれど……たまに顎をしゃくれさせたくなることがあるのも事実ですもの。花は花でも、食虫植物の花っぽい。
それはともかく、人は好奇心の強い生き物だ。程度の差こそあれ、知りたい! という気持ちは誰にだってあるもの。そのこと自体は悪いことではないものの、場合によってはトラブルに発展することだってあるのだ。貴族ともなれば、そんなことは重々承知している。
「我が家の場合、普通の貴族よりも外に知られては困ることがあります」
上級精霊との契約に始まり、牧場のことやそこで暮らす魔物たち。彼らから得られた素材。シール兄様の魔物研究や法具の研究、その結果得られた特許などなど……。
「あえて隙を作ることで、リスクをコントロールできないかと考えたのです」
「……ライオット様はそれでよろしいの?」
「いいも何も、それも込みでワンダを選びましたから」
エル義姉様の問に、ライオット様は肩をすくめた。そういう評価をされているという時点で、外に出すべきではないように思うのだけど……。
「レオン・バッハには色々助けていただきましたからね」
グロリアさんも肩をすくめる。まあ、シール兄様には上級精霊というとんでもない切り札があるから……。
「さて、用件だけですみませんが、このあたりで失礼させていいただきます」
「あ、あの、ライオット様? 疲れていらっしゃるように見えますが、お体の方は大丈夫なのですか? こう見えてわたし、マッサージにはちょっとした自信がありますの」
ここは、わたしのゴールデンフィンガーの封印を解くべき? 前世では鍼灸整体師だった、わたし。鍼灸治療の資格はもちろん、あん摩マッサージ指圧師や整体師の資格も持っていた。一時間、いえ三十分でもお時間をいただけたら、大まかな体のコリはほぐせると思うのですが、いかがでしょう? 心の中で指をワキワキさせていたら、ライオット様は
「あ~……うん。まあ、大丈夫だ」
と言って、去ってしまわれた。あら、残念。
かわりに興味を示したのがエル義姉様で、
「スー、あなた、マッサージなんてできたの?」
「えぇ。できますよ」
答えた後で、何か悩みでもあるのかとたずねれば、腰痛が酷いらしい。すぐに腰回りがだるくなってきて、腰をトントンと叩きたくなるそうだ。あ~……ありますね、はい。
「私は肩こりが……」
そっと手を挙げたのはグロリアさん。肩こりもねえ……ひどくなってくると頭痛の原因になったりしますからねえ。
「腰痛も肩こりも、人によって原因が違うのでこれが原因だからこうすると改善します、というのはすぐに診断できないのですよ。いくつもの要因が重なっている場合もありますし」
二人とも、ふんふんとうなずいてくれている。
「原因として考えられる二大要因は運動不足と姿勢のゆがみですね。運動をしない、筋肉が衰える。骨を支える力が弱まる。姿勢がゆがむ。とまあ、こんな感じで悪循環になります」
他にも色々影響はあるけれど、今はとりあえずこれだけ。
「──ということは、運動をしたらいいの? 散歩はしているけれど……」
「散歩が健康にいいのは確かです。ですが、普通に歩いているだけでは、腹筋や背筋は鍛えられませんよ」
一部の筋肉を使うだけじゃダメなのだ。と、いう訳でわたしたちは場所を移動して、動きやすい服に着替え、ストレッチ。
「足を大きく広げるだなんて、恥ずかしいわ……」
「お尻を突き出すのも、恥ずかしいですよ……?」
「恥ずかしいと思うから、恥ずかしいのです。健康のため、美容のため。つまりは自分のため! 恥ずかしがることはありません!」
とは言いつつも、こちらの基準で考えれば、エル義姉様たちの気持ちも分かる。なので、ラジオ体操も教えておいた。これなら、恥ずかしがらずにできるでしょう。
「ヴィンス様と一緒にやってみようかしら?」
「それもいいですね。ヴィンス兄様もデスクワークがメインですし……」
「それは旦那様もですね。我が家でも取り入れてみますか……」
というわけで、両家にラジオ体操が取り入れられることになったのだった。