社交界はいろいろありますね、お兄様 3
さて、困った。この状況は一体どうしたらいいかしら?
王家主催の格式ある舞踏会で? メインゲストの1人、アゲート男爵に? 仮デビューの令嬢が難癖をつけて? しかも、その令嬢はアゲート男爵のパートナーの元妹で?
ハッハーン……スキャンダルの香りしかしないじゃないの!
予想を裏切らない展開をどうもありがとう?! 突っかかって来るとは聞いていたけど、こんな風に突っかかって来られるとは思ってなかったわよ!? せいぜい、わたしが1人になったタイミングを見計らって、こっそり接触してくるものと──!
周りをよく見て、考えてから行動してよ! 伯爵家の令嬢になってから、何年経っていると思っているの?! いい加減、見られていることを自覚してちょうだい。ホーネスト伯爵家の名前が、泥だらけになるじゃない!
周囲の方々からの好奇の目が突き刺さる。そりゃあ、注目度は抜群でしょうね。
シール兄様たちは、どうやってこの場を切り抜けるつもりなのかしら? とひやひやしていたら
「失礼。こちらのご令嬢は、少々悪酔いをなさっているようなので、我々が責任を持って保護いたします」
カサンドラの両隣に現れた、2人の騎士。黒い騎士服にライトグレーのペリース──左肩にかけるように着ている丈の短いマントのこと──という装いは、宮廷騎士の隊服だ。
2人ともシール兄様たちに目礼をすると、カサンドラの腕を取った。
「っな?! ちょ、何よ……っ! あたしは別に酔ってなんて……っ……!」
「いいえ。酔っておいでですよ、お嬢様。周りをよく見てごらんなさい」
30代半ばくらいの騎士が、背をかがめてカサンドラに耳打ちをする。言われて初めて、自分がどこにいるかを思い出したらしい。
大人しくなった彼女を2人の騎士が、手際よく連れて行く。撤収、早っ!
「驚くほどにスピーディーな対応だった。素晴らしい」
「ヴィンス兄さんの仕込みですか?」
「仕込み、というほどのものじゃないさ。ジェラルド殿下には、まず間違いなく、カサンドラが問題を起こすだろうから、注意していてほしいと進言しておいただけだ」
「部外者の俺が言うのもなんですがね……ホーネスト伯爵夫妻は一体、何をお考えで?」
「何も考えていないに決まっているではありませんか」
間髪入れずにエル義姉様がズバッと言い切る。その声音は、呆れきっていた。
「よくも悪くも、あの方たちは領地しか見ていないのです。領民たちの評判が良ければ、それでいいのよ。中央の評判は、どうでもいいの」
「良くないでしょう」
グロリアさんが、は? と顔を前に突き出した。わたしも、エル義姉様から聞く両親の評価に、は? と顔を前に突き出す。そういえば、ホーネスト伯爵家が対外的にどう思われているのかって、気にしたことがなかったわ。可もなく不可もなく、というところだと思っていたのだけれど、違うのかしら? たずねてみれば、その通りだと教えてくれた。
「父も母も、自分に都合の悪いことは認めようとしない。一応、あれでも領民からの評判は悪くないからな」
ヴィンス兄様は、困ったものだと肩をすくめた。
「分かりやすく言うと、地方に本店を構える商会が、王都に支店を出した。支店の売上げは芳しくないが、本店の方は順調。商会全体の売上げとなると、足して2で割る必要があるわけだが、あの人たちは、本店の売上げを全体の売上げとして認識している、という感じかな」
わたしでも分かるわ。ばかでしょ。グロリアさんは、苦虫を嚙み潰したような顔をして
「よくそれで屋台骨が揺らぎませんでしたね」
「今までは平穏だったから。本店の売上げで支店の赤字をカバーできていたし」
シール兄様が、小ばかにしたように肩をすくめる。実の両親に対する態度ではないと思うけど、そういう態度になってしまう気持ちも分かるのだ。
「まあまあ。楽しくない話は、これくらいにしておきましょう。今夜はスーの大事な夜ですもの。うんと楽しまなくちゃいけないわ。それに、イツィンゲール女学院の生徒も紹介できる方がいらしたら、紹介したいわ」
「それはぜひ! お願いします」
エル義姉様が手を打って、この話題はお終いだと告げる。舞踏会のホールで話すようなことではないのも確かだし、下手なことを話してホーネスト伯爵家の名に傷が増えるような事態になっても困る。
「シールとライオットを紹介しておきたい方も何人かいるし、あいさつ回りに行くか」
「正直に言えば遠慮したいところですが、そういう訳にはいかないでしょう?」
「……お手柔らかにお願いします」
2人とも、社交は苦手なようだ。グロリアさんは、我関せずといった雰囲気。身分の関係で、彼女とわたしは、基本的にはおまけ扱い。おまけシスターズは、あちらが関心を示さないと会話にも加われないので、ニコニコ笑っていればいいのよ。気楽と言えば気楽よね。




