次のステージへ参りますわ、お兄様 4
ホールに戻ると、ポルカが演奏されていた。人々の談笑。軽やかなポルカの調べ。軽快に踊る人たちのステップを踏む足音。
日本の夜を知っている身としては、ホールが明るいとは思わない。これは、ホールに限らず、屋敷で過ごしていても同じだ。LEDの明かりとは全然違う。はっきり言えば、薄暗い。
でも、この薄暗さが良いのだ。このムードが、オレンジがかった温かみのある照明が、ホール全体の時間の進み具合をゆっくりとしたものにしてくれているような気がする。
シール兄様とグロリアさんに続いて、ホールを歩く。皆さん、数人で固まって談笑していらっしゃるけれど、各グループの間はゆとりがあるので「すみません、通してください」なんて言わなくても大丈夫。
それに、会話を楽しみながらも、誰が側を通るかチェックしているみたいで、目が合えば微笑んでくださったり、タイミングが合えば「おめでとう」とか「ようこそ、こちらへ」なんて声をかけてくださったり。もう、ずっと感激しっぱなし! わたしの足は、ちゃんとホールの床を踏んでいるのかしら? 浮いていたって言われても、わたしは信じる。
それにしても、どこまで行くのかしら? シール兄様は伯爵だから、玉座に近いところまで行っても大丈夫だとは思うけど、ライオット様は男爵だし──貴族って、階級に対するこだわりがすごいから、ちょっとしたことでもネチネチ言ったりするのよね。
「あぁ、いたいた。マシマシで光っているから、見つけやすくて助かった」
「……今夜限りにしていただきますからね? 旦那様」
「僕もここまでとは思わなくて……。これは、僕の計算違いだ。謝るよ」
シール兄様もグロリアさんも、わたしより大きいから2人の背中に隠されて、誰が見つかったのかが分からなかった。マシマシで光っているということは……?
「やあ。シルベスター、ライオット」
「ごきげんよう、ジェラルド殿下」
第一王子殿下っ! シール兄様が挨拶と礼をしたのに対し、ライオット様は無言で礼をしただけ。これは、別に失礼でもなんでもない。身分の高いシール兄様がわたしたちを代表して、挨拶をしただけだ。この時、名前を呼ばれなくても、同じグループに所属していれば、礼をするのが作法。当然、わたしとグロリアさんも礼をしている。
「2人ともパートナーを紹介してくれるかい?」
くっ、王子スマイル眩しすぎるっ。第三王子殿下もそうだけど、ジェラルド殿下も金髪にエメラルドグリーンの瞳という、典型的な王子カラーなのよ。お顔立ちも爽やか系のイケメンだから、令嬢たちからの人気もすごい。どうして、まだ婚約者が決まっていないのか、不思議でならないわ。
「レディー・ステラ=フロル・エデア。弟がすまなかった。あぁ、答えなくていい。肯定も否定もしづらいだろうから」
わたしが黙ってうなずくと、
「あいつには、しっかりと反省をさせた上できちんと君に謝罪をさせるから、もう少し待ってもらえないだろうか?」
「分かりました」
「ありがとう」
ほっとした胸をなでおろした様子のジェラルド殿下は、「まったく、あのバカときたら……」と一転して苦々しい顔つきになった。
「今回の件については、実は間接的にクリフォードも関わっていて……本当なら、君たちをクリフォードに紹介するつもりだったんだが、やめることにしたよ」
「…………それで、あの顔ですか…………」
ちらりと横目でライオット様が視線を送った先には、じめッとした雰囲気の第二王子殿下が、わたしたちの方を見ていた。あそこだけ梅雨がきていて、キノコが生えそうな雰囲気。
「どういうことです?」
「私がリチャードに言ったのは、ホーネスト伯爵令嬢たちとは、ほど良い距離を保って付き合うように、ということだ。伯爵家だからうちと縁続きになる資格はあるものの、現実的ではない縁だからな。シルベスターの機嫌を損ねない程度の付き合いをしてくれれば、それでよかったんだ。事実、前期生のころはそうだっただろう?」
「はい。そうですね。すれ違えば挨拶をしてくださったり、ほかの令嬢方ともご一緒に雑談に誘ってくださったりといった具合でした」
当たり障りのない付き合いをさせていただいていたのだが、後期生になってから、変わってしまった。もっと言えば、シール兄様たちが有名になってから──
「アヴァローの諍いがあって、君たちは一躍有名になった。英雄だともてはやす声も多く、その中にリチャードとその側近たちもいたわけだ。私と同学年だったと知って、在学中の様子を聞かせてくれと、よくせがまれたよ」
「なるほど。ということは、身内にも話を聞きたがるでしょうね。話のネタはジェラルド殿下よりも多いでしょうし?」
なるほど。第三王子殿下がカサンドラに近づいた理由が、それだったのね。