お兄様、手広くやりすぎでは? 2
大変、失礼いたしました。 間違えてアップしておりました。申し訳ございませんでした
「ガラスなので、手に取っていただいて大丈夫ですよ」
シール兄様に促され、エル義姉様が恐る恐る手を伸ばす。続いてヴィンス兄様とわたしも手を伸ばして、箱の中の石を持ってみた。
「あぁ、こうして手に取って見るとガラスだって分かるわね」
「そうだな。輝きが弱い」
「箱から出したとたん、輝きが落ちたような?」
わたしが手に取ったのは、オリーブグリーンのドロップ型の石だ。石の中には、三角を2つ組み合わせて作る星の形が刻まれていた。
窓の方に向けて、日の光をすかしていると、
「よく気付いたな、スー。実は、宝石みたいに見えるよう、箱の方に錯覚を起こす法術も組み込んであるんだ。別に何に使うつもりもないんだけど、思いついたんで試してみたくてね」
「……もしかして、こちらの品はイェビナーで流行り始めているという噂のスティラ・クリスタでは? でも、箱から出したら輝きが落ちるのだから違う? う~ん……」
エル義姉様の視線が鋭くなった。グロリアさんは眉を持ち上げ、
「さすがですね。ご明察です」パチパチと小さく拍手をする。
「スティラ・クリスタ?」
「何でお前が首を傾げるんだ、シール」
ヴィンス兄様からのツッコミ。シール兄様は不思議そうにしながら
「これは、ただのガラスですよ? そのスティラ・クリスタとかいう物とは違う……」
「旦那様……。この箱に使っている術式の特許を取られたことは覚えていらっしゃいますか? そして、その術式は私の爪くらいの大きさがあれば組み込めるのでしょう?」
「特許を取ったことも、ロアの小指の爪くらいあれば、大きさとしては十分だと言ったことも覚えている。でも、スティラ・クリスタなんて物は知らな…………あ、もしかして商会でブランド展開する新しい商品って──!」
「はい、その通りです」
良くできました、と言いたげに笑うグロリアさん。一方、ライオット様は
「お前な……ほんっと、完成した後はどうでもいいのな」と、呆れ顔。
イェビナーというのは、北西にあるシュナルフォという国の首都だ。前世で言うところのパリのような位置づけにある街で、この国の流行もイェビナーから伝わってくる物が多い。
そんなイェビナーで、最近人気なのがスティラ・クリスタ。キラキラと輝いて宝石みたいに見えるけど、ガラスなのでお値段はお手頃な物が多い。
「だから、デビュー前の令嬢へ贈るアクセサリーとか、数を揃えたいチャームとして人気なんですって。でも、こちらでは取り扱っている店がないのよ」
エル義姉様が、ぐぐっと身を乗り出してくる。それだけ、このスティラ・クリスタに興味を持っているのだろう。ピタッと重なり合ったわたしと義姉様の視線は、そのままグロリアさんに向けられた。
「納得できる腕を持っている職人が、なかなか見つからないらしく──」
「エル、興味があるのは分かるが、この話はまた後でしてくれないか?」
グロリアさんとヴィンス兄様は苦笑い。
「話を戻すぞ、スー。お前が見たアミュレットというのは、これに似た石でいいんだな?」
「あ、はい。ただ、一度見ただけなので、そう思うとしか答えられませんが……」
今思うと、宝石というわりにはそれほど輝いていなかったように思う。でも、宝石だからといって必ずしもピカピカ光り輝いているわけじゃないし……。
「ふむ……」
小さく頷いたシール兄様は、開けた箱の蓋の内側に手を突っ込んだ。そう、突っ込んだのよ! 何で手首から先が、消えてるの?! ずぼっと抜いたら、その手には手帳があった。
「なくさないように、ここにも法術式を彫りこんでいるんだ」
「……お前は、便利なのは分かるんだが、気軽に法術式を使いすぎなんだよ。もう、最近は全然驚かなくなっちまったけど、普通はこうだからな?」
何か、兄様が気苦労をかけてしまって申し訳ないですわ、ライオット様。不思議そうな顔をしないでください、シール兄様っ! ヴィンス兄様が頭を抱えているじゃないですかっ。
「と言われてもな……使える物は使う主義なんだ。──と、あった。これかな?」
マイペースですね、シール兄様っ! 周りの声はちゃっかり聞き流して手帳をめくっていた兄様が、手を止めた。
「近所に住んでいる騎士の家の娘にやったと書いてある」
見せてくれた手帳のページには、琥珀色の三角形のスケッチと何やら難しげな数式や、走り書きのメモが記されていた。そのメモの中に、羨まし気な視線に負けて、子供にやる。2ブロック西に住んでいる、騎士の家の娘、という一文があった。
「という訳で、彼女が持っているアミュレットはホーネスト伯爵家とは、ほぼ無関係だね」
『全く』ではなく、『ほぼ』なのは、アミュレットの制作者がシール兄様だから。また、伯爵家の紋章しか閉じ込めていないので、アミュレットとしての効果は全くないらしい。