ティーズ・デイですって、お兄様
お久しぶりです。予定よりもかなり時間がかかってしまいました。
ストックとしては、まだ心もとないのですが、更新頻度をちょっと減らして、何とか……。安心できるストックになれば、以前のペースに戻したいと思っています。
「おはよう、スー! 今日はティーズ・デイね! 女学院社交のデビュー戦よ!」
「……お、おはようございます、エル義姉様」
お茶をいただこうとして持ち上げたカップもそのままに、わたしはエル義姉様へ挨拶を返した。掃き出し窓を大きく開け放ったサンルーム。庭から入り込んで来る風を気持ちよく感じながら、わたしは女学院のカリキュラムとにらめっこをしていたところだ。
さりげなく壁掛け時計を確認すれば、時刻は午前八時。身内とはいえ、他家を訪問するには早い時間である。何でも、ヴィンス兄様をお見送りした後、辻馬車を手配してすぐにこちらへ来たそうだ。舞踏会の翌日だというのに……お元気ですね。
この家の使用人は本当に優秀だから、こちらが何か言わなくても、さっと動いてくれる。今もそう。メイドのターニャが、お見えになると分かっていましたよ、という顔で静かに入室し、サンルームの片隅でエル義姉様のお茶を用意してくれていた。
「えぇと……エル義姉様、公爵家からはまだ何も来ていませんよ」
「あら、そうなの?」
机の上に広げた資料などを片付けながら、エル義姉様に椅子をすすめる。
「カリキュラムの組み方で悩んでいるの?」
「はい。昨夜、英才公からアドバイスをいただきましたが、卒業後の自分というものがぼんやりとしか想像できなくて……理想はあるものの……では、具体的に? となると……」
「そうねえ……難しいわよねえ。後期生なのだから、将来の姿を見据えてカリキュラムを組むべきだもの。まず、職業婦人になりたいかどうかが一つのポイントかしらね?」
エル義姉様のおっしゃる通り、伯爵家の令嬢ともなれば、働かなくてもなんの問題もない。むしろ、それが普通。社交という名の婚活と奉仕活動にいそしむのが、上位貴族令嬢の普通。
「働いてみたい、という気持ちはあるのです。社交にはそれほど熱心になれそうにないので」
じゃあ、どんな仕事をしたいのか、と聞かれると困ってしまう。
伯爵家の令嬢という肩書が邪魔をしない仕事であることが、第一条件。でも、これが難しいのよねえ。女が働くなんて、という考え方が根強いから。女官くらいしか思いつかないのよ。ヴィリヨ商会の手伝いは家業だから、ギリギリセーフかしら?
でも、どっちの仕事も『してもいい』という気持ちであって、『したい』という気持ちではないのよねえ。とりあえず、やりたいことが見つかるまで、商会の仕事を手伝うということで、カリキュラムを組んでみようかしら? う~ん……難しいわ。
「……参考までにお聞きしたいのですが、エル義姉様はどうして女官に?」
「私? 私は自分に自信を持ちたかったの。女官として認められれば、自分に自信が持てるような気がしたのね」
エル義姉様の後ろからターニャが、失礼しますと声をかけてくる。
「あら、いい香りね」
「恐れ入ります」
ターニャが一礼をして去っていくのを見送ってから、エル義姉様はカップに手を伸ばし、口をつけた。
「うん、美味しいわ。こちらは、ティロンのフレーバーかしら?」
「えぇ。わたしもそうですが、シール兄様もティロンのお茶がお気に入りなのです」
「美味しいものね。我が家もお茶はティロンのものをいただいているわ」
ティロンは、ランデル商会が出しているお茶のブランド。品質はもちろん、味もいいし、種類も豊富なので人気があるのよね。
「それで、話の続きね。私、昔はこの体型がコンプレックスだったのよ。お姉様たちはお母様に似て細くてすらっとしていらっしゃるけれど、私はお父様に似てしまったから、骨太で、身長も低いでしょう? せめてもう三センチあったらって、どれほど思ったことか」
わたしも身長は低い方だから、せめてもう三センチという気持ちは分かります。
「お姉様たちとさんざん比べられたし、陰で、ブタだのデブだの言われていたのは知っていたのよ。そういう人達を見返してやりたかったのね」
「見返すことはできたのですか?」
「えぇ、もちろんよ。ヴィンス様と恋愛結婚できたことも含めてね」
ふふっと得意げに笑うエル義姉様が、とってもかわいい。ヴィンス兄様が大好きなのって、見ているだけで伝わってくる。
思い出すわぁ。二人の結婚式の時、ヴィンス兄様はエル義姉様をお姫様抱っこして、颯爽とした足取りで教会から出てきたのよねえ。あの時のヴィンス兄様は、めちゃくちゃ格好よかったわ。抱っこされていたエル義姉様も、とっても幸せそうに笑っていらしたわね。
「今でもごちゃごちゃ言ってくる方はいるのよ。ヴィンス様ったら、今も昔も素敵なままですからね。わたしみたいなおデブが隣で笑っているのが、気に入らないみたい」
「負け犬の遠吠えですね」
「えぇ、その通りよ。ふふ、おはよう、グロリアさん。昨夜はお疲れ様」
サンルームに顔を出したグロリアさんの笑顔のまぁ、素敵なこと。それに応じるエル義姉様も、ちょっぴり黒いけど、でもそこがイイ! 白いだけの女は、魅力が弱いのよ。