ティーズ・デイですって、お兄様 3
「グロリアさんの言う通りなのよね。何でもそうだけれど、いいところもあれば、悪いところもあるものよ。それは社交界も同じだわ」
カップを口に当てて、お茶を一口飲んだエル義姉様。ほぅと息を吐いて、
「私の女学院時代にもそういう主張をされる方はいたの。社交界にデビューすることは、結婚相手を探し始めることにしました、という宣言のようなものだから。下品な言い方をすると男を探しています、といっているようなものだって……」
「その方たちの中では、パートナーがいると自立していないことになるのですね」
グロリアさんは、眉を持ち上げ小さく肩をすくめた。
当然のことながら、自立していることと、パートナーがいるかどうかは別の問題である。
「スーは分かっているでしょうけれど、社交界では情報戦が日夜繰り広げられているわ。何が災いして、家の没落につながるかは分からないもの。情報収集は大事よ」
前世と違って、インターネットなんてない時代。新聞や雑誌で得られる情報も、たかが知れている。となると、やっぱり人から直接話を聞く、口コミが重要なのだ。
「もちろん、やりようによっては最低限の社交で最大限の情報を集めることは可能よ? でも、それができるのはごくごく限られたほんの一部の人たちだけだわ」
「となると、わたしはどこに立てばいいのでしょう?」
伯爵令嬢なので、庶民派には入れない。一代貴族派も違う。ダンジェ伯爵家は、シール兄様が血縁であることと、死後縁組が許されたこともあり、書類上は消滅せず、続いていることになっている。でも、貴族だ、伯爵家だ、と大きな顔ができるほどの力は持っていない。
書類上はどうあれ、実際には二年間ほどの空白期間があるもの仕方ないわ。では、やっぱり無難に世襲貴族派? 仲間に入れてもらえるのかしら? う~むとうなっていたら、
「とりあえず、世襲貴族派よりの中立派ね」
「中立派」
そんな派閥もあるのですね。中立派というと格好よく聞こえるが、女学院の中では一番弱い立場にあるそうだ。
「領地があっても、あまり裕福ではない下級貴族の令嬢がここにいるの」
「資金面やコネなどで、サロンを起こせない人たちですね」
グロリアさんがズバリと言い切った。あれ? わたし、そこに入っちゃいます?
「私としては、そういった人たちを取り込んで、世襲貴族派に吸収してほしいのよ。一代貴族派とは仲良くなれないと思うけれど、世襲貴族派と庶民派とは仲良くなれると思うから」
さっきも話にあったように、一代貴族派は、ミス・レイトンたちのサロンをはじめ、庶民派の他のサロンとバチバチやっている。同時に、世襲貴族派のサロンともバチバチ、火花を飛ばしているそうだ。──なんで?
庶民派には「これからは新しい時代だというのに、貴族に媚びるなんて厭らしいこと」と言い、世襲貴族派には「庶民の手本となるべき貴族が、庶民に頼らないとサロンを維持できないなんて、嘆かわしいこと」と言っているらしい。何、それ。
「やっかみにしか聞こえませんね」
グロリアさんが、肩をすくめる。
「え~っと、つまり……庶民派へは、ちょっと、わたしたちも貴族なのにアイサツに来ないは、盛り上げる手伝いもないなんて、どういうつもり⁉ ということで? 世襲貴族派には、わたしたちにだって、サロンを盛り上げる手伝いくらいできるのに、なんだってあんな生意気な人たちを頼るわけ?! ということですか?」
「そんな感じね。あの人たち、庶民の顔と貴族の顔を使い分けているのよ」
上手く使い分けているというか、ずるいやり方だというかは、人それぞれ。ただ、女学院においては、そのどっちつかずの態度が、他の派閥から敬遠される原因になっているそうだ。
「潔癖っぽかったですからねえ。白は白。黒は黒、という感じでしたもの」
で、中立派である。
「庶民派からすれば、家計がどうあれ貴族は貴族。だから、きちんと相手を上に、自分を下におくわ。内心は伏せてね」
貴族は貴族の精神でいけば、一代貴族も貴族である。当然、世間では貴族として扱う。ところが、女学院の庶民派の方々は一代貴族の令嬢を貴族の令嬢としては扱わないらしい。
「少なくとも、一代貴族派はそう思っているのよ。だから、庶民派にも中立派にもあたりがきついし、それを許している世襲貴族派にも不満を持っているのね」
懐事情が苦しい中立派は、サロンを主催していない方がほとんど。女学院社交界において、情報の発信力は非常に弱い。それに比べると、一代貴族派はそこそこに発信力も持っている。
つまり、中立派よりも一代貴族派の方が上なのに、庶民派は中立派を上におく。これが気に入らない。中立派と世襲貴族派が、そのことを当然だと思っていることも気に入らない。
「でも、それって当たり前のことですよね? 同じ男爵でも、世襲貴族と一代貴族なら世襲貴族の方が上ですし、世襲貴族同士を比べるなら、より古い家柄の方が上になりますもの」
それって、世間の基準に合わせているだけじゃない? なのに、それが気に入らないって……。もうすぐ社交界にデビューする娘が、何を言っているのよ。ばかばかしい。