次のステージへ参りますわ、お兄様
「あれだけ、宣伝されりゃあな。そこらの成りたて男爵とは違うみたいだって、興味がわくのもしょうがねえか。幸い、知り合いは少ねえし、紹介されることもねえだろうしな」
レオン・バッハが貴族からの依頼を受けることは少なくないけれど、ライオット様が直接依頼を受けたことは、ほとんどないそうだ。理由は、我が兄シルベスターである。
在学中にグランドツアーのお供を仰せつかり、そのままずっと外国で旅暮らし。この国の貴族の知り合いは、2年間だけの同級生のみ。彼らとも、ツアー中は疎遠だったため、挨拶はかわしても、誰それを紹介させてくれ、という話にはならないだろうとのことだ。
「それは、シール兄様にも言えることですよね?」
「ああ。俺やシールに誰かを紹介できるのは、ヴィンスさん夫婦とジェラルド殿下くらいだ」
本当はここにホーネストの両親も加わるはずだったのだけど、学院のスキャンダルに関係して形だけの参加となったため、除外。わたし? わたしが紹介できるとしたら、同級生を通じてその親御さんを──という形になる。はい、いませんね。仮にいたとしても、わたしにシール兄様やライオット様を紹介してほしい、なんて図々しいことを言えるはずがない。
「……あら? ならどうして、わたしが虫よけに選ばれたのかしら?」
そろそろワルツも終わるころ合いだ。メインゲストによるワルツが終ったら、ダンスフロアが解放される。舞踏会の出席者が自由に踊れるようになるのだ。
「どうしてって、ピンク色のお付き合いは望み薄だぞってアピールするために決まってるだろ。爵位をもらっただけの傭兵に、貴族のお付き合いは無理だからな」
ピンク色のお付き合い……何、その表現、笑える。でも、顔は笑っているけれど、目はウンザリしたご様子のライオット様にとっては、笑えないお話。
「社交界へは興味がありませんか?」
「商売相手以上の興味はねえな。それは、シールやグロリアも同じだろう。だから、どうしてもエイプリル様やそのご実家に頼ることになっちまうだろうな」
もちろん、一方的に助けてもらうばかりではすぐに見放されてしまう。両方にメリットのあるご縁だから、お互いに助け合えるはずだというお話。ただ、厳しいことを言えば、何か問題が起きればすぐに切り捨てられる可能性も忘れてはいけない。
忘れてはいけないけれど、シール兄様を切り捨てられるような人、いるのかしら?
「どうかしたか?」
「いえ、何でもありませんわ」
楽しい話題ではないけれど、わたしは笑顔のままで踊れている。これも、貴族のたしなみよね。もちろん、ライオット様の巧みなリードのおかげだってことも分かっているわよ?
曲の演奏が終わり、わたしたちを見ていた出席者たちへ礼をする。
盛大な拍手は、セレモニーは無事に終了したことを教えてくれた。
と、同時に、本格的な舞踏会の幕開けを告げている。
玉座の方向を見れば、国王陛下が王妃殿下の手を取って、ダンスフロアへおりてくるのが見えた。フロアの中央を占拠していたゲストたちは、お2人に場所を譲って、左右に広がる。それと入れ替わるように、メインゲストのダンスを見ていた方たちも、それぞれのパートナーと一緒にフロアへ進み出てきた。
「俺たちは、ヴィンスさんたちと合流するぞ」
「はい」
初めから言われていたことなので、素直にうなずいた。ライオット様にエスコートしてもらって、ヴィンス兄様たちがいる場所へ向かう。
5,000人もいれば、いくら待機している場所がどのあたりか分かっていても、合流するのは難しい。ライオット様が高くて、ほかの方々よりも頭1つ分、飛び出ているとしてもだ。
でも、その問題を解決する便利グッズをシール兄様が開発している。ホント、我が兄ながら、何でもありのとんでもない人だ。
シール兄様が開発した法具は、一見すると腕時計のように見える。わたしがもらったのは、ブレスレットタイプ。プラチナ製の華奢なデザインは、大人かわいい雰囲気。一目見て気に入ったのだけど……残念ながら、時計ではないのだ。
ピンクゴールドの盤面には、白とフラミンゴピンク、ペールブルーの3色の針。それぞれ、1本、2本、2本と合計5本の針がある。5本の針の内、3本は先端が鋭く、残りの2本は丸みを帯びていた。
白い針はライオット様。フラミンゴピンクはヴィンス兄様とエル義姉様ペールブルーはシール兄様とグロリアさんの色。鋭い先端の針は男性を、丸い針は女性をさしている。
このGPS法具(仮)の針がさす方向へ行けば、合流できるのだ。なんて優れもの! 当然、ライオット様もメンズデザインのGPS法具(仮)を持っているし、ヴィンス兄様たちも持っている。
おまけに、腕につけていても、つけていることが分からない法術を組み込んでいるそうだ。
売れるのは分かっているものの、居場所を知られたくない人たち──恋多き方々とか──がいるのも分かっている。そういう方々から、クレームがつくのは明白だから、レシピの登録だけしておいて、基本的に販売しないことに決めたのだそうだ。