心残りをなくしますわ、お兄様 2
インターネットなんて普及していないこの世界。情報伝達は、口コミと手紙が中心。そんな中にあって、社交界は情報収集の場として非常に重要な場所となってくる。
特にこういう大きな催しの場は、異なる階級の方々が一堂に会する場でもあるので、日ごろの社交ではなかなか伝わってこない情報に触れられる良い機会だ。
フランシス様をシール兄様とライオット様に紹介した後、今度は2人をサンドロック伯爵ご夫妻へ紹介する流れになった。ご夫妻は、グロリアさんを無視したりせずに、紹介を望んでくださった。シール兄様は喜々として彼女をご夫妻へ紹介し、自分が持っているヴィリヨ商会の経営はグロリアさんに任せていると伝えたのである。
女性が商売をしている、というのはまだまだ珍しいケース。サンドロック伯爵夫妻も目を丸くされたけれど、
「最近は、職業婦人も増えてきていると伺っていますわ。まだまだ、眉を顰める方が多いと伺っていますが──わたくしは、あなたを応援いたしますわ」
「ありがとうございます」
「そういう意味では、貴族女性はまだまだ委縮している部分が多いと言えるね。庶民の女性の方が実にのびのび、生き生きとしている」
「下手な男よりも強いですからね」
ものすごく実感がこもっているように聞こえるのは、気のせいですか。ライオット様。
「あの……ステラ=フロル様。一曲、私と踊っていただけませんか?」
遠慮がちながら、わたしに手を差し出してくださるフランシス様。シール兄様とライオット様の顔色をうかがえば、2人とも笑顔だったので、
「喜んで」わたしは、フランシス様の手を取った。
彼にエスコートされて、ダンススペースへと向かう。
広いようでいて狭いのが社交界。公然の秘密なんていうのは当たり前。言わぬが花という言葉もある。社交界では空気を読み、言動の裏に隠された意味を読み解く能力が求められる。
例えば。学院で起きたイジメの事件。世間的には、被害者は庶民が中心だとしているものの、耳の良い人たちは、被害者の中にわたしがいることも知っている。また、加害者グループのことも知っているし、その中にフランシス様がいらっしゃることも知っているだろう。
イジメの被害者と加害者が、舞踏会で踊っている。その表情をうかがう限り、仕方なくという雰囲気もなさそうだ。──と言うことは、両家の間には何のわだかまりも残っていなさそうだ、と考えてもらうために、わたしたちは踊るのだ。
フランシス様には手紙であやまっていただいたから、わだかまりがないのは本当のことだけど、それを回りにアピールする必要があるのよ。貴族って、こういうところが面倒。
「ステラ=フロル様。手紙で謝罪はさせていただきましたが、改めてお詫びを申し上げます。私がふがいないばかりに、在学中は辛い思いをさせてしまいました」
「フランシス様……まだ気になさっていらしたのですか?」
手紙に許すって書いたのに。でも、こういうところが彼らしいと言えば彼らしいわ。
「ふふっ。本当に生真面目な方ですわね。ねえ、フランシス様? わたしを見てください。わたし、笑っていますわ。今は、毎日が楽しくて、楽しくてしょうがないのです」
クルリとターンを決めて、わたしは笑う。会話の声も弾むように、リズムをつけて。
「学院やホーネストの家で過ごした毎日が、辛くなかったと言えばウソになります。今でも思い出せば、胸の奥が締め付けられますわ。ですが、本当のわたしはとっても前向きなのです。思い出して涙をにじませても、すぐに笑顔になれますわ。だって、今は幸せですもの」
今のわたしは、過去を見ていない。未来だけを見ている。女学院へ通う未来。それを想像しては、勉学や友達作りを頑張ろうと、意欲に燃えている。
「それに何より、フランシス様にはいじめられたとは思っていません。あなたは、人目を忍んではわたしに会いに来てくださって、わたしを気遣い、表立ってかばえない自分を許してほしいと、頭を下げてくださいました」
「それは……ただの自己満足で、あなたの助けにはならなかった……」
笑っているわたしとは対照的に、フランシス様はしょんぼりと目を伏せている。
「いいえ。そんなことはありませんわ。あなたは、王子殿下の手前、わたしをかばうことが難しいと、泣いてくださいました。何も言わずにいることしかできない、ふがいない自分が情けないとも。だから、わたしは気づくことができました。身分の関係上、わたしを無視せざるを得ない人たちがいるのだと」
生徒全員がわたしを嫌っているのではなくて、嫌っていると装わなくてはならない人たちがいることを。だからこそ、余計に殿下たちの行動には腹が立つのだけど、それはそれ。これはこれだ。
「もう一度言いますわね? フランシス様、わたしは笑えていますわ。毎日が楽しくて、幸せに過ごしております。その証拠に、実は少し太ってしまいましたの」
1日1日が、本当にあっという間に過ぎていくの。屋敷で1人過ごしていても、孤独を感じることはない。食事の時も疎外感を持たずに、シール兄様たちと楽しく過ごしている。
「ですからね、フランシス様。今までのことではなくて、これからの話をしましょう?」