少年たちのエレジー
「くそっ! なんでこんなことになったんだっ!」
ぐびっとあおったシードルのビンを、リチャードは床にたたきつけるように置いた。この国の第三王子である彼の側には、スミス侯爵家の次男グレンとエイブラン伯爵家の三男キース。ベサトゥムより留学中のアルティーガの4人がいて、仲良く管を巻いている。
4人が集まった部屋は、リゴレット離宮のボックス席の1つ。出席こそ許されなかったが、見学だけは許されたのである。が、中途半端な温情がかえって辛い。食べられそうで食べられないごちそうを目の前にしているような気分だ。
そのせいか、4人はボックス席内の椅子をすみっこへ押しやり、持参したシートを敷いて、ピクニックのように床の上に座り込んでいた。シートの上には早くも空になったシードルのビンが、ころころと転がっている。シードルはリンゴから作られたお酒で、アルコール度数が低い。そのため、未成年でも飲むことが許されていた。
「おかしいよ! 考えれば考えるほどおかしい!」
ほぼ空になった酒ビンを振り回すのは、グレンである。用意されたサーモンのカナッペを口に放り込んでから、持っていた酒ビンをあおった。全部飲み切ってビンを床に置き、
「僕たちは、なんでカーラ……いや、ホーネスト伯爵令嬢の言うことを、全部鵜呑みにしたんだ? ちょっと考えれば、彼女の言い分がおかしいことくらい、すぐに見抜けたはずだ」
「それは俺も思った。距離を置いて、冷静に考えればあの女の言い分は、おかしいんだよ」
サンドイッチに嚙みつきながら、キースは「絶対におかしい」と口をへの字に曲げる。
少し前までは、カーラと愛称で呼んでいた令嬢を「ホーネスト伯爵令嬢」と言い直し、キースは「あの女」呼ばわりしたわけだが、誰もそのことには触れなかった。
「令嬢のいうこと、おかしい。おれも賛成」
意思の疎通には何の問題もないが、アルティ-ガはこの国の言葉をまだ流暢に話すことができない。体格の良さと話し方のギャップがたまらない、とはとある女子生徒たちの主張。
「彼女は、家や学院でステラ=フロル・エデア嬢にいじめられていると言っていたが──」
「おかしいよな?」
リチャードの言葉をつなぐ形でキースが言えば、グレンもうなずき、
「そう。おかしいんだ」
いじめられていると主張していたカサンドラは、髪も肌もツヤツヤしていた。彼女が好きなバラの髪飾り。うっすらと化粧をし、彼女からはいつも甘く濃厚なバラの香りがしていた。
きっちりとプレスされていた制服には、いつもピンク系のタイ。
彼女は華やかで女の子らしいファッションを身にまとい、バラのモチーフを好んでいた。
そう。いじめられていると涙を流す少女らしくない、スタイルである。
「でも、ステラ=フロル・エデア嬢は、ヨレヨレの制服だったし、靴も薄汚れていた。健康そのものといったホーネスト伯爵令嬢と比べて、彼女は不健康そうだったし……」
「ぜったい、いじめてないと思う。でも、少し前まで、いじめてると思ってた。不思議」
「そう! それなんだよ! なんで、俺たちはステラ=フロル・エデア令嬢が、ホーネスト伯爵令嬢をいじめていると思い込んでいたんだ!? おかしくないか?!」
リチャードが再びさけぶ。落ち着けよとキースにたしなめられ、リチャードは息を吐いた。
何度も言うが、おかしいのである。カサンドラの証言とステラ=フロル・エデアの姿、言動が全くと言っていいほど一致しない。自分たちは大勢の人間の上に立つことになるからこそ、感情的にならず客観的に公正な目で物事を見るようにと教えられてきた。なのに、
「あの女の発言に関しては、裏付けも取らずに偽りではないと信じた。信じてしまった」
「そうなんだよ。話を整理してみたけど、おかしすぎて俺の頭までおかしくなりそうだぜ。いや、おかしくなってたからこんなことになったんだろうけど……」
もう、自分でも何が何だか分からねえと、キース。
「そもそも、ホーネスト伯爵夫人が彼女を自分の娘だと主張する根拠がおかしい。ただ、この件に関しては、俺たちがどうこういう問題じゃない。でも、2人の娘に対する扱いの落差は問題だ。家のメンツにもかかわってくるんだぞ? おかしいじゃないか」
身だしなみはもちろんのこと、登下校に付きそうメイドなど。どんな心理状態にあったとしても、ステラ=フロル・エデアは伯爵家の娘である。わざわざ家の評価を落とすような真似をすることが、リチャードたちには信じられない。
「でも、少し前まで差があること、当たり前、思ってた」
「そうなんだ! そうなんだよな~。あの女はステラ=フロル・エデア嬢にいじめられてるって言ってたけど、どこでいじめられたんだ? って、今なら不思議でしょうがねえんだよ」
「学院で彼女が1人になれる時間は……化粧室にいる時くらいだったはずだ。僕たちの指示もあって、彼女がいじめられないよう、誰かが常に側にいるように気を配っていたから」
いじめられたという証言は、常にカサンドラから。自分たちを含め、彼女の回りにいた者たちからは、ステラ=フロル・エデアが近づいてきたという話は出なかった。
「なんで、どうしてと嘆いていてもしょうがない。終わったことは、どうしようもないからな。なら、あの頃と今とで変わったことがあるか? 何か思いつくことは?」
リチャードの問いかけに、3人は学院生活を振り返ってみるのだった。