ドキドキしていますわ、お兄様 3
シール兄様たちがタペストリーへの礼を終えて、わたしたちとは少し離れた、待機場所に立つ。2人が入場されたから、残るメインゲストもあとわずか。
会場の雰囲気が、少しずつ熱を帯びたものに変わってくる。わたしの方は、少しずつ雰囲気に慣れてきて、目だけを動かして会場内をキョロキョロ。
ホールの照明は、豪華なバースデーケーキのようなシャンパンゴールドのシャンデリア。クリスタルがふんだんに使われていて、こちらも陛下たちに負けないくらい輝いている。そのシャンデリアを支える天井には、神話を題材にしたと思われる鮮やかな天井画があった。
大理石と金で飾られた内装。そして、こぼれそうになるほど飾られた花、花、花。紳士淑女が身を包む、最先端のカラフルな衣装。
入場を促すオーケストラの演奏とゲストを迎える人々の拍手。息遣いと衣擦れ、靴音など。
会場は、色と音にあふれ、それをエネルギーにして空気が熱を帯びてきている。
この熱をはらんだ空気は、新聞や雑誌の記事では感じることのできないもの。
心は割と落ち着いているけれど、それでも興奮していないわけじゃない。
メインゲストの入場が終ると、少し間をおいて、恰幅の良い男女が入場してきた。
テノール歌手のロドニー・クエルバとソプラノ歌手のアイーダ・シェイクスだわ。2人とも、世界的に有名なオペラ歌手なの。今年は誰が歌うのか気になっていたのだけど、まさかこの2人だなんて! なんてラッキーなの。この2人が出演するオペラのチケットは、すぐに売り切れてしまって、なかなか買うことができないらしくて──。
「なんだ? 有名なのか? あの2人」
2人を出迎える拍手の音が一際大きくなったので、ライオット様は不思議に思ったみたい。わたしが2人の名前と、彼と彼女が外国でも人気の高いオペラ歌手なのだと教えれば、
「あぁ、そりゃ知らねえわけだ。ゲージュツは、さっぱり分からんからな」
ライオット様が肩をすくめる。別に知らなくても、困らないという雰囲気がにじみでている。確かに、困りませんけどね。でも、2人の名前は覚えておいた方が良いですよ。
そうこうしている間にも、ロドニーとアイーダは、王家の方々並びに貴族たちへ挨拶を終えていた。国王陛下、王妃殿下が立ち上がる。
しんと静まり返ったホールに、オーケストラの演奏が響き渡りだす。前奏が終われば、ロドニーとアイーダの歌声が。2人の伸びやかな声に合わせて、わたしたちも国歌を斉唱する。
春の舞踏会は国の行事でもあるから、最初に国歌斉唱が行われるのよ。
国歌に続いて歌われたのは、オペラの名曲『春の祭典』と『英雄行進曲』だった。
「へえ……いい声だな。ほれぼれするぜ」
「えぇ、本当に。同じ人間の喉から出ているとは思えませんね。あんな高音……」
舞踏会で曲を奏でる楽団は、王立サンケテル管弦楽団だ。もちろん、こちらも世界的に有名な楽団だ。あぁ……わたしは今、世界最高峰の演奏と歌声を生で聞いている。劇場では、実現が難しい組み合わせだけど……国家行事ともなれば、やっぱり違うのね。
「耳がシアワセすぎる……」
世界最高峰の音楽を堪能した後は、こちらもまた世界最高峰のバレエ鑑賞。
今夜の演目は、この日のために、特別に作られたものだったそうだ。
翌日の新聞記事では、芸術性の高い素晴らしい作品だと絶賛されていた。わたしも、ゲージュツはさっぱりな方だから、体が柔らかいとかすごいジャンプ力! さすが獣人のバレリーナ。群舞のシンクロ率すごい、とか。そういうところしか見ていませんでした。
オペラとバレエ鑑賞の後は、国王陛下の長すぎず、短すぎないスピーチがあり……いよいよ、出番がやってきた。
スピーチを終えた陛下は両手を広げ、どうぞと促すように、広げた両手を上にあげた。
さあ、いよいよファーストステップを踏むときが来たわ。軽く息を吐いたら、
「緊張するな、って言われても緊張しちまうな」ライオット様が、小声で話しかけてくれた。
「ええ。でも……ドキドキとワクワクで胸がいっぱいです……!」
わたしの返事に、ライオット様は「そりゃいいな」と笑って下さった。
舞踏会は、カドリルで始まるのが定石。それは、春の舞踏会でも同じ。
少し違うのは、参加者全員で踊るのではなくて、メインゲストが踊るということ。カドリルの後のファーストダンスもメインゲストがつとめる。
カドリルは、フォークダンスのような雰囲気だから、きちんとステップを覚えて落ち着いて踊れば大丈夫。わたしを見ているのは……芋やカボチャよ、根菜なのよ!
スクエアのフォーメーションから、近づいたり、離れたり。スキップのようなステップで、目まぐるしくパートナーが変わる。
わたしがフォーメーションを組んだ、他の3組はいずれも年上の方々ばかり。
右隣は、口ひげが素敵なオジサマと笑顔がかわいらしいオバサマ。とっても、楽しそうに踊るのよ。正面のふくよかな体形のオジサマとオバサマは、ものすごく軽やかにステップを踏んでいたわ。年齢的な意味も含めて、負けていられないわって思っちゃった。
もう1組は、ウサギの紳士と犬の淑女の組み合わせ。ライオット様よりも、もう少し年上のようで、落ち着いた穏やかな雰囲気が素敵で、眼福だったわ。




