驚きの連続ですね、お兄様
「……と、いうことはあの娘が持っているのは?」
「取り繕わず、正直に言えば、ホーネスト伯爵家の紋章がある、ただのガラスの塊です」
エル義姉様の質問に答えたのは、シール兄様だ。言いよどむこともなく、ズバッと答えて下さったところをみると、あの石は単なる試作品の1つでしかなく、特に思い入れもないのだと察することができる。
「結局のところ、一番悪いのは母なのだろうが……何を言っても今更だ」
お父様が正式に彼女、カサンドラを養女として迎え入れてしまっている。それから、9年も経っている今、これこれこういう理由で、彼女は我が家と何の関係もありませんといったところで、笑いものになるだけだ。ヴィンス兄様が、ため息をつくのも当然だとは思うけど。
「そうは言っても、あの娘が伯爵家の令嬢として恥ずかしくない振る舞いが出来ているかというと、それもまた別の話です」
どういうことだろう? カサンドラの学院での成績は、良い方だったはずだけど。わたしの疑問がそのまま顔に出ていたのか、エル義姉様は呆れ顔で、
「学院での成績が良いからと言って社交界での振る舞いも良いとは限らないものよ。あの娘ときたら、わたしに向かって『男爵夫人風情が』なんて言ったのよ?」
「は?」
思わず目がテンになってしまう、わたし。カサンドラ、あなた、ヴィンス兄様の結婚式に参列したわよね? なのに、義理の姉に向かって何てことを言うの!?
部屋の空気が一瞬にして重たくなってしまったわ。シール兄様は「終わったな」と一言。ライオット様も「あ~あ……」と肩をすくめている。
「……あの、旦那様? 何が終わったのですか?」
不思議そうに首を傾げたグロリアさんは、
「例え上級貴族であっても、未婚であれば、下級貴族の既婚女性が身分的には上になるのだということは存じております。もちろん、義理の姉に向ける言葉ではありませんので、マナー以前の問題だということも分かりますが──」
「ああ、新しいステージに行くには、準備ってもんが必要だろ? 練習だって必要だとなりゃあ、コーチだってほしいよな?」
ライオット様が、グロリアさんへ同意を求めるような視線を送る。彼女は頷き、
「ですが、社交界への手引きは母親がするものでしょう? 違いますか?」
「違わないが、何事も例外というものは存在する」
「正直に言うわ。ホーネスト伯爵夫人は、あまり良い評判ではないの。でもね、私の母、アデラー子爵夫人のサロンは、とても評判が良いのよ。私のサロンも好評をいただいているわ」
「あぁ、そういうことですか」
カサンドラが「終わった」理由を、グロリアさんも納得できたようだ。
簡単に言うと、社交界の案内役として、エル義姉様ほど頼もしい存在はいないと言うのに、カサンドラは淑女らしからぬ振る舞いのせいで、案内役を拒否されたということだ。
エル義姉様が距離をおこうとしているのだから、義姉様のお母様、アデラー子爵夫人もそれにならうだろう、ということ。そうなれば、社交界にデビューしてもパーティーなどの招待状は、寂しいものになるだろうということである。
「今はまだデビュー前の準備期間だから、名誉挽回のチャンスはある訳だけど……どうかしらね?」
エル義姉様? 微笑みを浮かべていらっしゃいますけども、無理でしょうね、っていう副音声がしっかりはっきり聞こえてきましたよ。
「彼女には、婚約者もいるんだが……まだ公表していない、仮婚約中なのが不幸中の幸いだ。先方には、事情を全て話した上で、婚約を継続するかどうか、決めてもらうとしよう」
そう、カサンドラには婚約者がいるのだ。いるんだけど……そのことをちゃんと分かっているのかどうか……学院での彼女のふるまいを見ていると、かなり不安が残る。
「婚約者が? いるのですか?」
シール兄様……目を開きすぎです。ライオット様も、お口が台形になってますよ。
「お相手は、サンドロック伯爵家のご子息でしてよ。フランシス様とおっしゃって、おっとりなさったお優しい方だと評判ですわ。家の内情が絡んだ政略的なものですが、お相手があなただったら、良縁だと喜べたのですけれど──」
カサンドラとフランシス様の関係は、よろしくない。彼女、フランシス様のことを優柔不断で頼りにならない、あんな男と結婚しなくちゃいけないなんて、と言いたい放題だ。
「そのフランシス様とやらは、加害者の中に含まれているのかい?」
「いえ。フランシス様は何も……。ただ、助けられなくてごめん、と何度か謝っていただいたことはありますわ。彼女の取り巻きには、王子殿下を始めとした上級貴族のご子息が何人もいらっしゃいますので──」
伯爵家も上級貴族ではあるけれど、同じ伯爵家同士であっても、そこには見えない序列というものが存在している。その序列に照らし合わせれば、サンドロック伯爵家は下から数えた方が早いのだ。
「我が家は、エルやお前のお蔭で序列を上げることができたわけだが……」
お家事情が複雑になりだしたのだから、ため息の1つもつきたくなりますよね。