社交界はいろいろありますね、お兄様 2
「カサンドラ……」
眉間にしわを寄せ、ヴィンス兄様がエル義姉様をかばうように一歩前に出た。
ヴィンス兄様たちがカサンドラを良く思っていないように、彼女もヴィンス兄様たちを良く思っていないからだと思う。
「なんだ、その恰好は……」
みっともない、という言葉は辛うじて飲み込んだっぽい。
デビュー前後の娘が着るドレスは、清楚可憐かつシンプルなものが良いとされている。
わたしのドレスもいたってシンプル。とはいえ、国家行事の舞踏会に着ていくドレスなのだから、最低限の華やかさはある。胴回りや手袋に使ってもらった、マーガレットのレースは、わたしのお気に入りだ。
一方、カサンドラのドレスは、バラ尽くし。いえ、バラが悪いわけじゃないのよ。今はバラがきれいに咲く時期だから、モチーフとして好まれていることはわたしも知っている。
でもね、バラが多すぎるのよ。スカートの裾にバラの刺繍。胸元には、バラのコサージュが1、2、3……5つもついているわ。当然、髪飾りもバラ。蕾よりも花の方が目立っているから、あれでは仮デビューの娘だと分かってもらえないかも知れないわね。
ヴィンス兄様の氷のような冷たい視線にも、カサンドラは怯んだりしなかった。彼女のこういうメンタルの強さは、良くも悪くもすごいところよね。
「……ぅして……どうしてっ、あんたがそこにいるのよっ!?」
いまにも噛みついてきそうな勢いで、カサンドラがわたしに詰め寄ってくる。
「そこは、お姫様のっ、あたしのいる場所のはずでしょ?!」
でた。あたしはお姫様発言。あなたは、お姫様ではなくて伯爵家に養子入りした令嬢よ。
それに、こういうとライオット様に失礼かもしれないけど、本物のお姫様は成りたて男爵がエスコートできるような相手じゃないから。成りたて伯爵のシール兄様でも、怪しいわ。
「何なんだ、お前」
ライオット様は一歩前に進み出て、わたしをカサンドラから守るように立ってくれる。彼女への声音はトゲだらけ。お顔はうかがえないけれど、不機嫌なのは明らかだ。
ヴィンス兄様やシール兄様も不機嫌そのもの。眉間にしわを寄せ、険しい顔でカサンドラを見据えている。エル義姉は、相手にしたくないわとそっぽを向いて、グロリアさんは完全無視。わたしも──カサンドラとの会話を禁じられているので──ライオット様の背中からそっと様子をうかがうのみ。彼女の独り言に近い問いかけには、答えない。
「俺が誰をパートナーに選ぼうと、俺の勝手だろう」
学院では、自分がルールだとばかりに、時に殿下すら下に見るような言動をしていた、恐れ知らずのカサンドラも、相手が悪かったみたいだ。相手は現役の傭兵で、しかも英雄と呼ばれるほどの功績をあげられた方。威圧感が違う。
カサンドラは小さな悲鳴を上げ、目じりに涙を浮かべる。少し後ずさりし、さもショックを受けましたという顔で、
「シルベスターお兄様……」
シール兄様を見た。彼女は兄様の名前を呼んだだけだったけど、わたしには副音声で助けを求める声がばっちり聞こえた。アナタのかわいい妹が、ゴツイ男にいじめられています。かわいそうでしょ? だから、助けてくれるわよね? って、聞こえたわ。でもねえ……
「僕に妹はいないが? 君はなぜ初対面の僕を兄と呼ぶのかな?」
「は? え? だって……」
シール兄様の絶対零度の声音に、カサンドラは信じられないという顔のまま、さらに後ずさりする。シール兄様にかばわれるような恰好で立っているグロリアさんも、凍てつくような鋭い視線で、カサンドラを一瞥している。……あの視線、刺さったら血が出そう。
さて、シール兄様の言い分は何も間違っていない。シール兄様は、特別に先代のダンジェ伯爵と死後縁組をし、彼の子供になった。言い方は悪いけれど、よその家の子供になったので、書類の上では妹はいない、ということになっているのである。
さらにもう1つ。これは社交界のルールだけど、たとえ何度か顔を合わせたことがあったとしても──その時に和やかに会話をしていたとしても──次に顔を合わせた時、身分の高い方が「はじめまして」と言ったなら、初対面ということになるのである。
「そんな……ヴィ、ヴィンセントお兄様……」
今度はヴィンス兄様に助けを求めたけれど、こちらも視線は冷ややか。
「困った時だけ兄呼ばわりか? 今までさんざん私のことを無視していたのに?」
ヴィンス兄様が帰っていらっしゃった時は、「勉強があるから」と言って、きちんと挨拶もせずに、さっさと部屋に引っ込んでいたものねえ。元々歓迎の意思は低かったのに、そんな態度を取られていたら、気分が悪い。彼女への心象は悪くなる一方だっただろう。
なんで、助けてくれると思ったのかしら? カサンドラは、また後ずさり。
彼女、何がしたかったの? わたしのエスコート役が誰であろうと、カサンドラには関係のない話だわ。わたしがこの場にいることに不満があっても──シチュエーション的には、ありきたりなものだけど、それを口にするのはおかしいのである。




