お兄様、手広くやりすぎでは?
7/12 ランキング入りありがとうございます。今後も楽しんでいただけるよう、精進いたします。
「……何かあった?」
机の一番下の引き出しから出て来たシール兄様は、こてりと横に首を倒した。表情筋を休ませたまま、そういうことしないでくれますかね? 萌えてまうやろ……。
シール兄様は、インテリ系美人なのだ。ダークブラウンの髪と鳶色の目と、色味は地味だけど、細い銀縁眼鏡とかモノクルとかっ。そういう知的アイテムが似合う美人なのである。
おまけに、あまり表情が変わらない。漫画や小説に、必ず1人はいるだろうキャラクターだ。絶対に人気キャラとして、不動の地位を築きそうな気がする。
「ステラが学院で怪我をしたのは、お前も知ってるだろ? なのに、学院からは謝罪もなけりゃ、見舞いもねえ。それどころか、自作自演なんじゃねえか、なんて噂も流れてるんだと。──火消をしてる様子もなさそうでよ……ムカつく話だぜ」
「それだけではなく、去年の話だそうですが、カフェテラスの店員が、暴言を吐いたらしいです。学費を滞納しているとはっきり口にしたそうですよ。あり得ません」
ライオット様とグロリアさんが、ひっく~い声で言う。
エル義姉様も
「ええ、ええ。あり得ませんわ。信じられません。ああ、スーが信じられないのではなくて、そのカフェテラスの店員の言動が信じられないのよ」
「はい。ありがとうございます。わたしを信じて下さって」
今まで何を言ってもウソだと決めつけられてきた身としては、わたしを信じると言う義姉様の言葉は、何よりも嬉しいものだった。ほろりと涙が目尻に浮かぶ。
「つまり、学院そのものがスーへのいじめを助長させていたという訳か。なら、正式にホーネスト伯爵家の名前で学院に抗議するとしよう」
「ヴィンス兄さん、ダンジェ伯爵家の名前でも抗議しますよ。他にも学院には思うところがあるので、どうせなら一緒にやってしまいましょう」
謎空間から持って来た小箱を机の上に置き、シール兄様はソファーに腰かけた。
「そういうことなら、俺も乗るぜ。勝手に人の名前を使って、ウチの連中に無茶な依頼をしてやがったらしいからな。おかげで、仲間内での俺の信用ががた落ちだ」
憎々し気に鼻を鳴らすライオット様。ライオット様は、レオン・バッハという高名な傭兵団の一員だ。わたしも詳しくは知らないのだけれど、レオン・バッハの仲間の半分は、ライオット様の血族にあたるのだとか。
「すぐに誤解は解けたけどよ、それでも、仲間内での評判はだいぶ下がっちまったからな。何が母校への恩返しだよ。1年くらいしか通ってねえんだ。返すほどの恩なんてねえっての」
何で1年くらいなのかと言うと、卒業を待たずしてグランドツアーに出かけることを決めたシール兄様に付き合って下さったからである。
「この件については、後でもう少し話を詰めよう。それより、その箱の中にアミュレットが入っているのか?」
ヴィンス兄様が指さしたのは、テーブルの上に置かれた小箱だ。やや黄色みの強い、木目を生かした箱は、厚みが5センチくらいで、大きさはノートくらい。箱の表面には、緻密な幾何学模様が彫られていて、ところどころに小さな宝石のような物があしらわれていた。
「宝石箱のようですわね。木彫りの模様がとっても美しいわ」
「その模様は、旦那様がご自身で彫られたものなのですよ」
「まあ、そうなの? シルベスター様は、彫刻もなさるのですか?」
「素人の手慰み──と言いたいところですが、正確には違います。この箱も法具でしてね。この模様は、法術の術式なんです」
宝石のような物は、法石と言って、法術の術式を発動させるためのエネルギー。電池のような役割を持っている物なのだそうだ。
「普通は見えないように隠すんですが……僕が自分で使う物なのでそのままにしています」
義姉様たちの称賛を面はゆそうに聞きながら──それでも、表情はあまり変わっていない。ちょっと、頬が赤くなったくらい──シール兄様は、箱の蓋を開けた。
「さすが、特許持ちと言うべきかな? すごい数だ」
箱の中は仕切り板で区切られ、中には、赤や青、緑、黄色など、色とりどりの宝石がお行儀よく並んでいる。色はもちろん、形も楕円形やドロップ型、四角い物やダイヤモンドカットされたものなど様々だ。
思わずため息をこぼしてしまったけれど、シール兄様いわく、
「騙されないで下さい。これは全部、ガラス製ですから。装飾品としての価値は子供でも買える土産品程度でしかなく、世間に出しても資料的価値しかありません」
「え? こちらのアミュレットはガラスなの!?」
「ええ。その通りですよ、義姉さん。全部試作品です。アミュレットとしての効果も、ほぼゼロです。さすがの僕でも、いきなり宝石で試作品を作ったりしませんよ」
宝石は、ダンジョンに行けばただで手に入る。とは言え、まずは安価なガラスを使って研究を重ねたのだそうだ。