心残りをなくしますわ、お兄様 3
「これからの……?」
パチパチと瞬きをしたフランシス様。何を言われているのか、分からないと言った様子だ。わたしは、楽しくなって声を出して笑い、
「ええ。これからの話です。わたしたち、良い友人になれると思いませんか?」
わたしとフランシス様は、学院でのことがあるから、男女の仲になれるとは思えない。でも、友人にならなれると思うのだ。
「わたし、フランシス様へ手紙を書きますわ。女学院で学んだこと、学びたいと思ったこと。女学院でどんな風に過ごしているか。わたしが幸せに暮らしていると知れば、学院でのことを引け目に思うこともなくなりますでしょう?」
「あ……では、私も手紙を書きます。その……女性を喜ばせるような内容は書けないかも知れませんが、必ず」
「あら、わたしを喜ばせようなんて思わなくていいのですよ。フランシス様の近況を知らせてくださればよいのです。お好きな馬の話や新しい友人の話。学校や学校がある町の話」
「そんなことで、良いのですか?」
きょとんと目を丸くするフランシス様が、ちょっとかわいい。
「もちろんですわ。わたしだって、男性を喜ばせるような内容は書けませんもの」
曲が終ってしまったので、ダンスはここで終わりだ。余韻を楽しむために、あるいはこの人と踊ったのだと周囲に知らせるために、彼のエスコートでフロアを半周する。
「それから、おすすめの本も教えてくださいな。以前、学院新聞にとある冒険小説を取り上げていらしたでしょう? わたしも読みまして、すっかり気に入ってしまいましたの」
「本当ですか? それは……嬉しいです。では、ステラ=フロル様も私に面白かった本を教えてください。それから、ダンジェ伯爵の冒険譚も」
「ええ、もちろん。となると……ステラ=フロルではなく、ステラと呼んでくださいませ」
わたしたち、もう友人ですからね。スーは身内専用だからダメだけど、ステラならいいわ。
「では、私のこともフランクと──」
「はい。お手紙、楽しみにしておりますわね。フランク様」
「私も楽しみにしています。ステラ様」
フランク様が専門学校に通えるようになるには、まだ少し日数がかかるそうだ。移動に10日ほど時間がかかるらしい。それでも、領地に帰るよりは短いと笑っていらした。
旅の話も聞かせてほしいとおねだりしながら、シール兄様たちのところへ戻る。
「あ、ヴィンス兄様たちもいらっしゃるわ」
兄様と義姉様だけでなく、アデラー子爵夫人とフィンドール子爵夫人もいらっしゃるわね。アデラー子爵夫人は、エル義姉様のお母様で、フィンドール子爵夫人はお姉様よ。
「……雰囲気があまり良くないみたいですね」
「えぇ」
涼しい顔をしているのは、シール兄様とグロリアさん、ライオット様だけ。ヴィンス兄様とエル義姉様、サンドロック伯爵夫妻は、反応に困っている様子。アデラー子爵夫人は、面白がっているのかしら? 笑いをこらえているような感じ。屈辱に耐えていますっていう感じのフィンドール子爵夫人は、体を小刻みに震わせていた。
一体、何があったの? あそこに戻っても大丈夫なの、わたしたち。
どうしたものかと戸惑いながら、兄様たちに近づいていくと、サンドロック伯爵がわたしたちに気づいてくださった。あからさまにほっとした顔で、わたしたちを出迎えて下さった。
「久しぶりね。仮デビュー、おめでとう。ステラ=フロル」
「ありがとうございます。ご無沙汰しております、アデラー子爵夫人」
社交界の女王に礼をすれば、アデラー子爵夫人はにこりと笑って、
「今度、我が家へ遊びにいらっしゃいな」
「はい。ぜひお伺いさせてください」
笑顔で返事をしたものの、本当に遊びにいけるとは思っていない。今のわたしにそんな価値があるとは思わない。フィンドール子爵夫人なんて、あからさまに目をむいてわたしを威嚇している。……仮デビューの小娘相手に、何をそんな……。
アデラー子爵夫人は、疲れたようなため息をこぼし──オーケストラの演奏とダンスの足音や衣擦れ、人々の話声なんかで聞こえる距離ではないと思うのだけど、ため息をついたのはばっちり分かってしまった。
「まだ話の途中ではありますが、私どもはこれで失礼させていただきます」
サンドロック伯爵が夫人の手を取り、一歩後ろへ下がる。フランク様もそれに倣って、頭を下げた。サンドロック伯爵の言葉がきっかけで、アデラー子爵夫人とフィンドール子爵夫人も「では、わたくしたちもこれで──」という流れになる。
5人を見送り、背中が人込みに紛れて見えなくなったところで、エル義姉様が「は~あ」と、大きなため息。グロリアさんへの謝罪を口にした。
「何があったのですか?」
質問の答えは「マウントを取ろうとしたら、カウンターを食らった」だった。何、それ。