問題はいたるところにあるものなのですね、お兄様
誤字ラ、脱字ィ発見報告、ありがとうございました。
英才公の後ろには、ピーコックグリーンのドレスをお召しになられた方が控えている。銀縁の眼鏡をかけた、才媛を擬人化したようなこの方は、女学院の講師ミズ・キャリーだ。
彼女は眼鏡の位置を直すと、
「ダンジェ伯爵とそのご令嬢にご挨拶をと、探しておりましたが……とんだところに出くわしてしまいましたね、英才公」
値踏みするような視線が、公爵令嬢へ向けられる。彼女は蛇に睨まれた蛙のように、身を固くして、冷や汗を流していた。令嬢の言葉遣いと英才公の言葉遣いはそっくり。公爵令嬢は、英才公を真似ているのでは? と簡単に想像できた。
「何を言う。生徒は我々講師の鏡だ。ディルワース公爵令嬢が、あのような発言をするということは、我々の教え方に問題があるのだとは思わないか?」
「そっ、そんなことは! わっ私が未熟なばかりに、理事長をはじめ皆さま方のおっしゃられていることがきちんと理解できていないだけです──!」
ぱっとはじかれたように顔をあげて、公爵令嬢が言う。そのお顔は半泣き状態。すんっと鼻をすすり、彼女はグロリアさんとわたしに頭を下げて、
「私が浅はかだったせいで貴女方を傷つけてしまい、申し訳なかった。すまない」
それから、シール兄様とライオット様にも「自分勝手な思い込みで、不愉快な思いをさせてしまい、申し訳ございませんでした」と頭を下げた。ヴィンス兄様とエル義姉様にも「不愉快な思いをさせてしまって、申し訳ございませんでした」と言って、きちんと頭を下げてくれた。
エル義姉様が言っていた通り、悪い人ではないようだ。
まだ正式にデビューしている訳ではないので、公爵令嬢は未成年扱いになる。とはいえ、舞踏会の会場という公の場で、こうしてちゃんと頭を下げて下さったのだ。なぜ、というところはまだ理解しきれていないように見受けられるけれど、そこはこれからでいい。
わたしたちは公爵令嬢の謝罪を受け取り、この一件はとりあえず、水に流すことにした。
英才公とミズ・キャリーも、納得顔でうなずき、ディルワース公爵夫人は「自分の言葉の力というものを、しっかり把握なさい」と娘を叱責する。
改めて紹介がなされ、貴族ルール的に全員が知り合いになったところで、英才公が
「実は、最近の我々を悩ませているのが、生徒たちの偏った考え方なのだ」
ため息交じりに、話してくださった。
1つ、男性を敵視しすぎる。2つ、女学院出身以外の女性を見下す傾向がある。分かりやすく言うと、アナタみたいなオンナがいるから、女性の自立を妨げることになる云々──。
その言葉、そっくりお返しします。って、真顔で言いたくなるわね。
ちらりと様子をうかがえば、公爵令嬢はしゅんと小さくなっている。
「ダンジェ伯爵令嬢は、この問題をどう思われますか?」
おっとぉ、ミズ・キャリー。これは、あれですか? 課外授業みたいなものですか? わたしは、そうですねと間をおいて、
「男性だから、女性だからという考え方そのものが良くないと思います。同じ女性であっても、考え方は違いますもの。幸せも人それぞれですわ。それによって、言葉の意味の受け取り方が変わって来るかと……。これはたった今、公爵令嬢が体験されたことですわよね?」
「あぁ。言葉というものは難しいな」
わたしが問いかければ、公爵令嬢はますます肩を落とす。
「男性、女性の区別なく、嫌な方もいらっしゃれば素敵な方もいらっしゃいます。相手がどのような方なのかを見極めて、自分なりの距離の取り方と申しましょうか、付き合い方を探っていくのが良いかと思います」
「ええ、ええ。ダンジェ伯爵令嬢のおっしゃる通りですわ。いいですか、マレーネ。本物の淑女は、性別や地位、容姿などではなく、人を見るものよ」
なんだか実感がこもっていますね。公爵夫人……。
令嬢はうなだれながらも「はい」とうなずいた。
「ディルワース公爵令嬢、覚えておいてくださいな。女学院の出身でなくても、男性と対等に議論ができる女性はたくさんいらっしゃいますし、その戦法も様々ですわ」
オホホホと笑ったのは、エル義姉様だ。
男と女の数だけ、付き合い方があると言ってもいいもの。姉御肌な人が、甘えたがりを煙たく思うようなケースもあるでしょう。もっと言えば、イケメンの前とそうでない人との前では、態度とか雰囲気が全然違うとか。あるわよね~。
そういったことに共感できるか、反発するかは、やっぱり人それぞれ。だからこそ、お互いに気持ちの良い距離感をつかむことが重要になってくるのだと、エル義姉様は笑う。
「差し出がましいようですが、1つよろしいでしょうか? お嬢様が女学院へ編入されるということで、女学院のことを学びましたが、教育理念において、男性を打ち負かすようにというような文言は入っておりませんでしたよ」
グロリアさんが不思議そうに首をかしげる。