社交界はいろいろありますね、お兄様
マウントを取ろうとしたら、カウンターを食らった。
ライオット様の回答は、シンプルすぎて分からない。でも、説明を聞けば、なるほどその通りだと思ってしまった。
背景にあるのは、アデラー子爵家3姉妹のカクシツ──らしい。
「私は、それほど気にしていないのだけど、オーガスタ姉様は違うみたいで……」
エル義姉様がため息をつく。
上から、オーガスタ、マーチ、エイプリルと生まれたアデラー子爵家。アデラー子爵夫人はもとより、3姉妹も社交界の実力者として知られている。
──が、社交界の実力者というものは、プロのスポーツ選手のように分かりやすいランキングがあるわけではない。何となく、あの人の周りは賑やかとか華やかとか。雑誌や新聞で名前をよく見かけるとか。そういった雰囲気を察するのだ。
「なぜそう思ったのかは謎よ? でも、このままだと追い抜かれると思ったみたいで、シルベスター様に似合う身分ある女性を紹介しましょうかと持ち掛けたのよ」
それ、アカンやつでは? わたしでも分かるくらい、めちゃくちゃ分かりやすい地雷なのに、なんでわざわざ踏みに行きますかね?
シール兄様は、グロリアさんにべた惚れだし。グロリアさんだって塩対応かと思いきや、ときどき素で惚気を聞かせてくれますからね。確実に馬に蹴られてしまうヤツです。
「グロリアさんが、なんと答えたのかも気になりますが、シール兄様に女性を紹介することが、ランクアップになるのですか?」
「シールの妻を紹介したのは自分だということで、エルと同じとまではいかなくても、関係性をアピールできると考えたのだろうと思うが……」
ヴィンス兄様が言葉尻を濁したものの、言いたいことは分かります。
「無駄だったね」
はい、そこ。シール兄様。背中にお花をしょって、にっこり笑わない。
「それで、グロリアさんはなんて答えられたのですか?」
「ぜひともご紹介くださいとお願いしました。ただし、旦那様はとてもお優しい方ですから、パートナーを1人屋敷へ残して行かれるような方ではありませんので、旦那様について行ける方をお願いしますとも」
にっこにこ笑っていらっしゃるけども、そんな人、グロリアさん以外にいるのですか? わたしだって、無理ですよ? 牧場のお手伝いが精いっぱいだわ。
「シール兄様について行ける方と言いますと……?」
「レオン・バッハの傭兵と一緒に寝起きして、固い干し肉をかじりながら、真っ暗な洞窟の中を何日も探検したり、万年雪の残る山を登ったり、道なき樹海を歩き回ったり?」
そんなことをしてきたのですね。ライオット様。
「けが人の治療や看護はまだいい方ですね。保護した魔物の治療や世話。生態の調査、記録、解剖の助手。喉に詰まらせた骨を取るために、魔物の口の中に頭と言わず、上半身を突っ込まざるを得なかった時は生きた心地がしませんでした」
そんなこともしてきたのですかっ!
肉食の魔物は臭くて……と、グロリアさんはため息をつく。調査にあたっては、排せつ物を調べたり、解剖の時は胃の中の内容物を調べたり。想像するだけで、吐き気がしそうだ。
そんなことをやりつつ、ヴィリヨ商会の商品開発をしたり、従業員に目を配ったり。
「……とんでもない女性だな、君は……。シールはとても素晴らしい女性に出会ったようだ。余計な世話だろうが、逃がすなよ?」
「もちろんですよ」
ヴィンス兄様が獲物を狙う猛禽類のような目をしているわ。それに答えるシール兄様も、獲物を前に舌なめずりをしている肉食獣のような顔をしているし……。
「グロリアさん。困ったことがあったら、いつでも頼ってちょうだい。私の持てるツテすべてを駆使して、あなたを守って見せるわ」
「ありがとうございます」
「お、及ばずながらわたしも力を貸しますわ!」
女3人、結束を固めている横で、ライオット様はポツリ
「こう見えて尻に敷かれてやがるから心配はいらね……っと」
「ひょぁっ?!」
突然腰を抱かれて、引き寄せられた。わたしを引き寄せたのは、ライオット様だ。
彼の体に隠されるようにかばわれ、何が起きたのかと周りを見れば、
「カサンドラ……」
ここで会ったが百年目、みたいな顔をしているわ。今にも歯ぎしりの音が聞こえてきそう。
その顔もどうかと思うのだけど、彼女の近くには、お父様とお母様の姿がないことの方が問題だ。
舞踏会や夜会など、社交の場では未婚の娘が1人で行動するのは、良くないことだとされている。その賛否はともかくとして、今はそういうルールなのだから仕方がない。なのに、どうして、この子は自分で自分の価値を下げるような真似をするのかしら。