心残りをなくしますわ、お兄様
普通、デビュー前の娘が、王族の方と公の場で話をさせていただくことはない。もちろん、例外は存在するけれど、何もなければ、ジェラルド殿下と話をさせていただくことはなかったはずだ。殿下が話をされるとしたら、シール兄様とライオット様くらい。
わたしとグロリアさんは、会話に混ぜてもらえずに、その場にいてニコニコ笑ってうなずいたり、相槌をうったりするくらいだっただろう。
にもかかわらず、話をさせていただけたのは、政治的なパフォーマンスと点数稼ぎだ。もちろん、それだけじゃないことは分かっている。
ちゃんと、お詫びの言葉をいただいたもの。
わたしに対するお詫びの気持ちも、弟殿下たちのお馬鹿なふるまいに怒っていらっしゃるのも、演技には見えなかったわ。それに、なぜあんなことをなさったのか、きちんと説明してくださったし。……は? 何それ? どういう理屈? と思いはしたものの……そこは、カサンドラの演技力に騙された、とでも思うしかないでしょう。
点数稼ぎは、グロリアさんの扱い。庶民の彼女の名前をたずね、直接会話をしたことで、彼女の価値を高めてくださったの。庶民は庶民でも、ただの庶民ではないぞと周りに印象付けて下さったというわけ。
「さて、私はそろそろ退散させてもらおう」
「我々が下がりますが?」
「いや、いい。これも点数稼ぎだ」
肩をすくめた殿下は、「ただし、これきりだがな」と笑って、お供の方々を連れて離れていった。王族もイメージが大事だから、フットワークが軽すぎても良くないからでしょうね。
さて、殿下たちを見送ってしまうと、わたしたちは自分たち以外に話し相手がいなくなってしまう。シール兄様もライオット様も、社交界にお知り合いはいらっしゃらないから。
社交界で知り合いを増やそうと思ったら、ヴィンス兄様たちにご紹介いただかないと難しいのよね。ヴィンス兄様とエル義姉様はいつ戻ってこられるのかしら?
「スー、あそこの彼がこっちを見ているんだけど、知り合いかい?」
ちょんちょんと肩をつつかれ、シール兄様から目配せをされた。見ているとしたら、わたしではなく、グロリアさんなのでは? と思いながら、視線をやれば──
「まあ。サンドロック伯爵ご子息のフランシス様ですわ。えぇと……どうなさいます?」
栗毛の優しそうな顔立ちをしたイケメンは、フランシス・バーナード・サンドロック伯爵子息。元カサンドラの婚約者だ。
彼の後ろに立っていらっしゃるのは、サンドロック伯爵ご夫妻だわ。そのこともあわせて伝えると、「それはぜひ、ご挨拶をしなくては」
シール兄様の決定により、フランシス様がいらっしゃる方へ歩いていく。
すると、彼の方もこちらへ近づいて来てくださった。
「フランシス様。ご無沙汰しております」
「こちらこそ。ステラ=フロル様。お元気そう何よりです」
安心しました。ホッとしました。そんな心の声が聞こえてきそうな微笑みだった。
わたしと同じで、フランシス様も仮デビューを表す白い衣装に身を包んでいらっしゃる。ただ、全身真っ白ではなくて、襟や袖口などは艶のある栗色の糸で刺繍がされていた。華やかさには欠けるかも知れないけれど、彼の穏やかで落ち着いた雰囲気は魅力的だと思う。
「素敵なドレスですね。とても良く似合っておいでです」
「ありがとうございます。フランシス様も素敵ですわ」
普段おろしている前髪を上げるだけで、ぐっと大人びて見えるのね。今の彼からは、気弱そうな雰囲気が、まったくといって良いほど感じられない。背筋も伸びて、眩しく見えるわ。
「ステラ=フロル様は、変わられましたね。とても明るくなられました」
「そうですか? だとしたら嬉しいです。今は楽しい毎日を過ごしていますから。フランシス様も変わられたように思いますわ。以前よりも、のびのびとなさっているような……」
「はは。そう……ですね。ええ、おっしゃられる通りです。今だから言えますが、学院での生活は、とても窮屈でしたから」
そりゃあ、ねえ……。婚約者から、ことあるごとに情けないだの何だのと、上から目線で文句を言われ? 彼女の取り巻きと化した殿下たちからも、やっぱり上から目線で小言を言われるような学院生活でしたものねえ? そんな生活から解放されれば、そりゃあ雰囲気も変わりますわ。お互い、良い方向に変われましたね。
被害者と加害者の側にいた者という立場にありながら、連帯感を持っていたわたしたち。どちらからともなく、ふふっと笑いがこぼれた。
「シール兄様、ライオット様、紹介しますわ。こちら、サンドロック伯爵ご子息のフランシス・バーナード様でいらっしゃいます」
グロリアさんの名前を呼ばなかったのは、身分の都合があるからだ。彼女は庶民なので、フランシス様が紹介を望まない限り、紹介することはできない。
何より、彼の後ろにはサンドロック伯爵ご夫妻が控えている。というより、こちらの方が本命だ。本命がどう思っているのか確認しないまま、グロリアさんの名前を口にはできない。
相手が望まないことをしないように、というのはどこの世界であっても同じなのである。