社交なるものをいたしましょう、お兄様 3
ふん? 今、ふんって、鼻を鳴らした? それが、初対面の目上の人間を前にした人のする態度なの? 淑女以前に、人間としてどうなの?
これには、さすがにカッチーンときたわよ。わたしの自慢の家族と年の離れた友人を鼻で笑うなんて……ハ! 許せない!
公爵令嬢だろうが何だろうが、この喧嘩買ってやろうじゃないの! 心の中でふんすふんすと鼻息荒く、さあどう言ってコテンパンにしてやろうかと手を握り締めていると、
「仮デビューの女性と庶民の女性をこのような場に連れてくるなんて……社交界の妖怪どもにいいように笑われて、涙する結果しか見えないではないかっ……!」
…………うん? ぼそぼそっとつぶやかれた独り言は、わたしが思っていたのと、ちょっと違う。なんか、わたしたちのこと心配してない?
探るように横目でエル義姉様を見れば「は~あぁ」と特大のため息。公爵夫人もやってしまった! という顔で額に手を当て、天を仰いでいた。
「女が逆らえないことをいいことに、見世物のように扱うなんて、最低だと思わないのか」
勝手な思い込みで、シール兄様とライオット様を批判するアナタも最低ですが? 一瞬、良い方へ変わりかけた印象が悪化する。心の中にいるもう1人のわたしは、ファイティングポーズを取って、ゴングが鳴るのを今か今かと待ち構えているところ。さあ、こいっ!
「恐れ入ります。発言を許可いただけますか?」
と、思っていたら、グロリアさんが手を挙げた。珍しいと思いながら振り返れば……もう1人のわたしは降参のポーズ。微笑みを浮かべているものの、目が笑ってない。きれいな琥珀色の瞳からハイライトが消えてるぅ……淑女らしからぬ物言いだけど、ちびりそう……。
「なっ……、なんだ?」
グロリアさんの雰囲気に気圧されしたみたいだけど、さすがは公爵令嬢だと言うべきかしら? 態勢を整え、目をすがめてマレーネ・カリヨン様はグロリアさんをにらみつけた。
その視線を平然と受け流した彼女は、
「あの名高いイツィンゲール女学院の生徒様とは思えない、視野の狭い発言ですね」
「は?」
グロリアさんの発言に、マレーネ・カリヨン様はポカーン。公爵夫人もまさか、彼女が反論するとは思っていなかったのか、目を丸くしている。
「しっ、しかしだな。男はいつも女を見下し、バカにしているだろう!?」
「それは、貴方様の思い込みなのではないですか? 私は、私とお嬢様、旦那様と友人を貴方様に侮辱され、強い憤りを感じております」
黒い、黒い。黒いからグロリアさん。グロリアさんは、シール兄様から少し距離を置くと、体を斜めにしてポージング。まっ、まぶしい! パリコレの舞台が、一瞬にしてここに登場したかのようだわ。
彼女は、ふふんと得意げに笑い、
「私は、これだけの物を身に付けるにふさわしい女だと、旦那様に評価していただいております。もちろん、お嬢様も──いえ、お嬢様に関しては仮デビューということで、かなり遠慮していらっしゃるようですが」
強い! 輝いてる! さすが、世界のトップを行く女―っ! って、違うわ、違う。
「おいおい……あんまり光らせてくれるなよ。グロリアッ……!」
あ、スパイダーシルクのマシマシ効果。ライオット様は、気力で笑顔を保っておられるようだけど、よく見たら口元が引きつっている。でも、悪いのは公爵令嬢だわ。
「ディルワース公爵令嬢。あなたが、わたしたちを心配してくださっての発言だったということは、分かりました。そのお気持ちはとても嬉しく思いますが……的外れな心配は、とても不愉快ですわ。わたしは、アゲート卿に望まれてこの場におります。あなたのその発言こそ、わたしたちを見下したものだと、お分かりになりませんか?」
わたしも一歩進み出て、怒っていることを全身でアピール。ぐっと目に力を入れて、公爵令嬢を見据えれば、彼女はまた一歩下がった。その時、控えめな拍手の音と
「ディルワース公爵令嬢、今の発言は貴女が悪い。素直に謝罪された方が良いでしょう」
貫禄すら感じさせる、アルトの声。ぴんっと背筋を伸ばしたくなるようなこの声は
「まぁ。お久しぶりですわ。英才公」
豊かな金の髪を緩やかに巻いた、ゴージャスな美女。メリハリのきいたワガママボディに体のラインがはっきり分かるネイビーのドレス。彼女が公爵夫人に挨拶をするのを待ってから、エル義姉様が嬉しそうに微笑み、膝を折った。
英才公。本名不明。ゴージャスな金髪美女は、年齢不詳。分かっているのは、この方が魔族だと言うことと、イツィンゲール女学院の理事長だということ。
「久しぶりだな、リーブス男爵夫人。娘が生まれたと聞いたよ。おめでとう」
「ありがとうございます」
英才公にお祝いの言葉をいただいたエル義姉様は、まるで10代の乙女のようにポッと頬をピンク色に染めて、気恥ずかしそうにしていらした。この方、エル義姉様の憧れの人なのだそうだ。
女学院を卒業して何年も経つけれど、英才公の前に立つと、女学院時代に戻ったような気分になってしまうのよ、と義姉様はよく笑っていらしたことを思い出した。




