わたし付きの使用人ですか? お兄様 2
「まだ、腹に落ち切ってねえみてえだけど、ま、そのうちな」
しっかりやれよと、ライオット様はロータスを激励する。エル義姉様も、
「そうねえ。将来的に貴族を相手に仕事をすることも考えたら、礼儀作法は身に付けておいた方がいいと思うわ。使用人たちの動きや仕事ぶりも知っていて損はないと思うわよ」
「学べる機会があるのなら、どん欲に学ぶべきです。勉強も仕事の内だと割り切って、しっかりやりなさい」
「はい……」
グロリアさんにも言われて、ロータスは渋々ながらうなずいた。勉強も仕事だと言われたら、嫌だとは言えないわね。わたしも、勉強はがんばらなくちゃ。
「メイドのほうは、マリナリーロ・オッターとワンダ・ヒックスな。この騎士かよ、っていう立ち方を見たら分かるだろうが、元々傭兵をしてたんだよ」
傭兵といっても、後方支援が中心だったため、護衛役としては力不足。でも、獣人なので、下手な人間よりは強いらしい。
「え? 獣人なの?」
耳も尻尾もないんですけど?
「イタチの獣人なので、耳は髪に隠れてしまうんです。尻尾は、スカートの中ですね」
スカートの裾を軽く持ち上げると、丸い尻尾の先端がふりふりと揺れている。同じ獣人同士だと匂いでばれてしまうけれど、人間や魔族が相手だと耳と尻尾を隠すだけで、騙されてくれるらしい。
「なるほど。油断を誘うためなのね。あなたのことは、マリナと呼んでいいかしら?」
「いえ、できればリーロと……。そのマリナは可愛らしすぎるので、そう呼ばれるとお尻のあたりがムズムズするんです」
恥ずかしそうに答える彼女の様子がおかしくて、ちょっと笑ってしまった。
さて、最後のひとりとなったワンダだけど、さっきからソワソワしていて落ち着きがないのよね。きょろきょろとあたりを見回しているし、もぞもぞと動いてもいる。
大きな目はくりっとしていてかわいらしいし、頬のソバカスも彼女のチャームポイントだと思う。年はわたしと同じくらいかしら。なんだか、元気が有り余っていそうな感じね。
「ワンダ? 何か気になるものでもあるの?」
「へっ?! あ、いやあ……別に……何も……」
後頭部に手をやって、恥ずかしそうにいているけれど──
「何やってんだ、お前。言葉遣いとか習ったんだろうが」
ライオット様にベチンと頭を叩かれる。
友達同士ならともかく、メイドとして、その言葉遣いと態度はよくないわね。でも、頭を叩かれたのが不満なのか、注意されたのが不満なのか、頬を膨らせてライオット様を見ている。
ワンダは、ちょっと問題ありそうね。こっそりため息をついてから、
「では、モーリス、ロータス、リーロ、ワンダ。これからよろしく頼むわね」
わたしが言うと、男性二人はボウ・アンド・スクレープ、リーロはカーテシーで答えてくれ、
「もちろんです!」ワンダは、元気よく返事をしてくれた。…………。
「え? 何? なんで?」
返事をしたのが自分だけだったことに、彼女は目を丸くしている。彼女以外の三人は、マジかよ? という顔でため息をつき、ライオット様は無言でワンダの頭を軽く叩いた。
なんで? と戸惑っているワンダはリーロに引き渡され、強制退場。
後に残ったライオット様は「申し訳ない」と頭を下げてくださり、ついでに大きなため息をこぼした。
「あの子ですか? 外に出たいと言っている傭兵団の子は」
「あぁ。あんな調子だから、他を紹介することもできなくてな。悪いが甘えさせてもらうことにした。ステラ、ワンダはお前付きになるって言ったが、見ての通りだ。とてもじゃないが、伯爵家のメイドとして外には出せない」
わたしはうなずき返した。
「だから、ワンダにねだられても、ミセス・ノーヴェの許可がないからと断ってくれ」
「ミセス・ノーヴェの名前を出していいのですか?」
この家の有能なハウスキーパーを悪者にしそうで気が引ける。
「かまいませんよ。ミセス・ノーヴェだけでなく、私や旦那様の名前も使ってください」
「……部外者の私が口出しをすることではないけれど、グロリアさん、あの娘を本当に雇い入れて大丈夫なの? ライオット様を悪く言いたくはないのだけれど……あれでは……」
エル義姉様が言いたいのは、この家で知りえたことをペラペラと外部の人間に話してしまうのではないか、ということだ。ちゃんとした使用人なら、家のことを外へ漏らすことはしないが、そうでない使用人も多いのだ。
「それもおりこみ済みです。何もなければそれでよし。何かあったら、真っ先にあの子が疑われます。本人には言いませんが、実は囮も兼ねているのです」
「まあ……! そうなの?」
囮としてメイドを雇う家って、どうなの?