次のステージへ参りますわ、お兄様 2
法具の針の示す先へ向かうと、ヴィンス兄様とエル義姉様がいた。近くにお知り合いの方がいらしたようで、その方たちと談笑している姿が見える。
2人はわたしたちに気づくと、周りの方たちにお断りを入れて、こちらに向かってきてくれた。2人とも、得意げな笑みを浮かべているので、わたしたちのふるまいは、傍から見ていても、問題なかったみたい。
「どうだった? スー」
「なんだかふわふわした気分で、現実味がなかったと言うか……。そのせいか、タペストリーが全く目に入っていなくて……並んでからようやく気が付いたという、ちょっと格好悪いことになりました」
なので、自己採点では70点くらい。
それを言うとヴィンス兄様は、それは辛口評価だなと笑った。エル義姉様も「減点方式ではなく、加点方式で採点してちょうだい」と笑う。
「タペストリーだけど、あれは身長も関係すると思うの。私も女官時代にリハーサルで、何度か体験したことがあるけれど……あれは、最初にタペストリーを見ないとだめよ」
わたしに顔を寄せ、義姉様がこそっと教えてくれる。
「後ろ姿じゃ何に向かって礼をしたのか分からないから気にしなくていい。付け加えるなら、メインゲストのパートナーは国王陛下に礼をするのが正しい、としているマナー教本もあるくらいだ。つまり、そのあたりはあやふやな部分でもあるから、誰も何も言わないさ」
いたずらっぽく笑ったヴィンス兄様は、ライオット様へ「とても、今日が初めての社交界だとは思えないよ。堂々としていて立派だった」と声をかける。
エル義姉様も「本当に、惚れ惚れする男ぶりだったわ」と笑う。そこへ
「何か楽しいことでもありましたか?」
シール兄様がやって来た。隣には、笑顔のグロリアさん。う~ん、2人とも自分たちが入場したときに、会場が一瞬静まり返ったことなんて、なかったかのような雰囲気。
「スーをエスコートしてくれた、その堂々たる姿に感服したと褒めていたところだ」
「あなたたちも素敵だったわ。絵画を見ているようだったもの」
「それはそれは……過分なお褒めをいただき、恐縮です」
大げさに眉を持ち上げたシール兄様は、口元をほころばせ、グロリアさんは控えめに笑って頭を下げた。エル義姉様は「奥ゆかしい人ね」と笑いながら、彼女をぎゅっと抱きしめる。
「シール、スー。私たちは1度踊ってくるよ。義父たちをはじめ、ご挨拶申し上げなくてはいけない方が何人かいらっしゃるのでね」
「私たちが側にいない方が、声をかけられる頻度も少ないでしょうし、慣れない場所で気疲れしているのではなくて? ドリンクでも頂いて、息抜きをしてらっしゃい」
ということで、ヴィンス兄様とエル義姉様は踊りの輪の中へ。わたしたちは、軽食が用意されている別室へ向かうことにした。
舞踏会は始まったばかりだから、軽食が用意されている別室は閑散としてい──ないわ。ポツポツと数メートルごとに5~6人程度のグループができている。
「騎士爵や准男爵家の方々でしょう」
彼らをさっと一瞥したグロリアさんが、小声で一言。家を出るのが早いので、空腹のままセレモニーを乗り切った方々だそうだ。皆さま、とても美味しそうに、お食事をされているわね。手振りから察するに、話している内容も食事に関することみたい。
「ロアは何か食べるかい? スーは?」
「いえ、私は結構です。飲み物だけいただきます。ステラさんは?」
「わたしも飲み物だけで──。今はまだ胸がいっぱいで、食事どころではなくて」
という訳で、大人組はシャンパンを。わたしは、アルコールなしのサングリアをいただいた。グラスには、フルーツも一緒に入っていて見た目も華やか。お味の方も文句なしよ。
思っていた以上に喉が渇いていたのか、ゴクゴクと半分くらい、一息で飲んじゃった。
「さて、明日の社交欄が楽しみだな」
「グロリアさんの話題で持ちきりでしょうね」
わたしが小さな握りこぶしを作って言うと、シール兄様は「そうじゃない」と笑って、
「僕たちが気にしているのはスーの方だよ」
「え? わたし? ですか?」
なぜ? 仮デビューの娘がメインゲストのパートナーとして舞踏会に出るのは珍しいことかも知れない。でも、今まで1度もなかったかと言えば、そんなこともないはずで……話題になるほどのものだとは思えなかった。
「お前をいじめてた連中には、強烈なパンチになるだろ」
「……もしかして、舞踏会への参加はそれが目的ですか?」
「それも、目的だよ。僕の娘としてのお披露目もかねて、だけど」
シール兄様は、機嫌よく笑っているものの、その顔には、ざまあみろと書いてある。当事者のわたしが言うのもなんですけど、まだ怒っていらしたのですか? わたし、女学院へ通えるワクワク感とシール兄様たちと過ごす濃い日常のおかげで、ホーネストやセールヴィでのことなんて、記憶のかなたにすっ飛んでしまっていたのですが……?




