次のステージへ参りますわ、お兄様 3
「貴方がいじめられていた原因を理解していらっしゃいますか?」
「え? えっと……伯爵家の娘だと偽って、ホーネストの両親をだまして家に入り込み、本当の娘であるカサンドラを追い出すべく、いじめていると思われていたから? あの人たちは、自分が正しいことをしているのだと思っていたはず……?」
グロリアさんにたずねられて答えれば、60点だと言われてしまった。
「お前の言う通り、自分たちは正しいことをしてるんだっていう、思い込みもあったろうが、本音は別だ。連中はお前をいじめることで、カサンドラに近づきたかったんだよ。そうすることで、本命であるシールとお近づきになれる可能性を高めようとしたんだ」
「アデラー子爵夫人ともお近づきになれるかも知れないしね?」
そういうこと! あれ? でも、
「エル義姉様とカサンドラは、ほとんど顔を合わせていませんよね?」
「そこがよく分からないんだが、聞いた話だと、あのカサンドラってコ『自分の本当の名前は、ステラ=フロル・エデア』だと吹聴していたらしい」
は? どういうこと?
「『本当の名前はステラ=フロル・エデアでも、カサンドラの名前の方がなじみ深いから、お友達にはそう呼んでもらいたい』と、ちょっぴり寂しそうな顔をして笑ってみせたらしいですよ。その姿が『けな気だ』『いじらしい』とたいそう評判になったそうで──」
馬鹿馬鹿しいとグロリアさんが吐き捨てる。つまり……?
「家族を含めた学院外の人が言う『ステラ=フロル・エデア』は、学院で『カサンドラ』と呼ばれている。学院で『ステラ=フロル・エデア』と名乗る君は、学院の外では『カサンドラ』と呼ばれているのだと、生徒たちに思わせていたらしい」
「は……ッ?!」
「おっと、そりゃだめだ」
素っ頓狂に叫びそうになったわたしの口を、ライオット様が手で押さえて下さった。大丈夫か? と目で確認され、わたしはコクコクとうなずく。危なかった。
「僕が学院に振り込んだスーの学費は、その謎理論のせいでカサンドラの学費に変換された。そんなことになっているとは思わないから、父さんはカサンドラの学費だけを振り込む」
わたしの学費をシール兄様が振り込んだことは、ヴィンス兄様が知っているのだから、当たり前だけど、父も知っている。本当に振り込まれているかなんて確認しないだろう。
「その余分な学費はどうなったんです?」
「職員が勝手に寄付だと解釈して処理をしていたらしいよ」
ずさんな事務手続き! と大きな見出しで載っていたのは、その辺の事情でしたか。
学院内のいじめに関しても、庶民への扱いが取りざたされていて、被害者の中に
貴族の娘がいることについてはあまり触れられていなかった。
何より、加害者が誰なのかも、ぼんやりとした扱いになっていたので──はっきりさせると、第三王子殿下の名前も出てくるので、忖度したのだろう──自分は関係ありませんという顔で出席するのだろうと思っていた。
でも、実際はほとんどの生徒が出席を見合わせている。それはつまり、学院の外でも『カサンドラ』は『カサンドラ』として認識されていたと理解したということで──
「ご家族はさぞかし、お怒りでしょうね」
「あれだけ言ったのに! ってなモンだろうな」
これは……ちょっとややこしい。眉間にしわが寄るわ。
学院で、リンゴと青リンゴと呼ばれているものがあったとして? それが、学外ではリンゴを青リンゴ、青リンゴをリンゴと呼んでいるのだと思っていた? だから、リンゴに心配りをするようにと言われれば、それは青リンゴに心配りをするように言っているのだと──?
「そんなこと、あるんですか?」
「信じられないけど、あったからこそ、こんなことになってるんだよ」
やれやれとシール兄様が肩をすくめた。
「さて、そろそろ戻ろうか。やることはやってしまわないと、帰るに帰れない」
「やること……ですか?」
「一般にはぼかしていますが、この会場にいるほとんどの人間が、貴方をいじめていた生徒の中に第三王子殿下が含まれていることを知っています。あちらとしては、その件については解決済み、和解しているのだとアピールしておきたいのですよ」
グロリアさんが耳打ちをしてくれて、わたしも納得。
「ダンジェ伯爵は、第一王子殿下と繋がっているということもアピールして、時間をおいてうやむやにしてしまおうと考えている人間へのけん制になればと思っている」
ダンジェ伯爵家は、短い期間ではあるものの、一度消滅した爵位。その背景はどうあれ、古い家ほど偉いという風潮のある貴族社会では、軽んじられても仕方がない。そのため、あんな若い家の人間に詫びる必要なんてない、と考える人がいてもおかしくないのだ。
そんな人たちへ、告げ口する可能性を匂わせることで、いじめの件をうやむやにはしませんよと、アピールするというわけね。貴族社会って、ほんっと、面倒。




