問題はいたるところにあるものなのですね、お兄様 2
「えぇ。おっしゃる通りです」
答えたのはミズ・キャリーだった。彼女は、ついっと眼鏡の位置を直し、
「教育を通じて、女性の向上心を育み、自立心を養うことで、長らく男性主導であった社会に変化をもたらすこと。男と女が対等な立場で活躍できる社会を目指すこと。それが、女学院の教育理念ですわ」
「質問をさせていただいても?」
手を挙げたのはヴィンス兄様だ。英才公が先を促すように視線を向けたので、
「なぜ、生徒たちは、男を打ち負かすことこそが女性の社会進出を後押しするのだというような偏った考え方を持つようになったのか。お心当たりはございますか?」
兄様はご自分の質問を口になさった。
とたん、英才公はぐっと目を見開き、しばらく目を泳がせた後、お腹の前で両手の人差し指を小さくつつき合わせながら、
「……嫌な男を打ち負かしたという話をするのは、なかなか気分が良くてな? ついつい、力が入ってしまうのだ」
年齢不詳の美女が、いたずらがばれて決まり悪げにしている幼い少女のような顔で答える様子は……萌える。一体、いくつなのでしょうね?! この美魔女サマは!
全身で申し訳ないと訴える英才公だったけれど、
「分かります。その気持ち」
グロリアさんはぐっと拳を握り締めてうなずいた。頬に手をあて、エル義姉様も「そうねえ。その通りだわ」とうなずいている。公爵夫人までもが、
「聞いている方も爽快な気持ちになりますもの。えぇ、一方的にあなたを責めることはできませんわ」
女性たちは英才公の味方であるらしい。
男性陣は少々気まずげではあったけれど、何も言えないわよねえ。
「んんっ。もちろん、そんな話ばかりをしているわけではないのです。我が校は、男性優位から女性優位の社会にしたいのではなく、男女平等の社会にしたいと考え、女性の向上心と自立心を養うための教育を進めております」
ミズ・キャリーが咳ばらいをして、取り繕うように言えば、エル義姉様が
「ええ。そのことは理解しておりますわ。ですが、1部の生徒に思想の偏りが出ていることも事実です。原因は卒業生たちが語る、武勇伝だけだとお考えですか?」
「いや。家庭環境や女学院の男性講師の不足、狭い交友関係なども考えられる。情報の偏りが、思想の偏りに繋がっているのだろう」
教育のお話も良いですが、公爵令嬢がここにいることを忘れないでください。
顔色は悪いし、今にも卒倒して倒れそうな雰囲気。このままでは、また悪い方向にひん曲がりそうだ。
「ディルワース公爵令嬢、お顔をあげてくださいませ。あなたは、ご自分に非があったことを認めて、わたしたちに謝罪してくださいました」
その謝罪を受け取り、わたしたちはこの件を水に流すことにしたのである。だから、いつまでもくよくよするのはよろしくない。そのことを伝え、
「ですが、今すぐに気持ちを切り替えられるかというと、それは難しい話だと思います。ただ、そのことをいつまでも引きずらないでください。間違えたことではなく、間違えてしまったから、次はこうしようという、前向きな気持ちを持っていただきたいのです」
わたしも、間違えたことのある人間だ。ヴィンス兄様、シール兄様たちには本当、謝っても謝りきれないというか……今も内心では負い目を感じている。でも、いつまでもそのことを引きずっていると、また兄様たちには余計な心配をかけてしまうだろう。
だから、謝り続けるのではなくて、別の形で兄様たちに返すことができたら良いなと思っているところだ。そのためのヒントを女学院で掴みたいと思っている。
「スーの言う通りだわ。ディルワース公爵令嬢。はっきり申し上げますわね。前向きな感情と違って、後ろ向きの感情をいつまでも持ち続けられていると、嫌悪感を持ってしまいます」
エル義姉様、ズバッと言った~!
ねえ、と同意を求める相手は、グロリアさんだ。
「ええ、そうですね。味方が減るというだけでなく、ネガティブな感情は自分の視線を下げさせ、視野を狭くします。これが、どういうことを招くかお分かりになりますか?」
「視野を狭く……?」
頬に手を当て、ディルワース公爵令嬢は考える。しばらく待ってみるも、答えが出てこないみたい。すると、公爵夫人が娘の肩を抱き、
「世間知らずの箱入りだと侮られ、悪意ある者たちにつけいれられるスキとなるでしょう」
「そっ……お母様……!」
はじかれたように顔を上げ、令嬢は母君の顔を見る。夫人は穏やかな顔をしていたけれど、今にも泣き出しそうな雰囲気があって。
そういう、経験があるのだと悟らせるには十分だった。
「今思い返せば、もっとやりようはあったのにと、苦い気持ちでいっぱいよ。あの頃だけでなく、今も。あなたにはそんな思いをしてほしくなくて、女学院へ入学を勧めたの」
でも、少しコミュニケーションが足りなかったみたい。夫人は苦笑いを浮かべた。